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1.異世界から飛ばされてきたのでいす
いせとば、ミエちゃんと出会う(6)
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廊下の床が鳴る音が聞こえた。
少しして、リビングに美夏ちゃんが入ってきた。
「あら。かわいい子がおる」
「お邪魔してます」
伊勢くんとミエちゃんが、同時にしゃべった。
「いらっしゃい。伊勢くんは、まあええとして。
こっちの子は、お友だち? だいぶ年が離れとるみたいやけど」
「え、ええっとおー」
「ミエです。よろしくでいす」
「よろしくね。私は鳥羽美夏です。……で? どういう経緯で、こうなったん?」
「ええとね。話せば、長くなるんやけど……」
「ぎゅっと縮めて、教えてくれる?」
「あー、うん。伊勢神宮で、迷子かと思うて話しかけたら、別の世界から飛ばされてきた子やったんよ」
「美春、どうしたん? 真顔で、おかしなこと言うたね」
「やって。ほんまに、ほんま……みたいなんやもん。
伊勢くんが参宮案内所で確認してくれたんやけど、誰も、ミエちゃんのことを探してへんかったんよ。つまり……」
「迷子やなくても、自分から家出してきた可能性はないん?」
「わたしは、家出はしていません」
「ご両親は? ご家族は、どこに住んどるん?」
「いません。誰も、いません」
美夏ちゃんに答える声は、それまでとは違って聞こえた。
あたしの目からは、ミエちゃんが、いきなり大人になったように見えた。びっくりして見つめているうちに、また、あどけないミエちゃんに戻っていた。
美夏ちゃんはなにも言わなかった。黙ったまま、ミエちゃんと見つめ合っている。
「どうも、嘘をついとる顔やないね」
「美夏ちゃん。うちで、しばらく住まわせてあげられへん?」
「ええよ。うちも訳ありの家やからね。
ここで暮らしとるうちに、親のことや、住んでいた場所のことを思い出したりするかもしれんしね」
「そやね! そうなったら、ええね」
「ミエちゃん。あなたのこと、もっと教えてくれる?」
「あい。自分で言うのは、はずかしいのですがねい。元の世界では『天才言語学者』と呼ばれていましたねい」
「おー」
「日本語、上手やね。勉強したん?」
「いいえ。わたしは、ニポン村で育ちました。これは……ニポン語は、わたしにとっては、母語であり、第一言語でもあるのでいす」
「あらら……。ずいぶん、難しい言葉を知っとるんやね」
「あややー。それほどでも」
ミエちゃんがてれた。
「ニポン村は、小さな、まずしい村でいす。
こちらへ来て、びっくりしました。見たことのないものばかりで……。
わたしは、この世界の名前が知りたいのでいす」
「世界……。地球とか?」
「チキュウ?」
「うーん。それ、世界の名前かなあ」
「まあ、とりあえず地球でええんやない?」
「この場所は、なんという名前なんでしょうかねい?」
「ここは、三重よ」
「ミエ?」
「ここの地名な。三重県」
「ミエケン……」
「この国のことは、わかるん?」
「すみません。さっぱりでいす」
「ここは、日本国っていうんよ」
「美夏ちゃん。国、いる?」
「つけても、おかしないよ。パスポートには、『日本国旅券』て書いてあるわ」
「あー。正式な呼び方は、日本国ってこと?」
「法令はないし、『日本』とも呼ぶけどね。『日本国憲法』が『日本憲法』やったら、おかしな感じしない?」
「するわー」
「そうですね」
「ここは、日本国の三重県の志摩市の志摩町の片田という場所なんよ。これに番地がつくと、住所になるんよ」
「ジュウショ……」
「いきなり言われても、わからんよね。少しずつ、慣れていってくれたらええからね」
「ありがとうございます。ミカさん。
あのう。イセと、イセジングウには、どんな関係があるんでしょうかい?」
「ない。なんもない。ええと、ないわけやないんやけど。
おれの伊勢は名前で、伊勢神宮の伊勢は地名なんや」
「はー」
「鳥羽っていう地名もあるんよ」
