緋い棺

万雪 マリア

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彼女の棺

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「は………ははははははははは! あぁ、あぁ、あぁ! ラディウス・スヴェトルーチェ!本当に貴方は面白い方だ!」

 布巾を手に取った時、甲高い声とともに、全身に強い衝撃が走った。
 何故、言ってもいないのに、私の名前を知っている、何故、何故? そんなささいな疑問を吹き飛ばすように、目にもとまらぬ速さで頭をつかまれ、ご、と鈍い音を立てて、床にめりこむのではないかと思うぐらい叩きつけられた。何が起きた? 今、何が起きたのだ? 理解できない、ちかちか、一拍遅れて目の前に星が飛ぶ。なんとか目を開けると、そこには確かに鉛球をお見舞いしたはずの、

「あ、ぐ、が、はっ……」

「あぁ、すみません、つい力み過ぎてしまいましたか。なんせ人間相手にここまで強い感情を抱くとは、私自身想像していなかったのですから!」

「わた、な、いや、な、なぜ、た、しかに、ころし……ぅ、ぐ!」

「ん? あぁ確かに少し痛かったですがね。全く、最近の祓い屋でもあそこまで執拗に殺しませんよ、偏執病ですか貴方は……」

 話が通じない、いや、話はできているはずなのに、会話ができていない、対話ができない! 全身から冷や汗がふきだしていく。杏樹はそっと耳元でささやいた。

「何故怯えているのですか、貴方も死神でしょう? 人ならざるモノ同士、仲よくしようではありませんか」

 怖い、怖い! 妻を失った時以来、強い恐怖を感じたことなどなかった、なのに、目の前の、自分よりずっと若い背格好の青年一人に、抗う事のできない大きな存在に、惨劇の権化に、ガタガタと肩を震わせることしかできない。ひゅーひゅー、自分の心拍があがっていくのが感じられる、怖い、怖い、何が起こるんだ、いやだ、私は、私は?
 その恐怖は、目の前でつかみ取られた瓶詰の金髪を認識した瞬間ふっとんだ。

「全く、人間風情が、悪魔の真似事など……髪に指、脳髄まであるのですか……こんなものを集めても、貴方の妻は」

「黙れぇ! 私の妻を殺すなぁ!」

 私の妻を、殺すな、その言葉に、嘘も、偽りもない。もう誰からとったかなんて覚えていないが、彼女は、綺麗なブロンドね、そう喜んでくれるはずだった。……はずだったのに! 違う、彼女はまだ死んでいない、今は、今は眠っているだけ。悪くなった部分を他のものをくみかえれば、すぐに目を覚まして、また、あの幸せな日々が戻ってくるんだ。なぜだか、涙があふれてくる。苦しい、痛い、辛い。全部目の前の怪物のせいだ、そういうことにして、隠しナイフを喉元に突き刺した。貫通したはずなのに、けらけら笑って刃先をへし折られると、ばらばら破片となっておちていった。そこにうつる自分の顔は、ひどく青ざめていた。
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