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★夜の棺
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「……いない」
丑三つ時、私は息をひそめて杏樹が眠る客室の扉を開けた。だが、そこはもぬけの殻、ご丁寧にも畳まれた毛布は、埃一つ立ててない。窓も開いていない。確かに外から鍵をかけたはずなのに……不可解に思いながらも、平静を装って、順番に部屋を確かめていく。……久々の上玉なのだ。あの卑劣で下劣で最低最悪の村人たちのを使うのはヘドが出るからできるだけしたくないし、何より彼女は美しく、そこらの人間では全くさまにならない。
だが、あいつの美しいアクアマリンの瞳は、彼女にふさわしい、と、そう思った。
「…………クソッ!」
くまなく屋敷を捜索したのだが、杏樹はどこにもいなかった。そもそも、外へとつながる扉や窓には全て鍵をかけたから、外に出られるはずがない。念のためにベットの下からクローゼットの中まで探したが、結局それらしい人影を見ることすらなかった。チッ、と舌打ちが漏れた。こんなことできるのなんて、よっぽどの大泥棒か__それとも。
「いや……死神は私か」
ナイフに銃、こびりついた血の匂い。そろりと足を忍ばせ息を殺す姿は、「死神」と形容されるのにふさわしいのかもしれない。そう思いながら、最後の部屋を開けた。
「へぇ」
そこには、妻の手を、愛しい、愛しい妻の手を、つまらなさそうにもてあそぶ杏樹がいた。淡い月の光が、つるつるした妻の腕を照らす。闇の中でも、まるで発光しているみたいに、いやにきらきら、きらきら、薄い色に輝く目を細めて私を見つめる__3対の瞳。顔に二つ、手の甲に一つずつ、足袋に隠れてないくるぶしに一つずつ。あきらかな異形に、ひ、と喉の奥で息がかすれる音がした。なんだあれは、人間、人間? まっかな、まぁっかな、手と足の瞳が、顔についた青い目が、目が、私を、私を見てくる。腕を無造作に放り投げた反動で、ひらひら、ひらひら、しきつめられていた花弁が宙を舞う。彩度が低いそれは、やけに、ゆっくり落ちていくように見えた。
「これが貴方をかえた原因ですか」
そうか、そうか、わからない、わからないけどわかった、認識した。触れられている、最愛の人が、異形に、バケモノに、二人だけの幸せな空間に、怪物が、異物が、怪異が、紛れ込んでいる!
「私の、私の妻に、最愛の人に、あいつに、触れるなぁ!」
脳が即座に警告を発して、半ば無意識に凶器を握りしめた。冷静さなんて放り投げて、憎むべき怨敵につかみかかった。そのまま馬乗りになり、眉間に一発、首に二発、こめかみに一発、銃声のたびにビクンと痙攣する体を押さえつけて。どこから撃ったかなんて、ほとんど覚えていない。とにかく、弾倉が空になるまで、何度も何度も何度も撃ち込んだ。ついでに、薄い腹をつぶすつもりで踏みつける。ようやく落ち着いたころには、あたり一帯血の海になっていた。
ぐ、と首を絞めると同時に、薄くあいた口からごぷりとどす黒い血が漏れ出る。バケモノでも血は赤いのか……。そこまで考えたところで、ふと思った。あぁ、そうだ。掃除をしなければ、彼女は血を見るのが嫌いだった。顔にある方の目玉だけ抉り取ったら、庭にでも埋めておけばいい。きっとおいしい野菜と綺麗な花を咲かせてくれるだろう、彼もうれしいはずだし、彼女も喜んでくれる。一刻もはやく、元通りに、幸せな空間に、戻さなければ。
丑三つ時、私は息をひそめて杏樹が眠る客室の扉を開けた。だが、そこはもぬけの殻、ご丁寧にも畳まれた毛布は、埃一つ立ててない。窓も開いていない。確かに外から鍵をかけたはずなのに……不可解に思いながらも、平静を装って、順番に部屋を確かめていく。……久々の上玉なのだ。あの卑劣で下劣で最低最悪の村人たちのを使うのはヘドが出るからできるだけしたくないし、何より彼女は美しく、そこらの人間では全くさまにならない。
だが、あいつの美しいアクアマリンの瞳は、彼女にふさわしい、と、そう思った。
「…………クソッ!」
くまなく屋敷を捜索したのだが、杏樹はどこにもいなかった。そもそも、外へとつながる扉や窓には全て鍵をかけたから、外に出られるはずがない。念のためにベットの下からクローゼットの中まで探したが、結局それらしい人影を見ることすらなかった。チッ、と舌打ちが漏れた。こんなことできるのなんて、よっぽどの大泥棒か__それとも。
「いや……死神は私か」
ナイフに銃、こびりついた血の匂い。そろりと足を忍ばせ息を殺す姿は、「死神」と形容されるのにふさわしいのかもしれない。そう思いながら、最後の部屋を開けた。
「へぇ」
そこには、妻の手を、愛しい、愛しい妻の手を、つまらなさそうにもてあそぶ杏樹がいた。淡い月の光が、つるつるした妻の腕を照らす。闇の中でも、まるで発光しているみたいに、いやにきらきら、きらきら、薄い色に輝く目を細めて私を見つめる__3対の瞳。顔に二つ、手の甲に一つずつ、足袋に隠れてないくるぶしに一つずつ。あきらかな異形に、ひ、と喉の奥で息がかすれる音がした。なんだあれは、人間、人間? まっかな、まぁっかな、手と足の瞳が、顔についた青い目が、目が、私を、私を見てくる。腕を無造作に放り投げた反動で、ひらひら、ひらひら、しきつめられていた花弁が宙を舞う。彩度が低いそれは、やけに、ゆっくり落ちていくように見えた。
「これが貴方をかえた原因ですか」
そうか、そうか、わからない、わからないけどわかった、認識した。触れられている、最愛の人が、異形に、バケモノに、二人だけの幸せな空間に、怪物が、異物が、怪異が、紛れ込んでいる!
「私の、私の妻に、最愛の人に、あいつに、触れるなぁ!」
脳が即座に警告を発して、半ば無意識に凶器を握りしめた。冷静さなんて放り投げて、憎むべき怨敵につかみかかった。そのまま馬乗りになり、眉間に一発、首に二発、こめかみに一発、銃声のたびにビクンと痙攣する体を押さえつけて。どこから撃ったかなんて、ほとんど覚えていない。とにかく、弾倉が空になるまで、何度も何度も何度も撃ち込んだ。ついでに、薄い腹をつぶすつもりで踏みつける。ようやく落ち着いたころには、あたり一帯血の海になっていた。
ぐ、と首を絞めると同時に、薄くあいた口からごぷりとどす黒い血が漏れ出る。バケモノでも血は赤いのか……。そこまで考えたところで、ふと思った。あぁ、そうだ。掃除をしなければ、彼女は血を見るのが嫌いだった。顔にある方の目玉だけ抉り取ったら、庭にでも埋めておけばいい。きっとおいしい野菜と綺麗な花を咲かせてくれるだろう、彼もうれしいはずだし、彼女も喜んでくれる。一刻もはやく、元通りに、幸せな空間に、戻さなければ。
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