異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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ミッドガルド国からの出立

三十三分の五話・新たな攻撃

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「えー、今からお前らゴミクズに、俺の魔法っぽい何かを伝授してやります。ありがたく思い感謝して地べたにデコつけて泣きさけべ愚民ども」

 と少々過激な事を言うのは、無造作な長い黒髪を結んだ青年。年にして15歳ほど。
 ここは魔物たちの集落。魑魅魍魎が跋扈する世界。
 青年の名をドクという。魔人の一人だ。

「その名も『メカトリック・マジック』。基本的にメカマジって略すから小さい脳ミソに叩き込めよグズ」

 黒板のようなものに「メカマジ」と殴り書き、そのまま解説する。

「メカマジは、『F』『S』『T』の三種類に主に分かれてる。『F』は『ファースト』。主に相手に物理的な攻撃を与える。『S』は『セカンド』。主に自分に強化を施す。そして『T』は『サード』。それ以外全般はここに入るんだ。だが例外と呼ばれるのが」

 大きくXを書くと、それを赤いマルで囲んだ。

「メカマジクロスだ。これは、FでありSでありTでもある、よくわからんメカマジだ」

 教え子たちの視線が、Xにくぎ付けになる。
 殴り書かれた字は汚く、とうてい読めたものでもない。しかし、食い入るようにそれを見つめた。

「簡単に言えば変身だな。クッソ疲れるが」

 そして、ドクは、空中に幾何学模様を描くと、「じゃあ実践してやるから目かっぴらいて見てろよ」と言った。
 幾何学模様が光り、魔法陣のような図を描く。
「メカトリック・マジック T 『アクアリウムイリュージョン』」
 朗々と詠唱すると、あたり一帯が、まるで水槽の中のように青く染まる。
 泡がこぽこぽと地面から吐き出され、ドクのまわりを赤っぽい魚がぐるぐる回遊する。
 メカトニック・マジックを使うのに、魔法のように特別な才能は必要ない。魔力もいらない。
 鮮烈なイメージを、そのまま現実に投影する。パラノイア・ワールドの、より綿密なイメージがいるものであると考えてくれればわかりやすいと思う。
 ドクの肌に冷たい水があたる。
「こうやって使えば基本はおけ。で、Xはイメージ以外にもう一つ必要な要素がある。
 ドクは、遠い方角を向いた。
 もうとうの昔に、忘れ去ってしまったもの。

「夢や希望。強い意志。それがなければ、精神攻撃と肉体的負荷をマッハで仕掛けてくるXに耐える事は不可能なんだ」

 俺でも耐えられなかったんだから、と自嘲気味に言った。
 そこまで言うと、ドクはパンと手をたたく。
 そして、また元の無気力な瞳をした。それは、空洞にはめ込んだ不透明なガラス玉と同じようなものだ。
「んじゃさっそくやってみろゴミクズども。今日中に出来たら『産業廃棄物』から『ぎりぎり生物』に格上げしてやる。わかったらモタモタしてねえでさっさとやれクソ以下の存在」
 と言うと、机につっぷして眠ってしまった。






「で、ちゃんとやったのか? 『DOC』」
「あーはいはい。ちゃんとやりましたよー」
 黒いロングストレートヘアーには艶がなく、瞳もまた、光の介在する余地もない黒。それなのに肌は、はっとした瞬間に血管が透けて見えるような白色だ。まるで、高名な職人が王族に捧げるために、何十年もの歳月をかけて作り上げた人形みたいに、人間離れした魅力がある。
 服装は、髪の色と同じ黒色のローブを羽織っている。全身をすっぽり覆い隠す大きさなので、中性的な容姿も相まって初見で性別がわかる人は少ないだろう。
「そうか。じゃあ別の方でも注文しようか。どれ、最近話題の『YUDA』型など」
「あ、やりましたやりましたちゃんとやりました! なんならなんでもやります! だから廃棄だけはやめてください! 溶けるのはさすがにやだよ!」
「ふむ、じゃあマッパで村内100周」
「え、マジで言ってるそれ!?」
 感情の読めない黒い瞳を、ドクからそらす。
 ドクはまだ何か喚いていたが、正直興味はなかった。
 ローブを羽織ったドクの主は、そのまますたすたと去ってしまった。
「え、マジでマッパで走んの? ちょっといっちゃん~?」
 ドクもその後を追う。






 おおよそ魔物の村であるとは思えないこの光景こそ、まぎれもない魔物の村の光景。


 緑のくせっ毛な少女が、静かに言った。




「メカトリック・マジック TSサード・エス 『チェンジアーム 改型』」







「へっくし」

 どこか遠くの人間の国で、ドクの主と同じ色彩を持った少女が、盛大にくしゃみをした。
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