緋い棺

万雪 マリア

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緋い棺

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「…………ん……」

 チュンチュン、小鳥のさえずりに、重い瞼を開く。見渡せば、花の香り、清潔な部屋、いっそ不自然なまでに、「いつも通り」の空間。

 ……あれは、夢、だったのか。

 恐る恐る立ち上がると、ズキン、と腹に痛みが走った。立ち上がれないぐらいに、腰がいたい。ヒヤリ、と背筋が凍る感覚がした。

 夢ではないのか?

 恐怖からか乱れる呼吸を必死で押さえつけて、よろよろ窓に向かう。太陽をみて、あの夜は終わったのだと、己に信じ込ませるために。油断すればすぐもつれてしまいそうな足を必死に動かして、なだれ込むように窓を開けた。

「…………は」

 降り注ぐ太陽、青々とした空、森でさえずる小鳥たち、そして、それを飲み込むような炎。憎くて憎くて憎くてたまらないあの村を、ゴウゴウ飲み込むような炎。いつも自分たちを毛嫌いしていた老婆の雑貨店、何度言っても門前払いだった病院、通るたびに石を投げつけてきた子どもたちが住む教会、気のいい隣人の住処、かつで妻と住んでいた家。全て食い漁って、止まることなく炎は燃え盛る。

「はは、は……」

 ついに憎しみが炎にかわり、あの町を焼いたのか、そんな非現実的なことを想像し、床にへたりこんだ、なんだか、力がぬけた。いいようのない虚無感が、全身を襲った。何度も何度も何度も願ったことのはずなのに、なんだろう、まるで、自分が死んでいくような、そんな感覚。死んで当然の奴らが死んだだけ、それ以上の事に、どうしても思えなかった。

「願いを叶えた気分はどうですか?」

 声が聞こえる。昨日嫌というほど聞いた、あの耳に付く声。こつ、こつ、こつ、足音がゆっくりと、けれど確実に近づいてくる。声をあげることも、ふりかえることもできない、そんな力が、残されていない。

「さすがに村を、塵一つ残さず焼くというのは手こずりましたが、今非常にいい気分ですよ! なんせ久しぶりに、貴方のような面白い方と出会えたのですから!」

 はやく、はやく、あの男の頭に鉛球をぶち込まなければ、ナイフで喉をえぐって、心臓を握りつぶして、二度と目を開けないようにしなければ、そう思うのに、体はぴくりとも動かない。足音は止まり、気配は真後ろに迫る。
 顔は見えなかったが、なぜだか彼が笑っていると、確信を持てた。

「貴方を人間のままにしておくのはもったいない、喜びなさい、ついでといってはなんですが、私の『こども』にしてあげましょう! 永遠にこの素晴らしい世界を彷徨いましょうね、ラディウス・スヴェトルーチェ!」
 あぁ、こんなの死ぬより惨いじゃないか。

 腹の奥がぽうと熱くなる感覚とともに、意識は闇の中に消えていった。
 棺桶の蓋は閉じている。もう開くことはないだろう。


 (棺桶になった男のお話)


 棺桶の中の夢は、ひどく優しく、ひどく暖かく、同時に、酷かった。
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