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夏
夏-1
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キノに出会ってから俺はあの事故から大分元気になり、他の人にもそれは伝わったらしく、皆によかったなと言われ始めたそんなある日。
「やっとあの子のこと、吹っ切れたんだね」
俺は奥野の言ったその一言が胸に引っ掛かって棘のように抜けなかった。その言葉に悪気がないことは分かっているし、こんなことを一々考えている俺がおかしいのかもしれない。しかし、その『吹っ切れた』という言葉は俺が咲のことを忘れて置いていってしまうみたいで、どうしても平静ではいられず、ついつい彼を怒鳴り飛ばしてしまった。
そもそもどうしてこんなにも俺は彼女、キノに惹かれているのか。今まで深く考えてはいなかったが、その日から妙に気になり始め、気付けば三日が経とうとしていた。今日は幸い土曜日で予定もない。
俺は自転車をこいで30分くらいのところにある図書館へと足を運ぶことにした。7月の中旬ということもあり、うだるような暑さの中、自転車を走らせるとようやく目的の赤い屋根が見えてきた。
少し張り出した所にある自転車置き場に自転車を停め、図書館に入る。中は効きすぎというくらい冷房が効いていて、先程かいた汗がすっと冷えていくのを感じた。
そのまま迷わずこの町の古くからの伝承を集めてあるコーナーに移動する。その内の数冊を手に取り近くのテーブルで目次から目的の伝承をさがしていると、二冊目の目次にそれを見つけた。俺はそのページを開きその本を読み始めた。
『命の木とは
それは愛しの木と呼ばれていたものである。伝承するうちに現代でいう命の木に変化したが、本来のその意味は愛しい人にもう一度出会えるという意味であり、現在の命を吸い取るという意味は兼ねていなかった。ここで愛しの木が命の木と呼ばれるようになった理由を説明しようと思うが、そのために1つ古くから伝わる物語を記そうと思う。
昔、それは第二次世界大戦ごろに遡るが、その時代はこんな小さな村からでも兵隊が徴収されていた。そんなある日、一人の青年が新しく軍に徴収されることとなった。その青年には結婚を約束した女性がいたが、徴兵に逆らうことは許されなかったため、彼女に彼女の好きだった花の種を渡して彼は戦地へと旅立っていった。
戦争が終わりその2年後、彼はその村に戻ってきた。しかし、時は既に遅く、元から身体の丈夫でなかった彼女は病を悪くし、帰らぬ人となってしまっていた。彼はもう2度と彼女に会えないという運命を呪い、何度も自ら命を絶とうとした。だが、奇跡は起こった。彼は最後にもう一度と二人で遊んだ丘の上に登ると、そこには一面に彼が彼女に渡した種と同じ種類の花畑が広がっていたのだ。その中央に堂々とそびえ立つ一本のサクラ。彼はそれに吸い寄せられるかのように近付くと彼女の声がその木の葉と一緒に落ちてきた。
「お帰り」
それは紛れもなくその男の愛した女の声であった。男は毎日その場所へと通った。しかし、その幸せは長くは続かなかった。その冬の始めごろ突然彼は命をたった。自殺だった。なぜ彼は命をたったのか、それは現在まで謎のままである。
これが愛しの木が命の木へと呼び名を変えた所以である。愛しい人に会える木、もしそれが本当なら私も一度訪れてみたいものだ。』
「愛しの木……。」
俺はその文字をなぞる。あの懐かしい声はやはり紛れもない梢だったのだ。それがわかった途端、俺の胸に不思議な温かさが広がっていく。自分はやはり梢を忘れた訳ではなかったのだ。だってあいつは梢の写し身なんだから。
次の日、朝10時ごろにピンポーーーンと呼び鈴が聞こえた。母がはーい、と返事をしながら玄関へと向かう。母はいつも外を確認せずに扉を開ける癖があり、止めるよう注意をしていたのだが全く行動に移す気がないらしく、今日も躊躇なく扉を開けた。すると、母の息を飲む音が聞こえた。
「あら、奥野君じゃない!!リオに用事よね?今呼んでくるわ。」
