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勇者になるための準備
二十七分の九話・人形からの贈り物
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ぼさぼさの抹茶色の髪の少女を見て、どう思うだろうか。その少女が、つたない字で「しごとをください」と書かれたプレートを持っていたらどう思うだろうか。
この世界の常識はこうだ。あるものは眉をひそめそそくさと立ち去り、またあるものは何も見なかった事にして回れ右して走り去る。
こういう世界なのだ。他人に施しができるのは、自分に余裕がある間だけ。誰も彼もが今日を生きるだけで必死だ。そんな中、運よくお忍びの貴族が出歩いていたり、運よく彼女に魔法の才能があったりするわけがない。そんなのは、おとぎ話の世界だけだ。
彼女は、貴族からのおふれか何かで、昨日仕事を辞めさせられた、哀れな貧民だ。彼女の妹のように、類い稀なる美人であれば、どこかの貴族の妾となり、食い扶持を稼ぐ事も出来るだろうが、彼女の顔立ちは、この世界では中の中ほどである。やせこけた頬や、かさかさの唇も相まって、どちらかというと生理的な嫌悪を催す。
しかし、捨てる神あれば拾う神ありとはこの事か、冷たく彼女を見つめるのは、金色の髪をしたツインテールの少女だ。
年にして10にも満たないぐらいだ。瞳は、向こうが透けて見えるのではないかと思うほど澄んだ桃色だ。大きな瞳に見つめられていると、吸い込まれているような錯覚に陥る。それを縁取るまつ毛は、マスカラでも塗ったかのようにふさふさだ。手足もすらっと伸びていて、なめらかなクリームチーズのように、色が抜けたような肌だ。
服装はクラシカル・ロリィタだ。レースでできた白のジャボカラーの襟が付いた、ローズブラウンのラペルトベストで、もう風は暖かいのに長袖のブラウスを着ている。首元には、ローズレッドのクラバットが付いていて、重く見えそうなのにむしろ似合っている。パニエでふんわりと広がった同色のスカートには、すそにバテンレースが施されている。上下どちらも、シンプルながら品の良さが見受けられて、高級品だと一目でわかる。チョコレート色のTストラップのおでこ靴に合わせられた、純白で__悪く言えば飾り気のないソックスも、あっているように見えた。また、ココア色の地に、白色のクロッシェレースの付いたヘッドドレスをつけていて、装飾品からもかなりの高層階級である事が見受けられる。さらに、いたるところに落ち着いた赤の薔薇の飾りが付いており、彼女自身が、まるで高名な人形職人が作ったアンティーク人形のように見えた。
おそらく、彼女のような人形があったら、ウン百万だのウン千万だの、金貨ウン千枚で取引されるなどと直感的に思えるレベルには、美しい少女だった。
やせこけてみすぼらしい彼女とは大違いで、格の違いとはこれの事か、と思えた。
王宮に呼ばれて、女王様に名前を言われるのを待っている平民のような気持ちになっていた時、少女の口が開かれた。
「あなたは?」
瞬時、鼓膜を打ったのは、高めの少女の声だ。
幼い少女の声だ。やわらかな声質で、しかしどこか無機質な印象を受ける。
その声が彼女の耳に入った瞬間、まるで自分が自分のものでなくなったように、頭が冷えた。
自分は何をやっているのだろう__。まるで自分自身を第三者視点から見ているかのように、冷静になった。
「わた、しは」
もう長い事口を開いていなかったせいか、出た声はかすれていて、彼女のものに比べると月とスッポン、いやアルテミスと家畜レベルの声にさえ聞こえた。
「そう」
聞いておきながら、彼女の事にはなんら興味もないというように、何を言う前に切った。
そして、少女は、どこからか取り出した真っ白い石を彼女に渡した。
不思議な石だった。石なのに、ほんのりとあったかくて、完全な球体だ。それに、淡く光っているようにも見える。
「あげるわ。ここで野たれ死なれても目覚めが悪いもの」
それだけ言って、彼女はそそくさと去っていった。
何だろうか。これは。
吸い込まれそうなミルク色の球体だ。先ほどの少女の、見ているだけで吸い込まれているような錯覚に陥るほど美しい瞳よりだ。
