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ミッドガルド国からの出立
三十八分の五話・レイチェルという過去
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__レイチェルに刻まれた過去は、やがてゆっくりと魂を蝕んでいった。
肉の器に入れられた、たかが人間の魂に、精霊どころか神霊にすら近いその記憶が、耐えられるはずもなかった。
やがてレイチェルというからだは、いらない記憶を、捨て去るように忘れていった。
いつまでも穢れない、美しい御霊でいるために、という建前付きで___
あれは、いつだっただろうか? レイチェルは、そう思う事が増えてきた。
もはや思い出せないほど昔のような気もするし、三日四日前のような気もする。長い永い時を生きる中で、レイチェルの魂が「不必要だ」と断じた記憶は、脳から抹消されるし、時間の感覚もだんだん麻痺していく。
レイチェルという魂に刻まれた記憶、過去は、徐々に上書きされていく。
嫌な記憶も、幸せな記憶も、等しく消えていく。
その事すら、レイチェルは徐々に忘れていった。
例えば、なぜレイチェルの髪が短いのか。
もともとレイチェルの髪は、今のミシェルほどの長さのものを上で結んでいたが、ある時をきっかけに男にしては長いかな? 普通? ぐらいの長さまでばっさりと切った。といっても、襟足が背中に軽くくっつき、そこそこボリュームがある後ろ髪は、ふんわりとしているのを綺麗にまっすぐに直せば、首を覆う程度の長さとなる。
しかし、なぜか、髪を切ろうと思った当時の理由を思い出そうとしても、頭をひねるだけで、何も思い出せないのだ。
といっても衝撃的な記憶というのは忘れたくても忘れられないようで__例えば、セラが作る料理(?)っぽいなにか(?)はどうしても忘れられない__魂に刻まれた記憶よりものすごい料理とはいかほどか、レイチェルの中に眠る記憶で表してみよう。
たとえば、レイチェルの誕生日に渡されたケーキ。のようななにか。
ぶくぶくと沸騰したときのように泡立つ、紫色のクリーム。なんか腕っぽいのがたくさん生えている黒いスポンジ。カットされてのせられたフルーツはもはや芸術的である__近代芸術的な、抽象的な、一般人には理解できない的な意味で__。緑色の、目玉のような何かが大量に埋め込まれた中のクリームは、なにをどうしたらそうなるのかはわからないが、光の角度により色を変えた、玉虫みたいに。そして、触手の塊をつぶして小さくしたような感じのメッセージボード(自作らしい)に描かれた、「ハッピーバースデイレイチェル」の文字。もくもくと謎の青色の煙をあげるスポンジを切ってみると、どろっと粘度の高い緑色の液体があふれてきて、「ピギャアアアア」と悲鳴が上がる。一体何を材料にしたらこうなるのか__そもそもどうやって調理したのか__は永遠の謎である。セラ本人は普通に作っているつもりのようで、これもごく一般的なケーキに見えるようだ。セラの目は節穴なのか__きっとそれはそれは大きなブラックホールに違いない__。
ちなみに味はとてもおいしかった。甘くさわやかで、酸味もあり奥行きがある。全く飽きる事のない味だった。レイチェルの大好きな砂糖を結構使ったのだと思う。いや、だからこそ余計恐ろしいのだけど__。
とまあ、他にも見ただけで発狂するようなケーキ(?)のような生物(?)やハンバーグ(?)のような謎肉(?)がたくさん生まれた。
いや本当謎である__なぜこんなものが作れるのか。
あれは生物なのか、食べ物なのか。研究対象である(最低であるとは思わないし思いたくない)。
そんな風に、忘れられない記憶もあるのだが、ほとんどの記憶は忘れ去っていく。
だけど彼は思う。
今を生きればいい。
過去なんていらない。
________すべてを積み重ね、その歴史が作り出した精霊たる彼が、そういったのだ。
原初の姿たる本体の姿さえ、覚えているのか定かでない。むしろ、自分は人間であると思い込んでいるのかも?
だったら、あまりにかわいそうだと思わないかい?
