上 下
172 / 206
15.スイート・キング7

3-4

しおりを挟む
「ちなみに、どんな感じでした? 背格好とか……」
「背は高かったよ。俺より」
「じゃあ、ぜったい、ちがいますよ……。
 友也くんは、あなたよりも背が低いです。ほっそりしてて、女の子みたいなんだから」
「そうか。それなら、別人だな」
「あなたよりも背が高いって、けっこう……高いですよね。
 180以上は、ないと」
「そうだな。正確には、182以上」
「高いですよね……」
 礼慈さんの姿を、まじまじと見た。
 やっぱり、かっこいい……。うっとりしてしまった。
「そんな目で、見ないで」
 ため息をつかれてしまった。
「どうして?」
「昨日は、めちゃくちゃなことをした。今日も、させてもらったのに。
 また、したくなる……」
「いいですよ。しても」
「かんたんに言うなよ」
「明日は、土曜日だから。礼慈さんは、ゆっくり寝てられるし……。
 わたしは、かまいません」
「だっこだけ、させて。もう、何もしないから」
「……いいの?」
「うん。おいで」
 わたしが近づくと、腕を回してくれた。
 わたしからも、くっついていった。
 だっこしてもらうのが好き。幸せな気分だった。

「礼慈さん。さっきの男の人の話なんですけど……」
「うん?」
「階数をまちがえた、とかじゃないでしょうか」
「ああ……」
「部屋のドアのところに、表札を出してる人が少ないでしょう。
 たとえば、お友達とか、恋人に会いに来た人が、エレベーターのボタンをまちがえて、下りてから、うちの部屋の前で気づいた、とか」
「ありそうだな」
「そこに、あなたが来て……。気まずいから、あいさつとかもしないで、そそくさとエレベーターに戻ろうとして……。どうですか?」
「分かった。そういうことにしよう」
「どんな顔をされてました?」
「ほとんど見えなかったよ。帽子のせいで。
 なんだろうな……。ちょっと、独特の雰囲気があった。
 年齢不詳だった」
「礼慈さんよりも、年上に見えましたか?」
「いや。分からなかった。二十代か、三十代かなと思った」
「ふうん……。とにかく、友也くんじゃないと思います。
 大学二年生で、まだ十九才なんですよ。礼慈さんが言ってる人とは、似ても似つかない気がします」
「友也くんの写真、ある?」
「ううん……。そんなの持ってたら、へんです」
「そうかな」
「見たいの?」
「うん」
「へんなの……。ちょっと、ストーカーみたいですよ」
 わたしの言葉に、ショックを受けたみたいだった。
「祐奈のストーカーであることは認めるけど。その子のストーカーじゃない」
「納得いかないですか?」
「いかない」
「もう、いいです。そんなに心配なら、部屋に来てもらいましょうか?
 会ってもらったら、わたしとは、そういう関係じゃないって、すぐにわかると思うの。
 いい子ですよ。やさしいし……」
「それは、君の日記を読めば分かったけど」
「だったら、心配しないでください」
 突きはなすような言い方になってしまった。
 礼慈さんの顔を見て、あっと思った。
 こわい顔をしてる。いらっとしたんだって、わかった。
「ごめんなさい……。ごめんね」
 礼慈さんの手をとって、謝った。
 礼慈さんの手に、力がこもる。握りかえしてくれた。
 きつい表情が、やわらかくなっていった。
「ごめん。君の友達に対して、失礼なことを言ったよな。
 勝手に日記を読んで、勝手に怒って……。あきれてるだろ」
「ううん。わたしのことを、心配してくれてるのは、わかってます……」
「心配だよ。本当に……。
 その子のことだけじゃない。この世の男は、全員、君にとって加害者になるんじゃないかと思ってる」
「そんなふうに思っちゃ、だめ……。範囲が広すぎます」
「勤め先の社長と、御殿場のアウトレットにいた男。
 君と数年間関わっていたやつと、初対面のやつが、君に対して同じような行動を取った。
 社長からは守れなかったし。アウトレットの男にだって、つれ去られてもおかしくなかった」
「わたしと社長の間にいざこざがあった時には、礼慈さんは、わたしの存在を知らなかったんです。守れなくて、あたりまえです」
「分かってるけど。
 君の過去を知ってから、ずっと、君はどれほど苦しんだんだろうと考えてた。
 考えすぎたせいか、当時の君が感じた痛みを、自分の痛みのように感じる時がある」
「えーっ……。そんなの、だめです」
「だめかな」
「不毛だと思う……。わたしがつらかった時の気分を、あなたに味わってほしいなんて、思ってません。
 楽しいことだけ、考えていてほしいの」
「それは、無理だろ。
 俺自身も、刺されたことがあるし。人生は、楽しいことばかりじゃない。
 俺は、君の痛みを引き受けたいけど。君に、俺の痛みを感じてもらいたいとは思わない」
「それって、なんかー……」
「うん。だいたい分かるよ。祐奈が、何を言いたいのか」
 すごく勝手なことを言われてる。でも、いやじゃなかった。
 うれしい……のかな。
 男の人って、みんな、こうなの? 礼慈さんだけ……?
 わたしが考えこんでいたら、礼慈さんが笑った。
「……なーに?」
「祐奈は、不満を口にするかわりに、ほっぺたが膨れるんだよな」
「えー?」
「本当だよ。かわいい」
「……」
 ふくれてるんだって。
 両手で、頬をぐいぐい押して、へこませようとした。
 礼慈さんが爆笑した。
「ひどい……」
「ごめん。いや、だって」
 がまんしようとしてるみたいだったけれど、しばらく笑っていた。
「ふくれてるとか、言うから。へこませないとって、思って」
「ごめんなさい。そこまで押すほど、膨れてないって。
 もう、寝ようか」
「はあい」

 二人でパジャマを着た。礼慈さんが、灯りを消してくれた。
 べつべつのベッドで、寝た。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,435pt お気に入り:4,186

【R18】カラダの関係は、お試し期間後に。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:165

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,265pt お気に入り:33

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,455pt お気に入り:846

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:584

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,442pt お気に入り:139

処理中です...