「あ、あの」
彼女は、少女に向かって声をかけた。その声はやはりかすれている。
少女は、こちらをちらりと見やった。
それを確認すると、彼女はかすれた声を精いっぱい張り上げた。
「お名前は」
少女は、しばらく迷った後、絞り出すように
「マキよ」
と言った。
「……で、どうなったの?」
短い金髪を揺らして、幼いが精悍さを持ち合わせる少年が、少女に言った。
少年は、赤に近い桃色の瞳をしていて、服装も、チョコレートブラウンでこそあるが、大体のつくりは少女のものに似ている。
顔立ちも、どことなく少女に似ていて、何も知らないものが見れば姉弟のようにも見えただろう。
最も、少年はわかりやすく頬を紅潮させていて、ぱっと見で興奮しているのがわかるものの、少女の頬は陶器のようにつるりとしていて、少しも紅が差していない。それこそ、まさに人形のように。
「別になにも。いつも通りよ」
そっけなく答えた少女の瞳孔が、歯車のような形になっていて、なおかつゆっくり回っている事に気付くものは、この場には少年しかおらず、その少年もいつもの事だ慣れていると言わんばかりにそっちのけにしている。
「えー。ボク知ってるよ。お姉ちゃん、名乗ったんでしょ?」
それがイレギュラーだと告げる。冷たく、感情のこもらない瞳で、少女は少年に言った。
「えぇ名乗ったわ。マキ、とね」
「マキ? お姉ちゃんの名前は、」
ぱりん。
そんな音がして、少年の耳がはじけ飛ぶ。
粘着質な赤褐色の液体が流れ落ちると同時に、細かい歯車のようなものが落ちる。
「わあ、やめてよ。これないとなんも聞こえないんだよ!?」
至極当たり前な事を言ったはずだが、少女は、
「次は目でも行きましょうか?」
と真顔で問う。
その様に、少年は、ごめんごめん、となんども謝る。
「謝ればよろしい。全くピノは……」
と小言が始まりそうだが、少女は耳だけ直すとさっさと出ていった。
「はあ……まったくあのヒスババなんでもありません奇麗なおねえさまは……」
一瞬だけちらりと少女の姿は見えた気がして、少年はあわてて訂正した。
そして、「活動休止」と感情のない声で言うと、静かに眠った。
少女の名前を人はこう呼ぶ。
「デウス=エクス=マキナ」と。
この世界の常識はこうだ。あるものは眉をひそめそそくさと立ち去り、またあるものは何も見なかった事にして回れ右して走り去る。
こういう世界なのだ。他人に施しができるのは、自分に余裕がある間だけ。誰も彼もが今日を生きるだけで必死だ。そんな中、運よくお忍びの貴族が出歩いていたり、運よく彼女に魔法の才能があったりするわけがない。そんなのは、おとぎ話の世界だけだ。
彼女は、貴族からのおふれか何かで、昨日仕事を辞めさせられた、哀れな貧民だ。彼女の妹のように、類い稀なる美人であれば、どこかの貴族の妾となり、食い扶持を稼ぐ事も出来るだろうが、彼女の顔立ちは、この世界では中の中ほどである。やせこけた頬や、かさかさの唇も相まって、どちらかというと生理的な嫌悪を催す。
しかし、捨てる神あれば拾う神ありとはこの事か、冷たく彼女を見つめるのは、金色の髪をしたツインテールの少女だ。
年にして10にも満たないぐらいだ。瞳は、向こうが透けて見えるのではないかと思うほど澄んだ桃色だ。大きな瞳に見つめられていると、吸い込まれているような錯覚に陥る。それを縁取るまつ毛は、マスカラでも塗ったかのようにふさふさだ。手足もすらっと伸びていて、なめらかなクリームチーズのように、色が抜けたような肌だ。
服装はクラシカル・ロリィタだ。レースでできた白のジャボカラーの襟が付いた、ローズブラウンのラペルトベストで、もう風は暖かいのに長袖のブラウスを着ている。首元には、ローズレッドのクラバットが付いていて、重く見えそうなのにむしろ似合っている。パニエでふんわりと広がった同色のスカートには、すそにバテンレースが施されている。上下どちらも、シンプルながら品の良さが見受けられて、高級品だと一目でわかる。チョコレート色のTストラップのおでこ靴に合わせられた、純白で__悪く言えば飾り気のないソックスも、あっているように見えた。また、ココア色の地に、白色のクロッシェレースの付いたヘッドドレスをつけていて、装飾品からもかなりの高層階級である事が見受けられる。さらに、いたるところに落ち着いた赤の薔薇の飾りが付いており、彼女自身が、まるで高名な人形職人が作ったアンティーク人形のように見えた。