なんとも可哀想。決してあいそれないものだというのに、人間を愛した精霊の末路なんてたかがしれているのに。
だけど彼は知らなかった。
自分のページに刻まれた以外の事を知らない彼は、知らなかった。
レイチェルの過去が一番ピュアホワイト(当社比)であると思い込みながらも、実はある意味誰より重い未来を持っているという事。
___いくら人の体であれ、精霊の寿命の千年、そのうちの半分も使っていないレイチェルは、これから先、少なくとも800年が生きていかなければならない事。
それが、レイチェルが人を×した__代償であった。
肉の器に入れられた、たかが人間の魂に、精霊どころか神霊にすら近いその記憶が、耐えられるはずもなかった。
やがてレイチェルというからだは、いらない記憶を、捨て去るように忘れていった。
いつまでも穢れない、美しい御霊でいるために、という建前付きで___
あれは、いつだっただろうか? レイチェルは、そう思う事が増えてきた。
もはや思い出せないほど昔のような気もするし、三日四日前のような気もする。長い永い時を生きる中で、レイチェルの魂が「不必要だ」と断じた記憶は、脳から抹消されるし、時間の感覚もだんだん麻痺していく。
レイチェルという魂に刻まれた記憶、過去は、徐々に上書きされていく。
嫌な記憶も、幸せな記憶も、等しく消えていく。
その事すら、レイチェルは徐々に忘れていった。
例えば、なぜレイチェルの髪が短いのか。
もともとレイチェルの髪は、今のミシェルほどの長さのものを上で結んでいたが、ある時をきっかけに男にしては長いかな? 普通? ぐらいの長さまでばっさりと切った。といっても、襟足が背中に軽くくっつき、そこそこボリュームがある後ろ髪は、ふんわりとしているのを綺麗にまっすぐに直せば、首を覆う程度の長さとなる。
しかし、なぜか、髪を切ろうと思った当時の理由を思い出そうとしても、頭をひねるだけで、何も思い出せないのだ。
といっても衝撃的な記憶というのは忘れたくても忘れられないようで__例えば、セラが作る料理(?)っぽいなにか(?)はどうしても忘れられない__魂に刻まれた記憶よりものすごい料理とはいかほどか、レイチェルの中に眠る記憶で表してみよう。
たとえば、レイチェルの誕生日に渡されたケーキ。のようななにか。
ぶくぶくと沸騰したときのように泡立つ、紫色のクリーム。なんか腕っぽいのがたくさん生えている黒いスポンジ。カットされてのせられたフルーツはもはや芸術的である__近代芸術的な、抽象的な、一般人には理解できない的な意味で__。緑色の、目玉のような何かが大量に埋め込まれた中のクリームは、なにをどうしたらそうなるのかはわからないが、光の角度により色を変えた、玉虫みたいに。そして、触手の塊をつぶして小さくしたような感じのメッセージボード(自作らしい)に描かれた、「ハッピーバースデイレイチェル」の文字。もくもくと謎の青色の煙をあげるスポンジを切ってみると、どろっと粘度の高い緑色の液体があふれてきて、「ピギャアアアア」と悲鳴が上がる。一体何を材料にしたらこうなるのか__そもそもどうやって調理したのか__は永遠の謎である。セラ本人は普通に作っているつもりのようで、これもごく一般的なケーキに見えるようだ。セラの目は節穴なのか__きっとそれはそれは大きなブラックホールに違いない__。
ちなみに味はとてもおいしかった。甘くさわやかで、酸味もあり奥行きがある。全く飽きる事のない味だった。レイチェルの大好きな砂糖を結構使ったのだと思う。いや、だからこそ余計恐ろしいのだけど__。
とまあ、他にも見ただけで発狂するようなケーキ(?)のような生物(?)やハンバーグ(?)のような謎肉(?)がたくさん生まれた。
いや本当謎である__なぜこんなものが作れるのか。
あれは生物なのか、食べ物なのか。研究対象である(最低であるとは思わないし思いたくない)。
そんな風に、忘れられない記憶もあるのだが、ほとんどの記憶は忘れ去っていく。
だけど彼は思う。
今を生きればいい。
過去なんていらない。
________すべてを積み重ね、その歴史が作り出した精霊たる彼が、そういったのだ。
原初の姿たる本体の姿さえ、覚えているのか定かでない。むしろ、自分は人間であると思い込んでいるのかも?
だったら、あまりにかわいそうだと思わないかい?
なんとも可哀想。決してあいそれないものだというのに、人間を愛した精霊の末路なんてたかがしれているのに。
だけど彼は知らなかった。
自分のページに刻まれた以外の事を知らない彼は、知らなかった。
レイチェルの過去が一番ピュアホワイト(当社比)であると思い込みながらも、実はある意味誰より重い未来を持っているという事。
___いくら人の体であれ、精霊の寿命の千年、そのうちの半分も使っていないレイチェルは、これから先、少なくとも800年が生きていかなければならない事。
それが、レイチェルが人を×した__代償であった。
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