「ありがとうございます。」
それを奥野が言い終わる前に俺は玄関へと姿を現した。
「何か用?」
「いや、……その…………えっとぉ」
「いいよ、外でちょっと話そうぜ」
彼は安心したように俺を見上げた。そうして俺と奥野は近くの公園へ向かう。奥野はその間ずっと下を向いて話そうとしなかった。公園に着きベンチに座ると突然奥野が謝ってきた。
「ごめん!!この間リオ君の気持ち全然考えずに、あんなこと言ってしまって……。本当にごめん。」
「いや、こちらこそごめん。ついカッとなって……。」
「またこれまで通り仲良くしてくれる?」
「もちろんだ。これからもよろしく。」
それを聞くと彼はようやくホッとしたようで、よかったぁと涙目で呟いた。その姿を見て俺が笑うと、ひどいよーと言いながらも彼は嬉しそうに笑った。俺たちはひとしきり笑った後、また月曜日に、と言って公園を立ち去った。胸のつっかえが取れた俺はあの日から足を運んでいなかったあの丘へと走り出した。早く、早く彼女の声を聞きたい。しばらく走るとあのサクラの木が量は少ないが青々とした葉を揺らしているのが見えた。それに吸い寄せられるように木に近付くと、彼女の声が降ってきた。
「最近、全然来なかったね」
「うん、ちょっと建て込んでて。でも、これからは毎日来れるよ。」
「毎日は困る。リオも学校あるでしょ?友達減るよ?」
「いいよ、別に。元から友達あんまりいないから。」
「さみし……。何かごめんね。」
「謝るな。何か逆に辛くなる。それに……。」
「それに?」
俺は息を大きく吸って言葉を続けた。
「俺はキノがいればいい。」
キノがはっと息を飲む音が聞こえた。数秒押し黙った後、拗ねたような声が返ってきた。
「なにそれ。気持ち悪いからやめてくれる?」
そう突き放す声音はその言葉とは裏腹に喜色を帯びていて、なんだかこちらの方が恥ずかしくなった。
「そうだ!!」
俺はその恥ずかしさを絶ちきろうと大袈裟に声をあげる。
「な、なに、急に!」
キノが驚いたような声を上げた。
「これ知ってるか?」
俺はやや低めの木についている丸い緑色の球体を指差した。
「知らない。なにそれ?」
「これは蕾だよ。もう少ししたら綺麗な白い花が咲くんだ。」
「咲いた後はどうなるの?」
「それはまだ内緒だよ。きっとキノもおどろくんじゃないかな?」
「キノも……?」
『キノも』という言葉にキノは違和感を覚えたらしくそこを繰り返した。俺はキノの過去を聞くチャンスだと思いもう一度口を開く。
「キノはさ、あれから自分の過去のことは思い出してないの?」
しばらくの沈黙が流れる。
「あんまり……。たまに思い出せそうな気がして探ってると、頭がガンガンして割れそうになるから……思い出すのやめにしたの。」
「止めにした……?」
その言葉に頭が真っ白になった。おまえは俺との思い出を捨てようとするのか?なんで?俺はこんなにお前のことを想っているのに……。責めるような言葉が頭の中を駆け巡る。
「リオ……?大丈夫?体調すごく悪そう。」
「大丈夫だ。」
俺は平静に答えようとしたが、きっと声が強ばっていたのだろう。キノが震える声で俺の名を呼んだ。
「……リオ?」
そのとき俺のなかでプツンと何かが切れる音がした。
「ふざけるなよ……。被害者面しやがって!!」
「何言って……?」
「聞きたいのはこっちの方だよ!!何でお前は俺との想い出を、俺を忘れようとするんだよ!!梢!!!」
「誰のこと言ってるの?リオ、わかんないよ!!」
「思い出せよ!!お願いだ……思い出してくれ……。」
それは悲痛な、これまでひた隠しにてきた叫びだった。全部心のうちを吐き出し、我に返ると頭からすーっと血の気が引いていくのを感じた。完全な八つ当たり。自己嫌悪で死にそうになる。キノはその間口を開くことはなくただただ沈黙が流れた。
「リオ!!!!どうしたんだ?!」
その沈黙を聞き馴染みのある声が切り裂いた。後ろを振り向くとやはり雪村が立っていた。
「いや、なんともないわけないだろ。お前の叫び声、丘の麓まで聞こえてたぞ?」
「…ほんとか?心配かけて悪かったな。」
