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ミッドガルド国からの出立
三十四話・説明回乙
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着せ替え人形タイム再び。
と言っても、黒真珠みたいなのがたくさんついたネックレスと、薄いドロワースみたいなもの、それから黒い杖のようなものを持たされただけだけど。
それから、なんか白っぽい人__心なしかイザベラに似ている__から、わけわからない聖句を聞かされた。とんでもなく暇だった。
そして部屋から出てきて、「これでいいの?」と聞いた。
「ばっちり! もうばっちりすぎて怖いぐらいっすよ!」
と、テンション高くライが言うが、あまり気にせず元の席に着いた。
とたん、みんなが怖い顔をした。怖い顔、というより真剣な顔、の方が正しいかもしれない。普段ニコニコしているレイの眉間にはしわがより、ミシェルくんでさえ、一点をにらむような表情をしている。ただ、ライだけは、おちゃらけた読めない表情をしていたが。
「さて、真面目な話。これからの旅路を説明しようと思う」
と言って、地図らしきものを取り出した。
Hの右の辺に、Dがくっついたような形の大陸だ。
そして、Hの、真ん中の線を中心として、左側の辺の上は黄色、下は緑色。真ん中の線は青色で、一番右の辺からDの湾曲した線の3分の1ぐらいまでが赤で塗りつぶされている。それ以外の、Dの線の残り3分の2は、黒く塗ってある。Hの上と下は、それぞれリヒト海、サム海とあり、Dの中身は巡礼湖と書かれている。
レイは、地図の、緑色で塗られている部分を指さした。具体的には、ほとんど青と黄色の接点に近い場所を、だけど。
「ここが現在地__ミッドガルド神聖国だ」
もう片方の手で、今度は黒い部分を指さし、こっちが目的地の、世界の果て。そういった。
「国の配置はわかるかい? ミッドガルト国の北がシュバルツアルフヘイム王国で、海に挟まれているのがアルフヘイム大帝国。世界の果てと接しているのが、ニダヴェリール共和国だ」
ミッドガルド国から、ゆっくりと地図上を移動する。
黄色が王国、真ん中の線が帝国、一番遠いのが共和国、でいいのか?
世界の果てに置いたひとさしゆびは、ぴくりとも動かない。
ここを目指すんだ。口よりひどくものを言っている。
そして、もう一度指を緑にもどすと、そのまま指を少し北上させた。
「まず、王国にいって、大地の妖精に教えをいただき、道筋を叩き込む。次に」
青を指さす。
「帝国で、妖精たちの祝福を給い、瘴気に侵されないように身を清めるんだ」
そして、赤の中でも北寄りの部分に向かい指を滑らせる。
「最後に共和国に行って、良質な武器と防具をいただいて、さらに南東に向かう。ここが魔王の根城だ」
Dの中でも、湾曲した辺のど真ん中を指さす。
不思議とあふれてきた唾液を飲み込んだ。
ごくん、と嫌に音が響く。
ただ、旅路を説明している。それなのに、溢れ出るような緊張感。
………怖い。
本能的に恐怖を感じた。
ただ一人、ライだけはおちゃらけたように笑っていた。気を使ってくれたのかもしれない。
ライだって怖いはずだ。だけど、こうして笑っている。感情を押し殺して。笑っているのだ。
例えば。
超えてはいけない境界線があったとする。
それは、絵具で塗ったように、はっきりと別々の色を放つ。ほかの色を浸食する事はできない。
しかし、その境界線はあまりにも曖昧だ。目に見えるわけじゃない。
だから、うっかりとそれを超えてしまう時もある。
寝返りだったり、無意識の行動であるかもしれない。
意識して、歩いて超えているのかもしれない。
しかし、どちらも超えた事には変わらない。
そうやってあたしは、気づかないうちに、いろいろなひとの大切なものを、覗き見てしまうんだ。引き返しても、もう遅いぐらいになってから気付いてしまうのだ。
その後襲ってくるのは、難解な数学の問題を前にして、手を付ける事ができず、ただただ時計の針が進んでいく姿を見つめている時のような、喪失感、寂しさによく似た感情だった。
いつしかあたしを、真の意味で理解してくれる人はいなくなった。
もともと「普通がわからない」のだから、こうなるのは必然だったのかもしれない。
でも、「異常だけを受け入れる」のなら__
あたし自身が、異常なのであれば__
同じ異常が、同時に二つ存在しているなんて、ありえない。
あたしの事を理解してくれる人なんて、最初から存在しないのだ。
……ところで、なにやら難しい話をしているのだが、あたしは10分の1も理解できない。これも、異常であるが故だろう。
ライは、こちらに向けて少し笑うと、地図に目を落とした。
………にしても、この地図、どこかで見た事があるような気がする。
