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勇者になるための準備
二十七分の一話・ライドールという名前
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名前。
名は体を表すとも言う。
だったら__。
あたしは__。
生まれる前から、運命が決まっていたのかもしれないし。
その運命は変えられるのかもしれない。
そうやって変えられる事さえ想定内として世界が包んでいるのかもしれないし。
それに、もしかしたら__。
ライドール。
ライは嘘。ドールは人形。
それが、あたしの名前の意味。
嘘人形。
ひどい名前だと思わないか?
ねぇ__そこの、あんた?
え、気づいていたのか、だって?
それは、まぁ。
こうやって、あたしの事が、別の世界のだれかに見られている事を、あたしは知っているから。
空洞にはめ込まれたビー玉のように、うつろな瞳をした__エルノア・スターライトは、知らないんだろうな。
この世界は、すべてが生き物という名前の歯車で構成された機械だという事を。
なぜだかはわからないが__あたしは、生まれた時から知っているのだ。
あたしには「普通」がわからなかった。
生れ落ちた瞬間、おおよそ赤子には相応しくない押し寄せるような情報量に、頭は崩壊する寸前だった。
あたしの頭は、「異常」だけを受け入れて、「普通」を受け入れる事が出来なかった。
だけど「普通」を装った。
周りを見て、自分が「異常」であると受け入れず、自分は「普通」だと__周りとなんらかわりないものだ、と信じて行動した。
その結果がコレだと__やはり、あたしはどこまでも異常であると。
けがれた女の娘は、やはりけがれているのかと。
むしろ__あたしに、何の罪があるのか、と。
嘘だ。
全てが嘘で塗り固められた、「ライドール」といううつわに入ったのが、あたしなのだ。
ある意味__「ライドール」以上にあたしにあっている名前などないのかもしれない。
でも、願わくば、普通の人間として。
__幸せに、生きる事を、願ってもいいのだろうか。
好きなひとがいた。
きっと、こうやって思う事すらも「さだめ」なのだろう。
でも、そうわかっていたとしても逃れる事などできないほどに__そのひとにおぼれていたのだ。
まるで、全身に重りをつけられて海の底に沈められたみたいに。
もう二度と、太陽の光を拝む事ができなくてもいい。そのひとさえいれば__それでいいのだと。そう思うほどに。
__なんて哀れな事だろう!
あたしじゃなくて、そのひとが!
普通じゃない女に好かれて、嬉しいはずがない!
もしそれで喜べるなら__その人はあたしと同じ、異常なのだろう。
女性特有の、柔らかく、甲高い__どちらかと言えば少女のような声が響いた。
「えるのあ、すたーらいと……」
しかし、その声に感情は存在しない。抑揚はなく、のっぺりとした__機械のような声だった。
「あた、しは……」
葡萄酒と同じ色の瞳が、灰色に濁る。
「…………ごめん」
灰色に濁った瞳は、同じ色に輝く。
全身から光があふれて、
そして。
「『運命変転』」
『運命変転』は厳密に言うと魔法ではない。
魔子を操るのではなく、神に直接語り掛けるから、どちらかというと神術の方が正しい。
ひと時だけ灰色に変わっていたとは思えないほど、鮮やかな葡萄酒の色をした瞳は、もう先ほどのように、バカみたいにまぶしい光を放ってはいない。
あたしの目は、こうやって時々、灰色に変わる。
ためした事はないが、こうやっているとき、心臓は止まっている__つまり、肉体が限りなく死に近い状態にあるのだから、きっと何をされても痛みは感じないのだろう。
感じたのは、体のきしみだ。
時計の針が順繰りに進んでいくように、あるいは歯車が回るように、体の中で何かが進む。
それはもう慣れた事だ。
あたしは、神に自らの寿命を捧げる事で、運命変転を利用していた。
大事なひとが、あたしのせいで不幸になるなんて目覚めが悪すぎる。
エルちゃんの無駄に整った顔は、先ほどまで静かに眠っていたのに、今やふにゃんとだらしなく崩されている。
叶う事なら、毎日エルちゃんにくそダサい眼鏡をつけさせて、悪い虫を排除してやりたいのに、そうする事もできない。
いやだめだ。それだとくそダサい眼鏡をはずした時のギャップでよりファンが増えてしまう。
なぜこんな事思うのかというと、理由はまぁ、簡単だ。
勇者として、魔王を倒した後のあたしたちの運命はひどいものだった。
ミシェルくんは神殿に幽閉まがいの監禁。
セラは修道院へ直行。
レイは給金無しの王宮薬師に。
あたしは運命変転を乱用して死ぬ。
そして、エルは、王族付きの妾に。
命を懸けて魔王を倒して、この未来はひどすぎる。
でも、この運命を変える事は出来なかった。
今すぐ残酷なる死が与えられたとしても、変えたくなるぐらい、ひどい未来だ。
なのに、何十年と寿命を捧げると言っても、神は何も言わなかった。答えてくれなかった。
名は体を表すとも言う。
だったら__。
あたしは__。
生まれる前から、運命が決まっていたのかもしれないし。
その運命は変えられるのかもしれない。
そうやって変えられる事さえ想定内として世界が包んでいるのかもしれないし。
それに、もしかしたら__。
ライドール。
ライは嘘。ドールは人形。
それが、あたしの名前の意味。
嘘人形。
ひどい名前だと思わないか?