おそらく、彼女のような人形があったら、ウン百万だのウン千万だの、金貨ウン千枚で取引されるなどと直感的に思えるレベルには、美しい少女だった。
やせこけてみすぼらしい彼女とは大違いで、格の違いとはこれの事か、と思えた。
王宮に呼ばれて、女王様に名前を言われるのを待っている平民のような気持ちになっていた時、少女の口が開かれた。
「あなたは?」
瞬時、鼓膜を打ったのは、高めの少女の声だ。
幼い少女の声だ。やわらかな声質で、しかしどこか無機質な印象を受ける。
その声が彼女の耳に入った瞬間、まるで自分が自分のものでなくなったように、頭が冷えた。
自分は何をやっているのだろう__。まるで自分自身を第三者視点から見ているかのように、冷静になった。
「わた、しは」
もう長い事口を開いていなかったせいか、出た声はかすれていて、彼女のものに比べると月とスッポン、いやアルテミスと家畜レベルの声にさえ聞こえた。
「そう」
聞いておきながら、彼女の事にはなんら興味もないというように、何を言う前に切った。
そして、少女は、どこからか取り出した真っ白い石を彼女に渡した。
不思議な石だった。石なのに、ほんのりとあったかくて、完全な球体だ。それに、淡く光っているようにも見える。
「あげるわ。ここで野たれ死なれても目覚めが悪いもの」
それだけ言って、彼女はそそくさと去っていった。
何だろうか。これは。
吸い込まれそうなミルク色の球体だ。先ほどの少女の、見ているだけで吸い込まれているような錯覚に陥るほど美しい瞳よりだ。
「あ、あの」
彼女は、少女に向かって声をかけた。その声はやはりかすれている。
少女は、こちらをちらりと見やった。
それを確認すると、彼女はかすれた声を精いっぱい張り上げた。
「お名前は」
少女は、しばらく迷った後、絞り出すように
「マキよ」
と言った。
「……で、どうなったの?」
短い金髪を揺らして、幼いが精悍さを持ち合わせる少年が、少女に言った。
少年は、赤に近い桃色の瞳をしていて、服装も、チョコレートブラウンでこそあるが、大体のつくりは少女のものに似ている。
顔立ちも、どことなく少女に似ていて、何も知らないものが見れば姉弟のようにも見えただろう。
最も、少年はわかりやすく頬を紅潮させていて、ぱっと見で興奮しているのがわかるものの、少女の頬は陶器のようにつるりとしていて、少しも紅が差していない。それこそ、まさに人形のように。
「別になにも。いつも通りよ」
そっけなく答えた少女の瞳孔が、歯車のような形になっていて、なおかつゆっくり回っている事に気付くものは、この場には少年しかおらず、その少年もいつもの事だ慣れていると言わんばかりにそっちのけにしている。
「えー。ボク知ってるよ。お姉ちゃん、名乗ったんでしょ?」
それがイレギュラーだと告げる。冷たく、感情のこもらない瞳で、少女は少年に言った。
「えぇ名乗ったわ。マキ、とね」
「マキ? お姉ちゃんの名前は、」
ぱりん。
そんな音がして、少年の耳がはじけ飛ぶ。
粘着質な赤褐色の液体が流れ落ちると同時に、細かい歯車のようなものが落ちる。
「わあ、やめてよ。これないとなんも聞こえないんだよ!?」
至極当たり前な事を言ったはずだが、少女は、
「次は目でも行きましょうか?」
と真顔で問う。
その様に、少年は、ごめんごめん、となんども謝る。
「謝ればよろしい。全くピノは……」
と小言が始まりそうだが、少女は耳だけ直すとさっさと出ていった。
「はあ……まったくあのヒスババなんでもありません奇麗なおねえさまは……」
一瞬だけちらりと少女の姿は見えた気がして、少年はあわてて訂正した。
そして、「活動休止」と感情のない声で言うと、静かに眠った。
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「デウス=エクス=マキナ」と。
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