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ミッドガルド国からの出立
三十二分の五話・交わる事がないのなら
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「いやだ、死にたくない、助けてくれえええ!」
エコーがかかった声が、真っ白な空間にこだました。
ふわふわの銀髪。海色の瞳。
金糸のリボンでポニーテールにされた髪の毛。
ジュリエッタ=ユグドラ=トゥリアンダフィリアは、重い扉を開けた。
絶対に開けてはいけない扉。
彼女はそれを、開けてしまった。
そして、ジュリエッタは、見てしまったのだ。
部屋は薄暗く、10M先も見渡せない。しかし、ぼんやりと薄暗く輝くそれは目に入る。
中央から伸びる長いケーブル、立体をいくつも組み合わせて球体を形作る。まるでおもちゃのようだ。
そして、そこにもたれかかるようにしている、長い髪の女性、いや少女だ。
紫色の髪は、さらさらストレートで、長い。その長さは、生まれてから一度も切られていないのではと錯覚するほどだ。髪の毛を床に広げ、また一部はケーブルに向かってたわみながらも吸い込まれていく。さらに、また一部は、法則を無視して、少女を宙に浮かせるように座らせている。
瞳は、不思議な事に右と左で色が違った。左は赤色、右は青色。肌の白と絶妙なコントラストを生み出す。
唇も赤色。計算されたような整った眉目は、もしかしたら姉のステファニアより美しいかもしれない。
5歳ぐらいの幼い少女は、こちらをじっと見ていた。
「そ、そなたは……?」
「おや、鼠が迷い込んだようじゃのう」
しょっぱなから鼠扱いされた事より、好奇心がむくむくと膨れ上がる。
なぜこんな所に人がいるのだろう。なぜこの場所は閉ざされていたのだろう。
「……ふむ、つまりそなたは人と鼠は同列であると」
「ああ、そうじゃが?」
「ふむ、ならそなたはそうとうに慈悲深い人間のようだ」
「なぜじゃ?」
ジュリエッタは、機械から発する光に照らされて、ぼんやりと浮かび上がった輪郭を、指でさした。
「だって、そなた、たかが数百匹の鼠が死んだだけで、涙を流しているのだろう?」
白い肌に、くっきりと浮かび上がる涙のあと。
「……ふむ、鼠にはこれがそのように見えるのだな」
少女は面白そうに笑う。
紫色の髪の毛の椅子をほどくと、ゆっくりと床に着地した。
そして、着地したあとに、へたりと座り込んで、
「人語の理解ができる鼠を見たのは初めてじゃ。まずは意思疎通から始めよう。我輩の名は『I‐YUD‐O‐01』。ユダ‐オリジナルと呼ばれていた。オリジナルなのでユダと呼んでほしい」
機械じみた、抑揚のない声でそう言った。
ジュリエッタには、オリジナルとか、アイユダオーゼロワンとかの羅列は理解できなかったが、とりあえず少女の名前はユダという事だけはわかった。
「わたしはジュリエッタ。この領の領主の末子。ところで、ユダ、と言ったか」
「ああ。我輩はユダじゃ」
「そうかユダか。そなたはなぜこんなところにいる?」
とりあえず一番聞きたかった質問をぶつけてみた。
すると、ユダはしばし固まって、ぶつぶつと何事かをつぶやいた。
「情報処理セットアップ、『なぜここにいる』言語化、完了。機能に過剰負荷を確認。ウイルスに感染した可能性有。感染した可能性がある部分を切断、完全消去してください、完了。過剰負荷原因、エラー、『051』号の可能性有、即刻対処法を確立してください、完了。シナリオライト、完了。鼠へ対話を試みてください、了解」
ひとしきりつぶやくと、ふ、と笑った。
ただし、それも一瞬。注意してないとわからないぐらいの、微笑。
「我輩につながれているのは魔術具のようなものでの、我輩や後ろの鼠どもは動力。動くに動けんのじゃ」
「ふうん」
さして興味もなさそうに、ジュリエッタはいった。
にしても、さきほどから寒気がしてきた。
部屋がぽかぽかと温まるのに比べて、体はひんやりと寒いのだ。
さりげなく扉に手をかけるのだが、いつの間にか鍵がかかっていた。指がかじかむ。
「うん? なぜ逃げようとしているのじゃ? ここに来たという事は、鼠も動力になるのじゃろ?」
ユダは、不思議そうに聞いた。
そんな事ない。言いたいのに、言えない。
喉に薄氷が張り付いているように冷たい。
「やれやれ、我輩もそろそろ年じゃし、あまり動きたくないんじゃがのう」
というと、ケーブルにつながれたユダは立ち上がる。
じゃらじゃらと、金属質な音がして、ユダの長い髪がケーブルに巻き付く。
瞬間、白い光を放つ髪の毛。たわんだところから漏れ出す、まぶしい光。
「まぁ、鼠はどうやら動力として連れてこられたんじゃないみたいじゃし、死なない程度にしとくわい」