「そうなんですかい! ややこしいですねい」
「やっ。そうでも……ないで」
「もしかして、こっちのこと、ほとんど知らんかったりする?」
「うん。車もシャワーも、知らんかったよ」
「大変やなあ。そしたら、三重の写真を見せたげよか」
美夏ちゃんが、本棚からアルバムを持ってきた。
「観光した場所とか、うちのまわりとか……。私と母が撮った写真なんよ」
ミエちゃんの前に広げて、見せてくれた。
「シャシン。はー、すごい……」
「これなー。うちからすぐの浜に、ある日、とつぜん打ち上げられとったんよ」
美夏ちゃんが指さしたのは、さっき見た浜に、平べったい船のようなものが乗り上げている写真だった。
「メガフロート!」
伊勢くんが、大きな声を上げた。
「あ、わかる?」
「話だけは、聞いたことあります。これ、いつですか?」
「2002年。美春が生まれる前よ」
「なんで、こんな写真持っとるん?」
「撮ったからやわ! いさんで撮りに行ったわー」
「わ、わからん……。お姉さん、何才でした?」
「九才……やね。小学三年生。おばあちゃんに、インスタントカメラを買うてもらってね。一人で撮りに行ったんよ。
伊勢くんは、知らんかな? あたしたち、美春が生まれてから、神奈川に引っ越して暮らしとったんよ」
「え。ほんまですか?」
「うん。神奈川に六年おったんよ。
片田から離れても、これのことは、えらく印象に残っとってね。おばあちゃんも、まだ元気やったし……。
こどものころから泳いどった浜に、とんでもないものが来たいう感じやったね」
「たしかに。大きいですしね。
これ初めに見つけた人、びびったやろなー」
「片田じゅう、大さわぎよ。あたしのまわりだけかもわからんけど。
大人は大変やったろうけどね。こどもらは、撤去されるまで、しょっちゅう眺めに行っとったね。
千葉の方から来たんやったかな……。行ったこともないような遠くから、はるばる流れついてきたんやと思うと、不思議でね。前ぶれもなく、急に、目の前に現れたような感じやったから」
「そうだったんですねい。不思議なことが起きたのですねいー」
「それ、見ててええよ。ごめんね。ちょっと、仕事の電話してくる」
美夏ちゃんは、リビングから廊下に出ていった。
少しして、リビングに美夏ちゃんが入ってきた。
「あら。かわいい子がおる」
「お邪魔してます」
伊勢くんとミエちゃんが、同時にしゃべった。
「いらっしゃい。伊勢くんは、まあええとして。
こっちの子は、お友だち? だいぶ年が離れとるみたいやけど」
「え、ええっとおー」
「ミエです。よろしくでいす」
「よろしくね。私は鳥羽美夏です。……で? どういう経緯で、こうなったん?」
「ええとね。話せば、長くなるんやけど……」
「ぎゅっと縮めて、教えてくれる?」
「あー、うん。伊勢神宮で、迷子かと思うて話しかけたら、別の世界から飛ばされてきた子やったんよ」
「美春、どうしたん? 真顔で、おかしなこと言うたね」
「やって。ほんまに、ほんま……みたいなんやもん。
伊勢くんが参宮案内所で確認してくれたんやけど、誰も、ミエちゃんのことを探してへんかったんよ。つまり……」
「迷子やなくても、自分から家出してきた可能性はないん?」
「わたしは、家出はしていません」
「ご両親は? ご家族は、どこに住んどるん?」
「いません。誰も、いません」
美夏ちゃんに答える声は、それまでとは違って聞こえた。
あたしの目からは、ミエちゃんが、いきなり大人になったように見えた。びっくりして見つめているうちに、また、あどけないミエちゃんに戻っていた。
美夏ちゃんはなにも言わなかった。黙ったまま、ミエちゃんと見つめ合っている。
「どうも、嘘をついとる顔やないね」
「美夏ちゃん。うちで、しばらく住まわせてあげられへん?」
「ええよ。うちも訳ありの家やからね。
ここで暮らしとるうちに、親のことや、住んでいた場所のことを思い出したりするかもしれんしね」
「そやね! そうなったら、ええね」
「ミエちゃん。あなたのこと、もっと教えてくれる?」
「あい。自分で言うのは、はずかしいのですがねい。元の世界では『天才言語学者』と呼ばれていましたねい」
「おー」
「日本語、上手やね。勉強したん?」
「いいえ。わたしは、ニポン村で育ちました。これは……ニポン語は、わたしにとっては、母語であり、第一言語でもあるのでいす」
「あらら……。ずいぶん、難しい言葉を知っとるんやね」
「あややー。それほどでも」
ミエちゃんがてれた。
「ニポン村は、小さな、まずしい村でいす。
こちらへ来て、びっくりしました。見たことのないものばかりで……。
わたしは、この世界の名前が知りたいのでいす」
「世界……。地球とか?」
「チキュウ?」
「うーん。それ、世界の名前かなあ」
「まあ、とりあえず地球でええんやない?」
「この場所は、なんという名前なんでしょうかねい?」
「ここは、三重よ」
「ミエ?」
「ここの地名な。三重県」
「ミエケン……」
「この国のことは、わかるん?」
「すみません。さっぱりでいす」
「ここは、日本国っていうんよ」
「美夏ちゃん。国、いる?」
「つけても、おかしないよ。パスポートには、『日本国旅券』て書いてあるわ」
「あー。正式な呼び方は、日本国ってこと?」
「法令はないし、『日本』とも呼ぶけどね。『日本国憲法』が『日本憲法』やったら、おかしな感じしない?」
「するわー」
「そうですね」
「ここは、日本国の三重県の志摩市の志摩町の片田という場所なんよ。これに番地がつくと、住所になるんよ」
「ジュウショ……」
「いきなり言われても、わからんよね。少しずつ、慣れていってくれたらええからね」
「ありがとうございます。ミカさん。
あのう。イセと、イセジングウには、どんな関係があるんでしょうかい?」
「ない。なんもない。ええと、ないわけやないんやけど。
おれの伊勢は名前で、伊勢神宮の伊勢は地名なんや」
「はー」
「鳥羽っていう地名もあるんよ」
「そうなんですかい! ややこしいですねい」
「やっ。そうでも……ないで」
「もしかして、こっちのこと、ほとんど知らんかったりする?」
「うん。車もシャワーも、知らんかったよ」
「大変やなあ。そしたら、三重の写真を見せたげよか」
美夏ちゃんが、本棚からアルバムを持ってきた。
「観光した場所とか、うちのまわりとか……。私と母が撮った写真なんよ」
ミエちゃんの前に広げて、見せてくれた。
「シャシン。はー、すごい……」
「これなー。うちからすぐの浜に、ある日、とつぜん打ち上げられとったんよ」
美夏ちゃんが指さしたのは、さっき見た浜に、平べったい船のようなものが乗り上げている写真だった。
「メガフロート!」
伊勢くんが、大きな声を上げた。
「あ、わかる?」
「話だけは、聞いたことあります。これ、いつですか?」
「2002年。美春が生まれる前よ」
「なんで、こんな写真持っとるん?」
「撮ったからやわ! いさんで撮りに行ったわー」
「わ、わからん……。お姉さん、何才でした?」
「九才……やね。小学三年生。おばあちゃんに、インスタントカメラを買うてもらってね。一人で撮りに行ったんよ。
伊勢くんは、知らんかな? あたしたち、美春が生まれてから、神奈川に引っ越して暮らしとったんよ」
「え。ほんまですか?」
「うん。神奈川に六年おったんよ。
片田から離れても、これのことは、えらく印象に残っとってね。おばあちゃんも、まだ元気やったし……。
こどものころから泳いどった浜に、とんでもないものが来たいう感じやったね」
「たしかに。大きいですしね。
これ初めに見つけた人、びびったやろなー」
「片田じゅう、大さわぎよ。あたしのまわりだけかもわからんけど。
大人は大変やったろうけどね。こどもらは、撤去されるまで、しょっちゅう眺めに行っとったね。
千葉の方から来たんやったかな……。行ったこともないような遠くから、はるばる流れついてきたんやと思うと、不思議でね。前ぶれもなく、急に、目の前に現れたような感じやったから」
「そうだったんですねい。不思議なことが起きたのですねいー」
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