どこだっただろうか。思い出せない。
記憶のどこかに、埋もれている。私の脳細胞はバカなので、それを探し出す事はできない。道筋をたてる事ができないのだ。
と言っても、黒真珠みたいなのがたくさんついたネックレスと、薄いドロワースみたいなもの、それから黒い杖のようなものを持たされただけだけど。
それから、なんか白っぽい人__心なしかイザベラに似ている__から、わけわからない聖句を聞かされた。とんでもなく暇だった。
そして部屋から出てきて、「これでいいの?」と聞いた。
「ばっちり! もうばっちりすぎて怖いぐらいっすよ!」
と、テンション高くライが言うが、あまり気にせず元の席に着いた。
とたん、みんなが怖い顔をした。怖い顔、というより真剣な顔、の方が正しいかもしれない。普段ニコニコしているレイの眉間にはしわがより、ミシェルくんでさえ、一点をにらむような表情をしている。ただ、ライだけは、おちゃらけた読めない表情をしていたが。
「さて、真面目な話。これからの旅路を説明しようと思う」
と言って、地図らしきものを取り出した。
Hの右の辺に、Dがくっついたような形の大陸だ。
そして、Hの、真ん中の線を中心として、左側の辺の上は黄色、下は緑色。真ん中の線は青色で、一番右の辺からDの湾曲した線の3分の1ぐらいまでが赤で塗りつぶされている。それ以外の、Dの線の残り3分の2は、黒く塗ってある。Hの上と下は、それぞれリヒト海、サム海とあり、Dの中身は巡礼湖と書かれている。
レイは、地図の、緑色で塗られている部分を指さした。具体的には、ほとんど青と黄色の接点に近い場所を、だけど。
「ここが現在地__ミッドガルド神聖国だ」
もう片方の手で、今度は黒い部分を指さし、こっちが目的地の、世界の果て。そういった。
「国の配置はわかるかい? ミッドガルト国の北がシュバルツアルフヘイム王国で、海に挟まれているのがアルフヘイム大帝国。世界の果てと接しているのが、ニダヴェリール共和国だ」
ミッドガルド国から、ゆっくりと地図上を移動する。
黄色が王国、真ん中の線が帝国、一番遠いのが共和国、でいいのか?
世界の果てに置いたひとさしゆびは、ぴくりとも動かない。
ここを目指すんだ。口よりひどくものを言っている。
そして、もう一度指を緑にもどすと、そのまま指を少し北上させた。
「まず、王国にいって、大地の妖精に教えをいただき、道筋を叩き込む。次に」
青を指さす。
「帝国で、妖精たちの祝福を給い、瘴気に侵されないように身を清めるんだ」
そして、赤の中でも北寄りの部分に向かい指を滑らせる。
「最後に共和国に行って、良質な武器と防具をいただいて、さらに南東に向かう。ここが魔王の根城だ」
Dの中でも、湾曲した辺のど真ん中を指さす。
不思議とあふれてきた唾液を飲み込んだ。
ごくん、と嫌に音が響く。
ただ、旅路を説明している。それなのに、溢れ出るような緊張感。
………怖い。
本能的に恐怖を感じた。
ただ一人、ライだけはおちゃらけたように笑っていた。気を使ってくれたのかもしれない。
ライだって怖いはずだ。だけど、こうして笑っている。感情を押し殺して。笑っているのだ。
例えば。
超えてはいけない境界線があったとする。
それは、絵具で塗ったように、はっきりと別々の色を放つ。ほかの色を浸食する事はできない。
しかし、その境界線はあまりにも曖昧だ。目に見えるわけじゃない。
だから、うっかりとそれを超えてしまう時もある。
寝返りだったり、無意識の行動であるかもしれない。
意識して、歩いて超えているのかもしれない。
しかし、どちらも超えた事には変わらない。
そうやってあたしは、気づかないうちに、いろいろなひとの大切なものを、覗き見てしまうんだ。引き返しても、もう遅いぐらいになってから気付いてしまうのだ。
その後襲ってくるのは、難解な数学の問題を前にして、手を付ける事ができず、ただただ時計の針が進んでいく姿を見つめている時のような、喪失感、寂しさによく似た感情だった。
いつしかあたしを、真の意味で理解してくれる人はいなくなった。
もともと「普通がわからない」のだから、こうなるのは必然だったのかもしれない。
でも、「異常だけを受け入れる」のなら__
あたし自身が、異常なのであれば__
同じ異常が、同時に二つ存在しているなんて、ありえない。
あたしの事を理解してくれる人なんて、最初から存在しないのだ。
……ところで、なにやら難しい話をしているのだが、あたしは10分の1も理解できない。これも、異常であるが故だろう。
ライは、こちらに向けて少し笑うと、地図に目を落とした。
………にしても、この地図、どこかで見た事があるような気がする。
どこだっただろうか。思い出せない。
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