ジュリエッタの体から力が抜けて、
「あ、加減を間違えたぞい」
ジュリエッタは、光に包まれた。
エコーがかかった声が、真っ白な空間にこだました。
ふわふわの銀髪。海色の瞳。
金糸のリボンでポニーテールにされた髪の毛。
ジュリエッタ=ユグドラ=トゥリアンダフィリアは、重い扉を開けた。
絶対に開けてはいけない扉。
彼女はそれを、開けてしまった。
そして、ジュリエッタは、見てしまったのだ。
部屋は薄暗く、10M先も見渡せない。しかし、ぼんやりと薄暗く輝くそれは目に入る。
中央から伸びる長いケーブル、立体をいくつも組み合わせて球体を形作る。まるでおもちゃのようだ。
そして、そこにもたれかかるようにしている、長い髪の女性、いや少女だ。
紫色の髪は、さらさらストレートで、長い。その長さは、生まれてから一度も切られていないのではと錯覚するほどだ。髪の毛を床に広げ、また一部はケーブルに向かってたわみながらも吸い込まれていく。さらに、また一部は、法則を無視して、少女を宙に浮かせるように座らせている。
瞳は、不思議な事に右と左で色が違った。左は赤色、右は青色。肌の白と絶妙なコントラストを生み出す。
唇も赤色。計算されたような整った眉目は、もしかしたら姉のステファニアより美しいかもしれない。
5歳ぐらいの幼い少女は、こちらをじっと見ていた。
「そ、そなたは……?」
「おや、鼠が迷い込んだようじゃのう」
しょっぱなから鼠扱いされた事より、好奇心がむくむくと膨れ上がる。
なぜこんな所に人がいるのだろう。なぜこの場所は閉ざされていたのだろう。
「……ふむ、つまりそなたは人と鼠は同列であると」
「ああ、そうじゃが?」
「ふむ、ならそなたはそうとうに慈悲深い人間のようだ」
「なぜじゃ?」
ジュリエッタは、機械から発する光に照らされて、ぼんやりと浮かび上がった輪郭を、指でさした。
「だって、そなた、たかが数百匹の鼠が死んだだけで、涙を流しているのだろう?」
白い肌に、くっきりと浮かび上がる涙のあと。
「……ふむ、鼠にはこれがそのように見えるのだな」
少女は面白そうに笑う。
紫色の髪の毛の椅子をほどくと、ゆっくりと床に着地した。
そして、着地したあとに、へたりと座り込んで、
「人語の理解ができる鼠を見たのは初めてじゃ。まずは意思疎通から始めよう。我輩の名は『I‐YUD‐O‐01』。ユダ‐オリジナルと呼ばれていた。オリジナルなのでユダと呼んでほしい」
機械じみた、抑揚のない声でそう言った。
ジュリエッタには、オリジナルとか、アイユダオーゼロワンとかの羅列は理解できなかったが、とりあえず少女の名前はユダという事だけはわかった。
「わたしはジュリエッタ。この領の領主の末子。ところで、ユダ、と言ったか」
「ああ。我輩はユダじゃ」
「そうかユダか。そなたはなぜこんなところにいる?」
とりあえず一番聞きたかった質問をぶつけてみた。
すると、ユダはしばし固まって、ぶつぶつと何事かをつぶやいた。
「情報処理セットアップ、『なぜここにいる』言語化、完了。機能に過剰負荷を確認。ウイルスに感染した可能性有。感染した可能性がある部分を切断、完全消去してください、完了。過剰負荷原因、エラー、『051』号の可能性有、即刻対処法を確立してください、完了。シナリオライト、完了。鼠へ対話を試みてください、了解」
ひとしきりつぶやくと、ふ、と笑った。
ただし、それも一瞬。注意してないとわからないぐらいの、微笑。
「我輩につながれているのは魔術具のようなものでの、我輩や後ろの鼠どもは動力。動くに動けんのじゃ」
「ふうん」
さして興味もなさそうに、ジュリエッタはいった。
にしても、さきほどから寒気がしてきた。
部屋がぽかぽかと温まるのに比べて、体はひんやりと寒いのだ。
さりげなく扉に手をかけるのだが、いつの間にか鍵がかかっていた。指がかじかむ。
「うん? なぜ逃げようとしているのじゃ? ここに来たという事は、鼠も動力になるのじゃろ?」
ユダは、不思議そうに聞いた。
そんな事ない。言いたいのに、言えない。
喉に薄氷が張り付いているように冷たい。
「やれやれ、我輩もそろそろ年じゃし、あまり動きたくないんじゃがのう」
というと、ケーブルにつながれたユダは立ち上がる。
じゃらじゃらと、金属質な音がして、ユダの長い髪がケーブルに巻き付く。
瞬間、白い光を放つ髪の毛。たわんだところから漏れ出す、まぶしい光。
「まぁ、鼠はどうやら動力として連れてこられたんじゃないみたいじゃし、死なない程度にしとくわい」
ジュリエッタの体から力が抜けて、
「あ、加減を間違えたぞい」
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