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1.異世界から飛ばされてきたのでいす
いせとば、ミエちゃんと出会う(5)
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夕ごはんを作った。
お皿の用意と配ぜんは、伊勢くんとミエちゃんが手伝ってくれた。
かんたんにできるカレーライスと、卵のサラダを低いテーブルに並べた。三人で、声をそろえて「いただきます」と言った。
「ミエちゃん、どう? 食べられる?」
「おいしいでいすー」
「鳥羽ちゃんのごはんは、あいかわらずうまいなー」
「そお?」
「めっちゃうまい。おかわりしてええ?」
「ええよー」
「もらってくるわ」
お風呂に入れてあげようと思って、ミエちゃんを浴室につれていった。
二人とも服は着たままで、シャワーの使い方を教えようとした。お湯を出したら、ミエちゃんが挙動不審になってしまった。
「蛇から、お湯がでてるー」
「蛇とちゃうよ。シャワーっていうの」
「こわーい……」
うるうるした目で見上げてくる。きゅーんとした。
「一緒に入ろうか。いい? あたしと一緒で」
「もちろんでいすー」
「おれ、リビングにおるわ」
ぬれた金髪が、肩や背中に張りついている。
白い胸はたいらで、十才くらいのこどもの体に見えた。
「せまいけど、一緒につかろうか」
「あい」
「おしりをつけてええからね」
「はあー。ごくらく、ごくらく……」
「お風呂は、あったんよね?」
「ありましたねい」
「シャワーは、なかった?」
「なかったですねい」
「……なんかね。ミエちゃん、あたしの妹みたい」
「えっ。あ、ありがとう?」
「かわいい」
「てれてしまいますねい……」
ミエちゃんには、きょうだいはいないのかなと、ふと思った。でも、きかなかった。いないような気もした。
明るくふるまっているけれど、ミエちゃんの中には、なにか、ふかい……孤独の影みたいなものがあるように感じていた。
あたしには、美夏ちゃんがいたから。父さんがいないことも、母さんが仕事で家をあけることが多かったことも、しょうがないことだとあきらめることができた。
だけど、たぶん……。ミエちゃんには、誰もいなかった。
小さな手をとって、お湯の中でつないでみた。ほかほかとあったかくて、あたしは満足した。
「トバ?」
「なんもない。あったまったね。上がろうか」
あたしのパジャマを着せたミエちゃんと、リビングに戻った。
伊勢くんが、キッチンで洗いものをしてくれていた。
「お皿、洗ってくれとるん? ありがとー」
「どういたしまして。お風呂、終わったんか」
「うん」
「どきっとしたわ。髪ぬれると、ぺたーんて、なるんやな……」
「ぺたーんって」
笑ってしまった。
「や。ふだんは、ふわっとしとるから」
「くせっ毛やからね。
ドライヤーで乾かすわ。ミエちゃーん。おいで」
ミエちゃんは、ドライヤーに怯えた。
「いやーんです。風が、かぜが、ぶわあーって」
「あはは。かわいいー。逃げんといてー」
「ふわわわわ……」
「あかん。わろてまう」
「見せものでは、ないのでいす!」
「ごめんな。がまんするわ」
「ふぃーん……」
しぶい顔をしてるミエちゃんの髪を、ていねいに乾かしていく。しばらくしてからのぞきこむと、もう慣れたのか、気持ちよさそうに目をつぶっていた。
「パジャマ、ぶっかぶかやな。買うてやらんと……」
「そやねえ。昔の服、とっておいたらよかった」
「妹がおったらよかったんやけどな。弟しかおらんわ。しかも、二人も」
「伊勢くんとこは、男兄弟だけやもんね。うちは、美夏ちゃんと二人で……。
母さんがね、たまに、ぽろっと言うとったわ。『男の子もほしかったね』って」
「うちのおかんも言うな。似たようなこと」
「そうなん?」
「うん。おれらのお嫁さんだけが、楽しみなんやって」
「そお……」
リビングの本棚を見ていたミエちゃんが、「おや」と言った。
「こくごじてん……」
「わかるん?」
「あい。辞書ですねい。読んでもいいですかねい?」
「どーぞ」
「ありがとうでいす」
国語辞典をテーブルに置くと、自分のかばんから、なにかのケースを出してきた。
ぱかっと開けると、眼鏡が入っていた。ものすごくぶあついレンズの眼鏡だった。それをかけて、ぱらぱらとめくり始めた。
「ちょっ……。ごっつい眼鏡やな」
「ミエちゃん、目が悪いん?」
「遠くは見えるのでいすが。近くが見えづらいのでいす」
「ぶあついレンズやなー」
「さまになっとるね。学者っぽい」
「そういやあ、津市に、えらい学者がおったよな」
「えっ。知らん。誰?」
「誰やったかな……。あ、『たにがわことすが』や」
「わからん。教科書に載っとる?」
「いやあー。載ってへんのやないか。
江戸時代の人や。日本で、初めて国語辞典を作ったんやって」
「すごい人やないの。なんで、知らんかったんやろ」
「本居宣長は有名やけどな。たにがわさんは、まあ、知る人ぞ知る……偉人なんやろうな」
「そのお話、とっても興味がありますねい」
「ほんまに?」
「あい!」
「そしたらな、津市に資料館みたいなんがあったはずやから。つれてったるわ」
「ありがとうでいすー」
お皿の用意と配ぜんは、伊勢くんとミエちゃんが手伝ってくれた。
かんたんにできるカレーライスと、卵のサラダを低いテーブルに並べた。三人で、声をそろえて「いただきます」と言った。
「ミエちゃん、どう? 食べられる?」
「おいしいでいすー」
「鳥羽ちゃんのごはんは、あいかわらずうまいなー」
「そお?」
「めっちゃうまい。おかわりしてええ?」
「ええよー」
「もらってくるわ」
お風呂に入れてあげようと思って、ミエちゃんを浴室につれていった。
二人とも服は着たままで、シャワーの使い方を教えようとした。お湯を出したら、ミエちゃんが挙動不審になってしまった。
「蛇から、お湯がでてるー」
「蛇とちゃうよ。シャワーっていうの」
「こわーい……」
うるうるした目で見上げてくる。きゅーんとした。
「一緒に入ろうか。いい? あたしと一緒で」
「もちろんでいすー」
「おれ、リビングにおるわ」
ぬれた金髪が、肩や背中に張りついている。
白い胸はたいらで、十才くらいのこどもの体に見えた。
「せまいけど、一緒につかろうか」
「あい」
「おしりをつけてええからね」
「はあー。ごくらく、ごくらく……」
「お風呂は、あったんよね?」
「ありましたねい」
「シャワーは、なかった?」
「なかったですねい」
「……なんかね。ミエちゃん、あたしの妹みたい」
「えっ。あ、ありがとう?」
「かわいい」
「てれてしまいますねい……」
ミエちゃんには、きょうだいはいないのかなと、ふと思った。でも、きかなかった。いないような気もした。
明るくふるまっているけれど、ミエちゃんの中には、なにか、ふかい……孤独の影みたいなものがあるように感じていた。
あたしには、美夏ちゃんがいたから。父さんがいないことも、母さんが仕事で家をあけることが多かったことも、しょうがないことだとあきらめることができた。
だけど、たぶん……。ミエちゃんには、誰もいなかった。
小さな手をとって、お湯の中でつないでみた。ほかほかとあったかくて、あたしは満足した。
「トバ?」
「なんもない。あったまったね。上がろうか」
あたしのパジャマを着せたミエちゃんと、リビングに戻った。
伊勢くんが、キッチンで洗いものをしてくれていた。
「お皿、洗ってくれとるん? ありがとー」
「どういたしまして。お風呂、終わったんか」
「うん」
「どきっとしたわ。髪ぬれると、ぺたーんて、なるんやな……」
「ぺたーんって」
笑ってしまった。
「や。ふだんは、ふわっとしとるから」
「くせっ毛やからね。
ドライヤーで乾かすわ。ミエちゃーん。おいで」
ミエちゃんは、ドライヤーに怯えた。
「いやーんです。風が、かぜが、ぶわあーって」
「あはは。かわいいー。逃げんといてー」
「ふわわわわ……」
「あかん。わろてまう」
「見せものでは、ないのでいす!」
「ごめんな。がまんするわ」
「ふぃーん……」
しぶい顔をしてるミエちゃんの髪を、ていねいに乾かしていく。しばらくしてからのぞきこむと、もう慣れたのか、気持ちよさそうに目をつぶっていた。
「パジャマ、ぶっかぶかやな。買うてやらんと……」
「そやねえ。昔の服、とっておいたらよかった」
「妹がおったらよかったんやけどな。弟しかおらんわ。しかも、二人も」
「伊勢くんとこは、男兄弟だけやもんね。うちは、美夏ちゃんと二人で……。
母さんがね、たまに、ぽろっと言うとったわ。『男の子もほしかったね』って」
「うちのおかんも言うな。似たようなこと」
「そうなん?」
「うん。おれらのお嫁さんだけが、楽しみなんやって」
「そお……」
リビングの本棚を見ていたミエちゃんが、「おや」と言った。
「こくごじてん……」
「わかるん?」
「あい。辞書ですねい。読んでもいいですかねい?」
「どーぞ」
「ありがとうでいす」
国語辞典をテーブルに置くと、自分のかばんから、なにかのケースを出してきた。
ぱかっと開けると、眼鏡が入っていた。ものすごくぶあついレンズの眼鏡だった。それをかけて、ぱらぱらとめくり始めた。
「ちょっ……。ごっつい眼鏡やな」
「ミエちゃん、目が悪いん?」
「遠くは見えるのでいすが。近くが見えづらいのでいす」
「ぶあついレンズやなー」
「さまになっとるね。学者っぽい」
「そういやあ、津市に、えらい学者がおったよな」
「えっ。知らん。誰?」
「誰やったかな……。あ、『たにがわことすが』や」
「わからん。教科書に載っとる?」
「いやあー。載ってへんのやないか。
江戸時代の人や。日本で、初めて国語辞典を作ったんやって」
「すごい人やないの。なんで、知らんかったんやろ」
「本居宣長は有名やけどな。たにがわさんは、まあ、知る人ぞ知る……偉人なんやろうな」
「そのお話、とっても興味がありますねい」
「ほんまに?」
「あい!」
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