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5.トリッキー・ナイト2
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「紘一とは、もうした?」
思わず、そのへんにあった、ぶあついクッションを投げつけていた。全力で。
西東さんの胸のあたりにぶつかって、西東さんが「うぅ」と言った。かわいそうだとは、思わなかった。
「さいってー! さいてー、西東さんって!」
「ごめん」
「いくら、あたしの体にさわったことがあるからって、そういう話をしてくるのは、ちがうんじゃないんですか! あたし、あなたのものじゃないですから!」
「分かってるよ。ただ、君のことは、祐奈とは別のベクトルで、気になってはいて。
妹はいないはずなんだけど。妹、みたいな……」
「妹に、彼氏とのセックスについて、聞くんですか?! どうかしてますよ!」
「はい。ごめんなさい」
「……してないです」
「あ、そうなんだ」
「沢野さんは、まだ、したくないって……」
また、涙が出てきてしまった。西東さんが、おろおろしはじめた。いい気味だと思った。ざまーみろっていう、感じだった。
「出会ってから、一週間もしないで、つき合うことになったのに。
よく、わかんない。キスしか、したことないの」
西東さんの顔が、ぶわーっと赤くなった。この人も、たいがい、わけがわからないなと思った。自分から、こういう話題を振ってきたくせに。
「焦りたくない理由が、あるんだと思うよ」
「でしょうね。
顔、赤いですよ」
「分かってるって。
紘一がつき合ってる人と、こんな話、したことがなかったから。
どっちなのか、分からない。歌穂さんとああいうことがあったから、はずかしいのか。紘一のことだから、はずかしいのか」
「両方だと思いますよ」
ティッシュが、箱ごと渡された。顔を拭けってことなんだろう。ありがたく、受けとった。
「ごめんなさい。泣かせたいわけじゃなかった」
「わかってます。
あたしに、魅力がないから、ですかね。やっぱり」
「それは、ない」
「ないですか」
「ないよ」
西東さんが、困ったように笑う。
沢野さんには言えないようなことを、どうして、西東さんには言えたんだろう。
あたしの中では、もう、祐奈と西東さんは、夫婦みたいに思えてるのかもしれない。
「あたし、そろそろ寝ます。おやすみなさい」
「おやすみ」
「明日。ひどい顔になってても、スルーしてください」
「いいけど。紘一は、心配すると思うよ」
「ですかね。わかんない」
「あんまり、不安にならないで。もっと、楽しんでもいいと思う」
「はあ……」
「セックスなんて、いつでもできる。誰とでも。
紘一としかできないことを、たくさんしてからでも、遅くないよ」
「お言葉ですけど。いつでも、誰とでもできるほど、セックスのハードルは低くないと思いますよ」
「そう?」
「西東さんは、そういう意味では、ものすごく恵まれてますよ。自覚してないことに、びっくりです」
「俺みたいな男は、どこにでもいるよ」
「いませんよ! 千人くらいの男性を、間近で見たことがある、あたしに向かって、あんまり、ふざけたこと言わないでください」
「……俺は、怒られてるのかな。それとも、ほめられてる?」
「怒ってるし、ほめてますよ。
西東さんと祐奈は、あたしにとっては、超絶イケメンと絶世の美女のカップルですよ」
「歌穂さん自身も、じゅうぶんすぎるくらいの美人だよ。そのことは、わかってない?」
「あたし? あたしこそ、どこにでもいるレベルの女ですよ」
「……似たもの同士なんだな」
「は?」
「祐奈と君は、異常に自己評価が低い。なんで、そうなったのかな……」
「さあ。施設で育ったからじゃないですか」
「うーん……」
「もう、寝ます。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
悲しくなったりして、泣いてたのに。
客間のドアを開ける時には、すっかり元気になっていた。たぶん、本気で怒ったからだと思う。
めったに会えないようなイケメンが、自分はイケメンじゃないと主張したからって、本気で怒るなんて、あたしはやばいやつだなーとは、思った。
祐奈が寝てるベッドの、隣りのベッドに上がる。布団に潜りこんだ。
目を閉じた。
あたしのすぐ近くに、祐奈がいて、沢野さんがいて、西東さんがいる。
なんて、安心できるんだろう。
みんな、あたしにやさしくしてくれる。笑いかけてくれる。本当の、家族みたいに。
