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1.異世界から飛ばされてきたのでいす
いせとば、ミエちゃんと出会う(4)
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「伊勢くん。今の、なに?」
こわい顔をしている。伊勢くんが、あたしを見た。
「おれらがミエちゃんと出会ってから、三時間以上は経っとるよな。せやのに、迷子の届けがない……」
「迷子やなくて、一人で、ここまで来たのかもしれんよ。親も、ミエちゃんがここにいることを知らん、とか」
「そうやとしたら、ますます、ミエちゃんの話の信ぴょう性が増すな」
「異世界転生?」
「そお。ミエちゃんな。鳥羽ちゃんに抱きついて、わーわー泣いとったやろ。これが演技なら、天才子役や。
おれらの後ろから、『ドッキリでしたー』って、テレビクルーが出てこなあかん」
「そやね」
「親に黙って、伊勢まで出てこられるような子は、ああいう泣き方はせんやろ……」
「そう、かも。そしたら、どういうこと……?」
「わからん」
あたしと伊勢くんは、顔を見合わせた。
「伊勢くん。どうするん?」
「そうなあ」
「このままやと、あたしたち、誘拐犯になってしまうのやない?」
「けどな。鳥羽ちゃん。ミエちゃんの親が、本当にこっちの世界におるのか、おれには確信が持てん」
「おらんとしたら、あたしたちが、どうにかしてあげんと。警察に預けるとか……」
「そやな。……まいったな。なあ、ミエちゃん」
「あい?」
「おれらと行くのと、知らないおじさんやおばさんに世話してもらうんと、どっちがええかな?」
「イセとトバと、いっしょにいたいですねい」
「そうかあー……。鳥羽ちゃんとこ、どうやろうか。居候さしてあげられへんかな」
「ええよ」
「あっさりやな。ええの?」
「うちは、親もおらんしね。美夏ちゃんさえ、オッケーしてくれれば」
「よかった。そしたら、帰ろうかあー」
「うん。行こう。ミエちゃん」
「トバ……。『親もおらん』とは、どういう意味ですかねい?」
「そのまんまよ。あたしと美夏ちゃん……姉は、二人だけで暮らしとるの」
ミエちゃんは、あたしの顔を見て、じっと考えこんでいるみたいだった。
「ミエちゃん?」
「トバのお母さんとお父さんは、どこに?」
「母さんは、アメリカにいたり、中国にいたり。日本にも、年に二回くらいは帰ってくるわ。父さんのことは、あたしにも、ようわからんのよ」
「そうなんですねい……」
「あ、母さんは再婚しとってね。その人のことは、『パパ』て呼んどるよ」
「パパ……」
つぶやくような声だった。ミエちゃんには通じなかったかも……と思った。
片田のバス停からの帰り道で、大きな夕やけを見た。
バス停の先にも続いているパール街道は、ここから北西に向かう上り坂になっていて、夕日がきれいに見える場所のひとつだ。それもそのはずで、この道の正式な名前は「ゆうやけパール街道」という。
「きれいですねいー……。世界の終わりに見る景色みたいですねい」
「悪いけどな。こういう景色なら、しょっちゅう見とるわ」
「ほんとですかい! はー。わたしは、こんな美しい国に飛ばされてきたんですねい……」
ミエちゃんは、首をめいっぱいのばして、西の空を見上げている。
「元の世界には、夕日はなかったん? こういう、赤い……夕暮れの景色」
「なかったですねい。いつもうす暗くて、うす明るい……。
朝とか昼とか夜とか、言葉としては知っていますがねい。ここへ来て、はじめて、ちゃんと理解した気がしますねい」
「太陽がない、ってこと?」
「かもしれんな」
「すごい世界やね……」
「向こうは暑い? 寒い?」
「どっちでもないですねい。過ごしやすいでいす」
「夏も暑くないんか。それって、どうなんやろな。味気ない気もするわ」
「そやね。そろそろ、行こうか」
ミエちゃんは、あたしたちの後ろを歩きながら、何度もふり返っていた。鮮やかな赤い空に、すっかり夢中になってるみたいだった。
「海、見てく? すぐよ」
「うみ! 見たいですねい!」
「帰りのバスからも、見えとったけどね」
家を通りすぎて、海をめざした。
堤防に続く坂道の手前で、伊勢くんがあたしの手を握った。それから、自然に手をつなぐことになった。
びっくりしてしまって、なにも言えなかった。その場に立ちどまって、伊勢くんを見つめていると、困ったような顔をされてしまった。
「嫌やった?」
「ううん」
「ミエちゃんも、つなごか」
「えっ? あ、あい」
「どっちがええ? おれか、鳥羽ちゃんか」
「トバ……」
ほっぺを赤くしたミエちゃんが、おずおずと手を差しだしてきた。かわいかった。
「かわいいなあ。ふふっ」
ぎゅっとつなぐと、握りかえしてきた。小さな手は、冷たかった。
「つめたい。あたしが、あっためてあげるからね」
「あっ、ありがとうでいす……」
堤防の上から、青と緑がまじった海を見下ろした。
「浜まで下りる?」
「ええよ。寒いし」
「そやな。風が強いわ。……ミエちゃん」
ミエちゃんの目には、涙がたまっていた。
「かなしくなった?」
「なんでしょうねい。なんだか、むねにせまって……。
この向こうには、わたしの知らない世界があるんでしょうねい……」
あたしの家まで、二人を案内した。
「お邪魔します」
「美夏ちゃんは、たぶんおらんと思う。
家で仕事しとる時と、会社でしとる時があるの」
「そうなんや」
こわい顔をしている。伊勢くんが、あたしを見た。
「おれらがミエちゃんと出会ってから、三時間以上は経っとるよな。せやのに、迷子の届けがない……」
「迷子やなくて、一人で、ここまで来たのかもしれんよ。親も、ミエちゃんがここにいることを知らん、とか」
「そうやとしたら、ますます、ミエちゃんの話の信ぴょう性が増すな」
「異世界転生?」
「そお。ミエちゃんな。鳥羽ちゃんに抱きついて、わーわー泣いとったやろ。これが演技なら、天才子役や。
おれらの後ろから、『ドッキリでしたー』って、テレビクルーが出てこなあかん」
「そやね」
「親に黙って、伊勢まで出てこられるような子は、ああいう泣き方はせんやろ……」
「そう、かも。そしたら、どういうこと……?」
「わからん」
あたしと伊勢くんは、顔を見合わせた。
「伊勢くん。どうするん?」
「そうなあ」
「このままやと、あたしたち、誘拐犯になってしまうのやない?」
「けどな。鳥羽ちゃん。ミエちゃんの親が、本当にこっちの世界におるのか、おれには確信が持てん」
「おらんとしたら、あたしたちが、どうにかしてあげんと。警察に預けるとか……」
「そやな。……まいったな。なあ、ミエちゃん」
「あい?」
「おれらと行くのと、知らないおじさんやおばさんに世話してもらうんと、どっちがええかな?」
「イセとトバと、いっしょにいたいですねい」
「そうかあー……。鳥羽ちゃんとこ、どうやろうか。居候さしてあげられへんかな」
「ええよ」
「あっさりやな。ええの?」
「うちは、親もおらんしね。美夏ちゃんさえ、オッケーしてくれれば」
「よかった。そしたら、帰ろうかあー」
「うん。行こう。ミエちゃん」
「トバ……。『親もおらん』とは、どういう意味ですかねい?」
「そのまんまよ。あたしと美夏ちゃん……姉は、二人だけで暮らしとるの」
ミエちゃんは、あたしの顔を見て、じっと考えこんでいるみたいだった。
「ミエちゃん?」
「トバのお母さんとお父さんは、どこに?」
「母さんは、アメリカにいたり、中国にいたり。日本にも、年に二回くらいは帰ってくるわ。父さんのことは、あたしにも、ようわからんのよ」
「そうなんですねい……」
「あ、母さんは再婚しとってね。その人のことは、『パパ』て呼んどるよ」
「パパ……」
つぶやくような声だった。ミエちゃんには通じなかったかも……と思った。
片田のバス停からの帰り道で、大きな夕やけを見た。
バス停の先にも続いているパール街道は、ここから北西に向かう上り坂になっていて、夕日がきれいに見える場所のひとつだ。それもそのはずで、この道の正式な名前は「ゆうやけパール街道」という。
「きれいですねいー……。世界の終わりに見る景色みたいですねい」
「悪いけどな。こういう景色なら、しょっちゅう見とるわ」
「ほんとですかい! はー。わたしは、こんな美しい国に飛ばされてきたんですねい……」
ミエちゃんは、首をめいっぱいのばして、西の空を見上げている。
「元の世界には、夕日はなかったん? こういう、赤い……夕暮れの景色」
「なかったですねい。いつもうす暗くて、うす明るい……。
朝とか昼とか夜とか、言葉としては知っていますがねい。ここへ来て、はじめて、ちゃんと理解した気がしますねい」
「太陽がない、ってこと?」
「かもしれんな」
「すごい世界やね……」
「向こうは暑い? 寒い?」
「どっちでもないですねい。過ごしやすいでいす」
「夏も暑くないんか。それって、どうなんやろな。味気ない気もするわ」
「そやね。そろそろ、行こうか」
ミエちゃんは、あたしたちの後ろを歩きながら、何度もふり返っていた。鮮やかな赤い空に、すっかり夢中になってるみたいだった。
「海、見てく? すぐよ」
「うみ! 見たいですねい!」
「帰りのバスからも、見えとったけどね」
家を通りすぎて、海をめざした。
堤防に続く坂道の手前で、伊勢くんがあたしの手を握った。それから、自然に手をつなぐことになった。
びっくりしてしまって、なにも言えなかった。その場に立ちどまって、伊勢くんを見つめていると、困ったような顔をされてしまった。
「嫌やった?」
「ううん」
「ミエちゃんも、つなごか」
「えっ? あ、あい」
「どっちがええ? おれか、鳥羽ちゃんか」
「トバ……」
ほっぺを赤くしたミエちゃんが、おずおずと手を差しだしてきた。かわいかった。
「かわいいなあ。ふふっ」
ぎゅっとつなぐと、握りかえしてきた。小さな手は、冷たかった。
「つめたい。あたしが、あっためてあげるからね」
「あっ、ありがとうでいす……」
堤防の上から、青と緑がまじった海を見下ろした。
「浜まで下りる?」
「ええよ。寒いし」
「そやな。風が強いわ。……ミエちゃん」
ミエちゃんの目には、涙がたまっていた。
「かなしくなった?」
「なんでしょうねい。なんだか、むねにせまって……。
この向こうには、わたしの知らない世界があるんでしょうねい……」
あたしの家まで、二人を案内した。
「お邪魔します」
「美夏ちゃんは、たぶんおらんと思う。
家で仕事しとる時と、会社でしとる時があるの」
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