異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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勇者になるための準備

十八分の五話・【星々】と【月】と【太陽】

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「星々が正しく光るとき、月は太陽を贄に捧げる。
 双生の【星】が月と神々に導かれ、太陽を殺し、世界は星が照らす。
 【星】を守る【剣】
 【星】を守る【盾】
 【星】を守る【薬】
 そして、【星】に【太陽】が捧げられた時、【月】は力を失い、【星】が世界を支配する。
 【剣】は人の祝福を与えられた。
 【盾】は神の寵愛を与えられた。
 【薬】は天武の才を与えられた。
 すべては【星】を守るために。
 すべては、幽かなる【星】の光を助燃するために。


 すべては、【星】が世界を燃やし尽くすために」



 歌うような口調で、朗々と司祭は言った。
 女性でも出せなくはない低音で、耳にやさしい美声をしている。白い肌にはしわひとつない。髪の毛は黒色だが、光の加減で紺色にも青色にも見える。
 この人間の名前を、アシェラド=ユグドラという。枢機卿の一人で、またの名を狂信者のお手本的存在。
 実際に言っていることは、聖典の後半、しかも暗唱なのだから、狂信者と言われるのも納得だ。
 少し変調こそさせたものの、ほとんどまったく何も変わらないような口調で、こう続けた。



「人は乞うた。『我らが矮小なる人を赦してくれ』と。
 神は許さなかった。思い上がった愚かな羊に用意する地はなかった。
 愚かな羊には、負の感情の連鎖がお似合いだ。
 人は、嘆き、悲しみ、苦しみ、憎しみ、怒り、涙を流した。
 しかし神は許さなかった。双生の【星】は、そのために創られた。
 くだらない、人間という支配者に支配され搾取される対象に成り下がった世界を、壊すために。
 世界は、ひっかき回され困窮しやがてすべてが平等に破壊されるべきなのだと。綺羅星のごとき姿から、破壊の使者は【星】と名付けられた。
 最高神は、【星】に肉体を。
 光の神は、【星】に無尽蔵の魔力を。
 闇の神は、【星】に仕える【月】を。
 炎の神は、【星】に捧げる【太陽】を。
 水の神は、【星】に捧げる【四神果】を。
 風の神は、【星】に鋭い五感を。
 地の神は、【星】に美しき心を。
 すべての神から祝福を受けた【星】は、大きく、強く、生長した。
 しかし、【星】は出来損ないで、よりよい【星】が出来ると、【星】は【太陽】となり、次の代の【星】に捧げられる。
 本物の輝きを放つ【星】ができるまで、【月】は代替わりし続ける。



 ヒトは知らない。本当の【恐れ】を」



 煌びやかな服装に身を包み、労働とはまるで無縁な美しい指先をピンと張り、人形をかたどった石像に向かい告げる。
 この石像の中には、地属性と人間属性の魔子が仕込まれており、国民すべての無意識に、ダイレクトに呼びかけるのだ。おどろおどろしい、彼の中の、【イメージ】を。見ていて気分のいいものではないということだけは確かなのだ。当然それは司祭も例外ではないのだが、どこか恍惚とした顔になっているのは気のせいだろうか。
「今回の【姫巫女】は【月】なのでしょうか……?」
 くすくすと笑う。顔が隠されているせいか、女性のようにも男性のようにも見える。
 しかし彼は男性だ。アシェラドは、顔にかかった布をはぐと、中から中性的な顔を出す。
 目の色は奇麗な青色だ。まるで、雲一つない朝の浅瀬の海のようで、じっと見ていると吸い込まれそうだ。
「神よ、【星々】よ、何故貴方は世界を滅ぼさないのですか? すべては貴方様の御心のままなのに……」
 残念そうにつぶやいてから、ひざまずいて石像を拝む。

「我が主よ、すべては運命のままに」





【せきぞう の ふりも つかれるなあ】

 今まで灰色だった石像に色が付いた。
 真っ黒なサラサラの髪は、ゆるく内側にまかれている。林檎のように赤い瞳をしていて、無機質だ。そのわりに球
体関節はない。しかし、それが返って、飴細工のような儚い印象を受けさせる。

【かみさま は いつになったら もどられるの かな】

 動かない唇を必死に動かして、人形は言葉を紡ぐ。
 いや、言葉でもない。例えるなら、パソコンにぱっと現れるようなイメージというか、端的な印象だけを伝えるというか、とにかく言葉ではない伝達手段をありったけかき集めたようなものだ。
【まあ いい わたしは やくめを まっとうする それだけ】
 そういう人形は、嬉しそうに微笑む。
 そして、ゆっくりと嘆息すると、つぶやいた。

【わたしじゃ おつきさまには なれない】

【わたしじゃ おほしさまには なれない】

【わたしじゃ おひさまには なれないのに】

【なんで こんなこと してるんだろ】

【びんぼうくじを ひいた きぶんよ】

【めんどくさ】

 すべてをあきらめたようなガラス質な瞳は、くぐもって低い音色を奏でるイメージとともに、光の中に消えていった。
 ほのかな果物の香りだけが、彼女の存在を示唆しているのだが、それに気付くものは誰もいなかった。
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