「そうか。じゃあ、一緒に家まで帰ろうぜ?」
「ああ。」
こうして俺はキノと最悪な別れ方をした。
「やっとあの子のこと、吹っ切れたんだね」
俺は奥野の言ったその一言が胸に引っ掛かって棘のように抜けなかった。その言葉に悪気がないことは分かっているし、こんなことを一々考えている俺がおかしいのかもしれない。しかし、その『吹っ切れた』という言葉は俺が咲のことを忘れて置いていってしまうみたいで、どうしても平静ではいられず、ついつい彼を怒鳴り飛ばしてしまった。
そもそもどうしてこんなにも俺は彼女、キノに惹かれているのか。今まで深く考えてはいなかったが、その日から妙に気になり始め、気付けば三日が経とうとしていた。今日は幸い土曜日で予定もない。
俺は自転車をこいで30分くらいのところにある図書館へと足を運ぶことにした。7月の中旬ということもあり、うだるような暑さの中、自転車を走らせるとようやく目的の赤い屋根が見えてきた。
少し張り出した所にある自転車置き場に自転車を停め、図書館に入る。中は効きすぎというくらい冷房が効いていて、先程かいた汗がすっと冷えていくのを感じた。
そのまま迷わずこの町の古くからの伝承を集めてあるコーナーに移動する。その内の数冊を手に取り近くのテーブルで目次から目的の伝承をさがしていると、二冊目の目次にそれを見つけた。俺はそのページを開きその本を読み始めた。
『命の木とは
それは愛しの木と呼ばれていたものである。伝承するうちに現代でいう命の木に変化したが、本来のその意味は愛しい人にもう一度出会えるという意味であり、現在の命を吸い取るという意味は兼ねていなかった。ここで愛しの木が命の木と呼ばれるようになった理由を説明しようと思うが、そのために1つ古くから伝わる物語を記そうと思う。
昔、それは第二次世界大戦ごろに遡るが、その時代はこんな小さな村からでも兵隊が徴収されていた。そんなある日、一人の青年が新しく軍に徴収されることとなった。その青年には結婚を約束した女性がいたが、徴兵に逆らうことは許されなかったため、彼女に彼女の好きだった花の種を渡して彼は戦地へと旅立っていった。
戦争が終わりその2年後、彼はその村に戻ってきた。しかし、時は既に遅く、元から身体の丈夫でなかった彼女は病を悪くし、帰らぬ人となってしまっていた。彼はもう2度と彼女に会えないという運命を呪い、何度も自ら命を絶とうとした。だが、奇跡は起こった。彼は最後にもう一度と二人で遊んだ丘の上に登ると、そこには一面に彼が彼女に渡した種と同じ種類の花畑が広がっていたのだ。その中央に堂々とそびえ立つ一本のサクラ。彼はそれに吸い寄せられるかのように近付くと彼女の声がその木の葉と一緒に落ちてきた。
「お帰り」
それは紛れもなくその男の愛した女の声であった。男は毎日その場所へと通った。しかし、その幸せは長くは続かなかった。その冬の始めごろ突然彼は命をたった。自殺だった。なぜ彼は命をたったのか、それは現在まで謎のままである。
これが愛しの木が命の木へと呼び名を変えた所以である。愛しい人に会える木、もしそれが本当なら私も一度訪れてみたいものだ。』
「愛しの木……。」
俺はその文字をなぞる。あの懐かしい声はやはり紛れもない梢だったのだ。それがわかった途端、俺の胸に不思議な温かさが広がっていく。自分はやはり梢を忘れた訳ではなかったのだ。だってあいつは梢の写し身なんだから。
次の日、朝10時ごろにピンポーーーンと呼び鈴が聞こえた。母がはーい、と返事をしながら玄関へと向かう。母はいつも外を確認せずに扉を開ける癖があり、止めるよう注意をしていたのだが全く行動に移す気がないらしく、今日も躊躇なく扉を開けた。すると、母の息を飲む音が聞こえた。
「あら、奥野君じゃない!!リオに用事よね?今呼んでくるわ。」
「ありがとうございます。」
それを奥野が言い終わる前に俺は玄関へと姿を現した。
「何か用?」
「いや、……その…………えっとぉ」
「いいよ、外でちょっと話そうぜ」
彼は安心したように俺を見上げた。そうして俺と奥野は近くの公園へ向かう。奥野はその間ずっと下を向いて話そうとしなかった。公園に着きベンチに座ると突然奥野が謝ってきた。
「ごめん!!この間リオ君の気持ち全然考えずに、あんなこと言ってしまって……。本当にごめん。」
「いや、こちらこそごめん。ついカッとなって……。」
「またこれまで通り仲良くしてくれる?」
「もちろんだ。これからもよろしく。」
それを聞くと彼はようやくホッとしたようで、よかったぁと涙目で呟いた。その姿を見て俺が笑うと、ひどいよーと言いながらも彼は嬉しそうに笑った。俺たちはひとしきり笑った後、また月曜日に、と言って公園を立ち去った。胸のつっかえが取れた俺はあの日から足を運んでいなかったあの丘へと走り出した。早く、早く彼女の声を聞きたい。しばらく走るとあのサクラの木が量は少ないが青々とした葉を揺らしているのが見えた。それに吸い寄せられるように木に近付くと、彼女の声が降ってきた。
「最近、全然来なかったね」
「うん、ちょっと建て込んでて。でも、これからは毎日来れるよ。」
「毎日は困る。リオも学校あるでしょ?友達減るよ?」
「いいよ、別に。元から友達あんまりいないから。」
「さみし……。何かごめんね。」
「謝るな。何か逆に辛くなる。それに……。」
「それに?」
俺は息を大きく吸って言葉を続けた。
「俺はキノがいればいい。」
キノがはっと息を飲む音が聞こえた。数秒押し黙った後、拗ねたような声が返ってきた。
「なにそれ。気持ち悪いからやめてくれる?」
そう突き放す声音はその言葉とは裏腹に喜色を帯びていて、なんだかこちらの方が恥ずかしくなった。
「そうだ!!」
俺はその恥ずかしさを絶ちきろうと大袈裟に声をあげる。
「な、なに、急に!」
キノが驚いたような声を上げた。
「これ知ってるか?」
俺はやや低めの木についている丸い緑色の球体を指差した。
「知らない。なにそれ?」
「これは蕾だよ。もう少ししたら綺麗な白い花が咲くんだ。」
「咲いた後はどうなるの?」
「それはまだ内緒だよ。きっとキノもおどろくんじゃないかな?」
「キノも……?」
『キノも』という言葉にキノは違和感を覚えたらしくそこを繰り返した。俺はキノの過去を聞くチャンスだと思いもう一度口を開く。
「キノはさ、あれから自分の過去のことは思い出してないの?」
しばらくの沈黙が流れる。
「あんまり……。たまに思い出せそうな気がして探ってると、頭がガンガンして割れそうになるから……思い出すのやめにしたの。」
「止めにした……?」
その言葉に頭が真っ白になった。おまえは俺との思い出を捨てようとするのか?なんで?俺はこんなにお前のことを想っているのに……。責めるような言葉が頭の中を駆け巡る。
「リオ……?大丈夫?体調すごく悪そう。」
「大丈夫だ。」
俺は平静に答えようとしたが、きっと声が強ばっていたのだろう。キノが震える声で俺の名を呼んだ。
「……リオ?」
そのとき俺のなかでプツンと何かが切れる音がした。
「ふざけるなよ……。被害者面しやがって!!」
「何言って……?」
「聞きたいのはこっちの方だよ!!何でお前は俺との想い出を、俺を忘れようとするんだよ!!梢!!!」
「誰のこと言ってるの?リオ、わかんないよ!!」
「思い出せよ!!お願いだ……思い出してくれ……。」
それは悲痛な、これまでひた隠しにてきた叫びだった。全部心のうちを吐き出し、我に返ると頭からすーっと血の気が引いていくのを感じた。完全な八つ当たり。自己嫌悪で死にそうになる。キノはその間口を開くことはなくただただ沈黙が流れた。
「リオ!!!!どうしたんだ?!」
その沈黙を聞き馴染みのある声が切り裂いた。後ろを振り向くとやはり雪村が立っていた。
「いや、なんともないわけないだろ。お前の叫び声、丘の麓まで聞こえてたぞ?」
「…ほんとか?心配かけて悪かったな。」
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「ああ。」
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