60 / 206
5.トリッキー・ナイト2
2-6
しおりを挟む
「ちょっと、待ってて」
西東さんが、ビールの缶を持って、台所に行った。
手ぶらで戻ってきた。
「もう、飲まないんですか?」
「うん」
「あたしと話してて、大丈夫ですか? 眠かったら……」
「大丈夫だよ。
受験。大変だった?」
「はい……。自信は、ないです」
「受かるといいな。受かったら、四人で、お祝いしようか」
「はい。ありがとうございます」
「落ちたら、残念会をしよう」
「落ちたパターンのことは、今は、言わなくていいと思います」
「そうだな。ごめん」
笑った。目がなくなった。
あたしの目から、ぼろぼろっと、涙が落ちていった。
赤の他人でもくれるような笑顔を、あたしは、実の親からもらったことがなかった。そのことが、胸にせまって……。
西東さんの笑みが、どこかへ消えてしまった。もったいないことをした。
トレーナーの袖で、涙を拭いた。
「どうしたの?」
「わかんない……。あたし、あんまり泣かないんですよ。
でも、昨日の夜も、泣いちゃった」
「悲しかった?」
「ううん。そういうことじゃないです。ただ、沢野さんの話を聞いてたら、心が動いて……。
あの仕事をやめてから、あたし、弱くなったような気がします」
「……どういうこと?」
「なんか……。『がんばらなきゃ』っていう気持ちが、なくなってしまって。
朝とか、起きるのも遅いし。一日中、だらだらしてます。
受験のために勉強してる時だけは、もうちょっと、ちゃんとしてましたけど」
西東さんは、すぐには返事をくれなかった。
ただ、まっすぐな目で、あたしを見ていた。祐奈があたしを見る時のまなざしに、よく似ていた。
「そういう時があっても、いいよ」
「ですかね」
「うん。俺も、あった。何もしたくない時が」
「ほんとですか?」
「あったよ。君は、気づいてなかったのかな」
「え?」
「俺の脇腹に、傷があること。知らないか」
「ああ……。こっち側の?」
西東さんの、右の腰のあたりを、手でしめした。西東さんの目が、大きくなった。
「分かってた?」
「そりゃあ、わかりますよ……。あたし、あなたの……」
言いかけて、口を閉じた。言っちゃいけないと思ったし、言いたくもなかった。
顔が熱くなってくるのが、わかった。目をそらした。
「ごめんなさい」
謝られてしまった。
「……なんで、謝るんですか。そこで」
「いや。歌穂さんの年齢は、もっと上だと思ってた。ぞんざいに扱ってたつもりは、なかったけど。未経験だってことも、分かってなかったし。
客としての俺は、君に、いやな思いをさせたりしなかった?」
「ないですよ。よくしてもらいました。……あぁー、ちがいます。そういう、意味じゃないです」
もう、だめだった。フォローのしようがない。
この人、あたしの裸を見たことがあるんだ。見ただけじゃなくて、さわったりも、した……。
なんとか顔を戻して、西東さんを見た。ほっぺたが、赤くなっていた。
西東さんが、ビールの缶を持って、台所に行った。
手ぶらで戻ってきた。
「もう、飲まないんですか?」
「うん」
「あたしと話してて、大丈夫ですか? 眠かったら……」
「大丈夫だよ。
受験。大変だった?」
「はい……。自信は、ないです」
「受かるといいな。受かったら、四人で、お祝いしようか」
「はい。ありがとうございます」
「落ちたら、残念会をしよう」
「落ちたパターンのことは、今は、言わなくていいと思います」
「そうだな。ごめん」
笑った。目がなくなった。
あたしの目から、ぼろぼろっと、涙が落ちていった。
赤の他人でもくれるような笑顔を、あたしは、実の親からもらったことがなかった。そのことが、胸にせまって……。
西東さんの笑みが、どこかへ消えてしまった。もったいないことをした。
トレーナーの袖で、涙を拭いた。
「どうしたの?」
「わかんない……。あたし、あんまり泣かないんですよ。
でも、昨日の夜も、泣いちゃった」
「悲しかった?」
「ううん。そういうことじゃないです。ただ、沢野さんの話を聞いてたら、心が動いて……。
あの仕事をやめてから、あたし、弱くなったような気がします」
「……どういうこと?」
「なんか……。『がんばらなきゃ』っていう気持ちが、なくなってしまって。
朝とか、起きるのも遅いし。一日中、だらだらしてます。
受験のために勉強してる時だけは、もうちょっと、ちゃんとしてましたけど」
西東さんは、すぐには返事をくれなかった。
ただ、まっすぐな目で、あたしを見ていた。祐奈があたしを見る時のまなざしに、よく似ていた。
「そういう時があっても、いいよ」
「ですかね」
「うん。俺も、あった。何もしたくない時が」
「ほんとですか?」
「あったよ。君は、気づいてなかったのかな」
「え?」
「俺の脇腹に、傷があること。知らないか」
「ああ……。こっち側の?」
西東さんの、右の腰のあたりを、手でしめした。西東さんの目が、大きくなった。
「分かってた?」
「そりゃあ、わかりますよ……。あたし、あなたの……」
言いかけて、口を閉じた。言っちゃいけないと思ったし、言いたくもなかった。
顔が熱くなってくるのが、わかった。目をそらした。
「ごめんなさい」
謝られてしまった。
「……なんで、謝るんですか。そこで」
「いや。歌穂さんの年齢は、もっと上だと思ってた。ぞんざいに扱ってたつもりは、なかったけど。未経験だってことも、分かってなかったし。
客としての俺は、君に、いやな思いをさせたりしなかった?」
「ないですよ。よくしてもらいました。……あぁー、ちがいます。そういう、意味じゃないです」
もう、だめだった。フォローのしようがない。
この人、あたしの裸を見たことがあるんだ。見ただけじゃなくて、さわったりも、した……。
なんとか顔を戻して、西東さんを見た。ほっぺたが、赤くなっていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
119
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる