異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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ミッドガルド国からの出立

三十二話・りんごと同じ色の夢

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 艶やかに、光を浴びて輝く、黄金きん色と薄い紅色のコントラスト。
 受け止めるのは、小麦色のパイ生地だ。いい香りが鼻孔をくすぐる。
 ひとくちサイズの生地の上で、薄く切られた焼き林檎が、薔薇の花のように並べられていた。
 シナモンと砂糖、レモン汁、ちょっと贅沢してココナッツオイルをまぜて作ったコンポートは、後ろが見えそうなぐらいによく煮詰められている。
 ああ、これは間違いない。私の記憶だ。
 ……ううん、違う。記憶の中で微笑みかけるのは、。「わあ、おいしそう! さすがだね!」と言うのも、やっぱり私だ。
 覚えている。はっきりと。
 鮮烈な景色が思い出される。鼻をくすぐる、りんごと、シナモンと、パイの香り。
 でも、誰なの?
 思い出せない。
 まるで、思い出す事自体を、誰かに邪魔されているみたいに……。
 思い出せない。
 このパイを作ったのは誰?
 「そうだろ?」そう笑いかける、は誰?
 誇らしげに胸をはる、その姿は、覚えていない。
 結んでいた髪の毛をほどくと、真っ黒な、胸ぐらいで切りそろえられた髪がぱさりと落ちる。
 カラフルなみずたまのエプロン、三角巾。
 Tシャツにハーフパンツと動きやすい服装をしていて、季節が季節だからか、少し肌寒い。
 私の体は、全身鏡の前に立つと、その姿を映し出した。
 そして、引き込まれた。
 今の私の……のように、とんでもなく整った顔立ち。
 計算しつくされた彫刻のような、冷たい美貌。
 そして、何よりも……その、琥珀色の、瞳。
 おおよそ日本人ではないような、白いつるつるの卵肌に、金色の瞳。
 ふっさふさのまつ毛で飾られたそれは、引き込まれるように美しい。
 でも、なぜだろうか。
 私は、



 この少女を、知っている。




 この少女を、覚えていない。






「エッちゃん、起きて」

 体を揺さぶられる。
 まどろみから覚醒する。暖かなひだまりに体を包まれて、心地がいい。
 まぶたを開けると、目の前に、夢で見たのと同じような、金色の双眸。
「おはよう」
 にぱ、と笑うミカ様。眼福だ。
「……おはようございます、みかさま」
 えっと、私はどうしたのだったか。
 確か、廊下でウルナさんと話したあと、教室に戻ってきたのだ。
 すると、何やら声が聞こえて、直後眠くなった。
 ……なんとなくだけど、理解した。
 一応、パラノイア・ワールドを使って、某ネコ型ロボットのアニメではだいぶ活躍していた、テレビ型の機械を取り出す。
 そこには、「【スリープ】」と言った男子生徒の指から出た、薄い青色の粉が、あらぬ方向に飛ばされて、私の頭にぱらぱらと降りかかる様子が、鮮明に映し出されていた。
 ……運の悪さが負の数である私の、実力(?)はかなりのものである。
「いやあ、にしても、起こすのが遅くなっちゃって、ごめんね?」
 ……え?
 ひだまりは暖かく、外には青空が広がっ……て……。
 ………。
 ここは木の中だ。
 人工的な照明以外に光源と言える光源はない。
 窓の外を見やる。
 そこでは、すでに月が輝いていた。






 
 ______。

 ________!? __!

 _____。__________。

 _______!


 雑踏の中で、低くくぐもった声が響いた。






 どこまでも落ちていく。
 深い深い穴の中。
 まるで、不思議の国のアリスみたいに、どこまでも、果てしない闇の底へ。
 いや、違う。
 上がっているのかもしれない。横に移動しているのかもしれない。もしかしたら、静止状態なのかも。
 平衡感覚を失わせ、落としていく。
 私は一体、どこに行くの?








「くすくす」
 押し殺したように甲高い笑い声は、三日月が輝く夜空によく栄えた。
「残念でしたね、がめおべらです」
 薄い微笑を頬に張り付け、「GAME OVER」をローマ字読みした時と同じ発音をする。
「あと少し早ければ……間に合ったかもしれないのに」
 心なしか、その声は弾んでいるように聞こえた。
「でも、もう運命は変えられませんね」
 その瞳は、一点に向けて。
 映り込むのは、黒髪の少女。
「きっと近い将来、さよならするでしょうね、」
 その後の言葉は、風の音にかき消された。
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