ねぇ__そこの、あんた?
え、気づいていたのか、だって?
それは、まぁ。
こうやって、あたしの事が、別の世界のだれかに見られている事を、あたしは知っているから。
空洞にはめ込まれたビー玉のように、うつろな瞳をした__エルノア・スターライトは、知らないんだろうな。
この世界は、すべてが生き物という名前の歯車で構成された機械だという事を。
なぜだかはわからないが__あたしは、生まれた時から知っているのだ。
あたしには「普通」がわからなかった。
生れ落ちた瞬間、おおよそ赤子には相応しくない押し寄せるような情報量に、頭は崩壊する寸前だった。
あたしの頭は、「異常」だけを受け入れて、「普通」を受け入れる事が出来なかった。
だけど「普通」を装った。
周りを見て、自分が「異常」であると受け入れず、自分は「普通」だと__周りとなんらかわりないものだ、と信じて行動した。
その結果がコレだと__やはり、あたしはどこまでも異常であると。
けがれた女の娘は、やはりけがれているのかと。
むしろ__あたしに、何の罪があるのか、と。
嘘だ。
全てが嘘で塗り固められた、「ライドール」といううつわに入ったのが、あたしなのだ。
ある意味__「ライドール」以上にあたしにあっている名前などないのかもしれない。
でも、願わくば、普通の人間として。
__幸せに、生きる事を、願ってもいいのだろうか。
好きなひとがいた。
きっと、こうやって思う事すらも「さだめ」なのだろう。
でも、そうわかっていたとしても逃れる事などできないほどに__そのひとにおぼれていたのだ。
まるで、全身に重りをつけられて海の底に沈められたみたいに。
もう二度と、太陽の光を拝む事ができなくてもいい。そのひとさえいれば__それでいいのだと。そう思うほどに。
__なんて哀れな事だろう!
あたしじゃなくて、そのひとが!
普通じゃない女に好かれて、嬉しいはずがない!
もしそれで喜べるなら__その人はあたしと同じ、異常なのだろう。
女性特有の、柔らかく、甲高い__どちらかと言えば少女のような声が響いた。
「えるのあ、すたーらいと……」
しかし、その声に感情は存在しない。抑揚はなく、のっぺりとした__機械のような声だった。
「あた、しは……」
葡萄酒と同じ色の瞳が、灰色に濁る。
「…………ごめん」
灰色に濁った瞳は、同じ色に輝く。
全身から光があふれて、
そして。
「『運命変転』」
『運命変転』は厳密に言うと魔法ではない。
魔子を操るのではなく、神に直接語り掛けるから、どちらかというと神術の方が正しい。
ひと時だけ灰色に変わっていたとは思えないほど、鮮やかな葡萄酒の色をした瞳は、もう先ほどのように、バカみたいにまぶしい光を放ってはいない。
あたしの目は、こうやって時々、灰色に変わる。
ためした事はないが、こうやっているとき、心臓は止まっている__つまり、肉体が限りなく死に近い状態にあるのだから、きっと何をされても痛みは感じないのだろう。
感じたのは、体のきしみだ。
時計の針が順繰りに進んでいくように、あるいは歯車が回るように、体の中で何かが進む。
それはもう慣れた事だ。
あたしは、神に自らの寿命を捧げる事で、運命変転を利用していた。
大事なひとが、あたしのせいで不幸になるなんて目覚めが悪すぎる。
エルちゃんの無駄に整った顔は、先ほどまで静かに眠っていたのに、今やふにゃんとだらしなく崩されている。
叶う事なら、毎日エルちゃんにくそダサい眼鏡をつけさせて、悪い虫を排除してやりたいのに、そうする事もできない。
いやだめだ。それだとくそダサい眼鏡をはずした時のギャップでよりファンが増えてしまう。
なぜこんな事思うのかというと、理由はまぁ、簡単だ。
勇者として、魔王を倒した後のあたしたちの運命はひどいものだった。
ミシェルくんは神殿に幽閉まがいの監禁。
セラは修道院へ直行。
レイは給金無しの王宮薬師に。
あたしは運命変転を乱用して死ぬ。
そして、エルは、王族付きの妾に。
命を懸けて魔王を倒して、この未来はひどすぎる。
でも、この運命を変える事は出来なかった。
今すぐ残酷なる死が与えられたとしても、変えたくなるぐらい、ひどい未来だ。
なのに、何十年と寿命を捧げると言っても、神は何も言わなかった。答えてくれなかった。
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