緋い棺

万雪 マリア

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★☆哀愁の棺

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 内臓を引きずり出して、というのは本気なのか、それとも言葉のあやなのか。杏樹はいとおしげに下腹部を撫でる。そうして、何の予備動作もなく、唐突に、ふっくら膨らんだ己の男性器をつっこんだ。
 当然ロクに慣らされず、濡れてもいない、質量も太さもあるものをつっこまれたこっちは大惨事だ。メリメリ肉が裂けて、血がぼたぼた落ちてくる。痛い。罵倒は悲鳴にかわり、杏樹を殴る手に力がこもったのがわかった。
 私の排泄孔は今まで健全な生活をしてきた。排泄孔として生まれ排泄孔として死ぬ定めだったはずだ。幼い頃の座薬と三十数年の人生の中で何度かお世話になった浣腸剤以外ではそこは出口として使われたことはあれど入り口として使われた経験は皆無だ。なのに棍棒レベルで太いものを入れられたら痛いに決まっている。なのに怪物はお構い無しに腰を動かし始める。痛みで強制的に現実に引き戻されたので、抵抗を再開した。この化け物を挽き肉にするつもりでひっかく。流れる血の量はやけに多いが、ヤツが死ぬ気配はなかった。

「う゛、あ゛……痛い、クソ、クソ、離せ!」

「ねぇ、教えてください、ラディウス・スヴェトルーチェ。貴方の細君の目の色は? 髪の色は? 爪の形は? 歯並びはどうでしたか、声は高めでしたか、低めでしたか? 性格は? いえ、貴方を虜にした女性です、素晴らしい人にはかわりないのでしょうけど。そうそう、好物も聞いておかねば! 何分このあたりの文化をよくしらないもので、食が違えば同じには育ちませんから。誕生日ケーキとやらも、必要なのでしょうか? 青や紫は反対ですが、黄色と緑ぐらいなら許してあげましょう、なにせ貴方の色ですしね! それから、聖夜祭の七面鳥は、ダースで買った方がいいですよね!」

「黙れ、くそ、くそったれ!」

 ありえないところにありえないものがつっこまれている不快感。耳に腕をねじこまれているようなものだ。内臓が全部ひっくり返っていくみたいに気持ち悪い。いっそ吐き出せたらいいのに。ふと横を見ると、あいつの入った棺が、物言わず静かに佇んでいた。

「あ、やだ……ひ、見ないで、見ないで、くれ……」

「暖かいですね、ここは、あたたかい、本当に、あたたかいですね、ラディウス・スヴェトルーチェ。これなら子供も安心して育つでしょうよ」

 責めるように、じぃっとこちらを見てくる棺が、杏樹の手のひらの目が、材料として集めた眼球が、こちらを見ているような錯覚に陥る。恥ずかしくて、情けなくて、涙があふれてきた。

「見るな、見るな……」

「あら、どうしました? 何故泣いているのですか? もしかしてミルクのことが心配ですか? なに、貴方は知らないかもしれませんが、私がもといた国では、粉ミルクで立派に育てられるようないい時代になっているのです、ちゃんと育つのです、安心なさい」

「見ないでくれぇ……」

 ずっちゅずっちゅと鳴る水音が、肉が裂けて流れた血に依るものか、中から血と体液をかき出す音なのか、考えたくもない。
 こんなにも憎いのに、爪を立てて肉を剥がしている最中なのに、おいつめられたヒトの体の構造が痛みをわずかな快楽に変換して脳に刺激を信号として送ってくる。
 自分の理性に反して腰がゆらゆら揺れてくるのを、指が力をなくして引き裂く力も失って、それでも背中にしがみついて引っ掻き傷を付けようと宙をさ迷うのを、認められず、また心のそこから恥じている。

 気持ち悪い。

 いっそここで死ねてしまえたなら、この男の出口(棒の先にある方だ)から硫酸かホイップクリームでも出てきて殺してくれたら、どんなにいいものか。前者ならこの怪物と性交したという事実ごとはらわたを溶かされて死ぬし、後者なら腹を下して死ぬ。そう考えると今私は死と直面しているのかもしれない。そうだ。目の前の怪物を殺して私も死のう。死んであいつに謝ろう。あいつは天国にいるだろうし、私は地獄逝きだろうが、なんとかなるだろう。それからコレにも謝らせよう。なんとか杏樹の背中に爪をひったてて、がり、とひっかく。それだけで体力を使い果たして、それでもなんとかあいつから、一滴でも血を絞り出そうとまた腕をあげる。こいつを、殺さなければ。どうせ、殺せないだろうけれど。
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