うれしい気持ちを抱えたまま、眠りの中に落ちていった。
思わず、そのへんにあった、ぶあついクッションを投げつけていた。全力で。
西東さんの胸のあたりにぶつかって、西東さんが「うぅ」と言った。かわいそうだとは、思わなかった。
「さいってー! さいてー、西東さんって!」
「ごめん」
「いくら、あたしの体にさわったことがあるからって、そういう話をしてくるのは、ちがうんじゃないんですか! あたし、あなたのものじゃないですから!」
「分かってるよ。ただ、君のことは、祐奈とは別のベクトルで、気になってはいて。
妹はいないはずなんだけど。妹、みたいな……」
「妹に、彼氏とのセックスについて、聞くんですか?! どうかしてますよ!」
「はい。ごめんなさい」
「……してないです」
「あ、そうなんだ」
「沢野さんは、まだ、したくないって……」
また、涙が出てきてしまった。西東さんが、おろおろしはじめた。いい気味だと思った。ざまーみろっていう、感じだった。
「出会ってから、一週間もしないで、つき合うことになったのに。
よく、わかんない。キスしか、したことないの」
西東さんの顔が、ぶわーっと赤くなった。この人も、たいがい、わけがわからないなと思った。自分から、こういう話題を振ってきたくせに。
「焦りたくない理由が、あるんだと思うよ」
「でしょうね。
顔、赤いですよ」
「分かってるって。
紘一がつき合ってる人と、こんな話、したことがなかったから。
どっちなのか、分からない。歌穂さんとああいうことがあったから、はずかしいのか。紘一のことだから、はずかしいのか」
「両方だと思いますよ」
ティッシュが、箱ごと渡された。顔を拭けってことなんだろう。ありがたく、受けとった。
「ごめんなさい。泣かせたいわけじゃなかった」
「わかってます。
あたしに、魅力がないから、ですかね。やっぱり」
「それは、ない」
「ないですか」
「ないよ」
西東さんが、困ったように笑う。
沢野さんには言えないようなことを、どうして、西東さんには言えたんだろう。
あたしの中では、もう、祐奈と西東さんは、夫婦みたいに思えてるのかもしれない。
「あたし、そろそろ寝ます。おやすみなさい」
「おやすみ」
「明日。ひどい顔になってても、スルーしてください」
「いいけど。紘一は、心配すると思うよ」
「ですかね。わかんない」
「あんまり、不安にならないで。もっと、楽しんでもいいと思う」
「はあ……」
「セックスなんて、いつでもできる。誰とでも。
紘一としかできないことを、たくさんしてからでも、遅くないよ」
「お言葉ですけど。いつでも、誰とでもできるほど、セックスのハードルは低くないと思いますよ」
「そう?」
「西東さんは、そういう意味では、ものすごく恵まれてますよ。自覚してないことに、びっくりです」
「俺みたいな男は、どこにでもいるよ」
「いませんよ! 千人くらいの男性を、間近で見たことがある、あたしに向かって、あんまり、ふざけたこと言わないでください」
「……俺は、怒られてるのかな。それとも、ほめられてる?」
「怒ってるし、ほめてますよ。
西東さんと祐奈は、あたしにとっては、超絶イケメンと絶世の美女のカップルですよ」
「歌穂さん自身も、じゅうぶんすぎるくらいの美人だよ。そのことは、わかってない?」
「あたし? あたしこそ、どこにでもいるレベルの女ですよ」
「……似たもの同士なんだな」
「は?」
「祐奈と君は、異常に自己評価が低い。なんで、そうなったのかな……」
「さあ。施設で育ったからじゃないですか」
「うーん……」
「もう、寝ます。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
悲しくなったりして、泣いてたのに。
客間のドアを開ける時には、すっかり元気になっていた。たぶん、本気で怒ったからだと思う。
めったに会えないようなイケメンが、自分はイケメンじゃないと主張したからって、本気で怒るなんて、あたしはやばいやつだなーとは、思った。
祐奈が寝てるベッドの、隣りのベッドに上がる。布団に潜りこんだ。
目を閉じた。
あたしのすぐ近くに、祐奈がいて、沢野さんがいて、西東さんがいる。
なんて、安心できるんだろう。
みんな、あたしにやさしくしてくれる。笑いかけてくれる。本当の、家族みたいに。
うれしい気持ちを抱えたまま、眠りの中に落ちていった。
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