緋い棺

万雪 マリア

文字の大きさ
6 / 14

★あなたの棺

しおりを挟む
「さぁ、言ってみなさい、貴方の一番は誰ですか」

 足を振り上げ、股間に一発、爪を立てて、首に一発、じゃあじゃあびゅうびゅう、そんな擬音が似合うように、壊れた蛇口をさらに叩いたように、とめどなく血があふれる。死ぬ気配はない。

「ひ、じご、じ、地獄に帰れ、バケモノが!」

 どうやっても死にそうにない__いやむしろ生きているのかすらわからないこのバケモノは、何を考えている、そもそも何か考えている? 何か、自分が、触れてはいけないものに触れてしまったのではないか? 誰だ、やつは、いったい、何なのだ。
 杏樹は気にもとめない。

「言ってみなさい、ほら、貴方の一番は誰ですか」

「くそ、くそったれが!」

「ねえ聞かせてください、私に、貴方の一番を」

 耳元で、優しく、優しく、ささやいた。比喩じゃなくて、悪魔の声だ。甘く低く、腹の奥を膿ませるような声。首をふってのがれようとすると、手の甲と目があって、固まった。顔にあるものとちがい、球体ではなく、ひらべったく伸ばして張り付けたような赤い目は、じぃっと、責めるかのように、こちらを見てくる。

「ほらほら、ほラホらホラ! 怖がることはありません、おべっかも結構です、本当に、私には必要なのです、貴方の言葉が、貴方の心に巣食う最愛は、誰ですか、名前を、名前を言ってください!」

「黙れ、キャベツのクズ! 妻の名以外に誰を望む、お前は私に何を言わせようとしているんだ!」

 杏樹は返答に満足したように、笑った。唇を閉じても自然と上がってしまう口角のせいで閉じきれず、不気味な、三日月型の笑み。ベットサイドの棺桶を一瞥して、幸福そうに、私の服をやぶった。

「おい、やめろ、まて」

「遠慮しないでください」

「やめろ、お前、何をする、何をしようとしているんだ!」

「だから、遠慮はいりませんよ、ラディウス・スヴェトルーチェ、なに、あなたは本当にいいお方です、私は貴方ほど一途で盲目な人間を知りませんよ、見た事も食べた事もない」

「脳天ぶち抜かれたいのか!」

 部屋中に響く大声に、杏樹はおびえなかった。気にもしない。むしろ、うっとり、聞きほれているようにも見えた、その顔には、


「産めばよいのですよ」


 恍惚、がうかんでいた。
 いい考えでしょう? と形のいい鼻がつぶれるのもおかまいなしに、ほこらしげに笑った。

「貴方の一番でしょう、貴方がもう一度、うみなおしてあげればよいのです、ジグソーパズルより、よほど建設的な案でしょう」

「……狂っているのか」

「貴方が言うのですか! 人体ジグソーパズルは面白かったですか? はは、うふふふふ。本当に、面白いお方です、ラディウス・スヴェトルーチェ、貴方は」

「……狂ってる!」

 みるみる間に肉が削げ落ちたような不健康な薄い腹があらわになる。杏樹はそこに自身の手を当てた、逃げようと身をよじろうが、壁と血の海ぐらいしか見えなかった、では、一体どこに逃げれば正解なのか、そもそも正解などあるのか?

「いいのです、えぇえぇえぇえぇ。ハラがないならつくればいいのですよ、貴方は強いお方だ、内臓のひとつやふたつ、引きずり出してもなかないでしょう? 空いたところに、貴方の細君を孕めばいいのです、名案でしょう?」

「私の事を、食器棚か何かとでも思っているのか、狂人め、離せ、離せ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...