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2.伊勢くんが書いた小説「ダークムーンを救え!」
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「マサト。悪いが、ミハルを帰してやってくれ。そちらの客人もだ」
「分かりました」
目で伝えると、カツキが立った。
「歩ける?」
「うん。だいじょうぶ」
離れにミハルちゃんを帰して、カツキと母屋に戻った。
「えらいことになったな。カツキ」
「そうだね」
「……逃げるなら、今のうちやで」
「僕を逃がした場合の、マサトが困る感じを想像してる」
「あのなあ……」
「神さまって、ああいう感じか。びっくりした」
「おれも、ミハルちゃんのは、初めて見た」
「そうなの? どうだった?」
「こわかった……」
「そうだね。こわかったな」
その後の話し合いで、巫女さんに指名されたカツキが西に向かうことに決まった。つきそいとして名乗りを上げたのは、誰あろう、おれだった。
一人で行かせたくなかった。それだけだった。
ガトウが安心したような顔をするのを見て、少しだけ、いやな気分になった。
寄り合い所から屋敷に戻ろうとする途中で、里を守る兵士たちに絡まれてしまった。正確にいうと、絡まれるのを事前に察した。
おれと年の近い兵士が二人、おれたちの後ろからついてきていた。
「カツキ。お前、先に行け」
「なんで?」
カツキは、おれのそばから動かなかった。神宮の祭祀場での素直さが嘘のように、かたくななそぶりだった。
「おい。マサト」
「はい」
「お前、分かっとるやろうな。そいつが逃げだしたりしたら、ミハルさまをかわりに寄こすからな」
目が眩むような怒りを、なんとかやり過ごす努力はした。
「はあ?!」
カツキが声を荒げた。
「失礼な人だなあ! 僕は逃げませんよ!」
「こう言うてますけど」
「信用ならん。わざとしくじって、この里に不利益をもたらそうと企んどるかもしれん!」
「あーあー、そうですか!
僕は、自分の意志でここに来たんですよ。滞在先で、神がかった巫女さんのご指名を受けるなんて、まったくの予想外ですよ。こんなことに巻きこまれると分かっていたら、そもそも来ませんって!」
「おれが、責任持ってつれていくんで。このくらいで、勘弁してもらえませんか」
あっと思った時には、肩を掴まれていた。
樫の巨木に押しつけるように、強く体をぶつけられた。
痛みよりも、落胆の方が大きかった。どれだけ里のために尽くそうとしても、おれは、いつも輪の中から外されている……。
「やめろ!」
カツキが叫ぶのが聞こえた。
「外から来たやつは、黙っとれ」
「使用人ふぜいが、調子に乗るなよ!」
「そんなつもりは」
二人がかりで罵られている間も、カツキはおれの目の届くところにいて、怒りで目を血走らせていた。その姿は、どこか獣のようでもあった。
さんざん喚いた後で、兵士たちは満足したように去っていった。
「大丈夫か?」
「平気や。なんもない」
木に寄りかかっていた背中を離した。
「なんなんだよ。あれは!」
「当たり散らしたかっただけやろう。兵士の自分らが選ばれずに、どこの里のものとも知らんお前が、神さんに選ばれてしもうたから」
「こんなに立場が弱いのか。びっくりした」
「しゃーない。おれは拾われっ子で、親がおらんからな」
「ご両親とも?」
「うん」
「そうだったんだ」
「見えへんやろ」
「そうだね。分からなかった」
「ミハルちゃんのお母さんが、よちよち歩きのおれを、里の外れで拾ってくれたんや。よその里から捨てられたか、旅の途中で迷ったんか……。
お母さんが遠い里へ越して行ってからは、ミハルちゃんのお姉さんのミカちゃんが、おれの親がわりになって育ててくれたんや」
「親って。ミカさん、そんなに年変わらなくない?」
「十、上やな」
「十才も違うの?! ううっそ……」
「嘘やない」
「はー。巫女さんだからかな?」
「どうやろな」
「ミハルちゃんは、マサトの許嫁だったのか。言ってくれればいいのに」
「許嫁では、ないな。仲はええと思うけど、その……」
「男女の仲ではない?」
「そやな。おれからしたら、同い年の、姉とも妹とも言えない幼なじみで、しかも、雇い主のお孫さんにあたる方や。どうしたらええんか、よう分からん」
「がばっといって、抱きしめちゃえばいいんじゃないかな」
「お前ー! お前、なあ! そういうとこやぞ!」
「なにが『そういうとこ』なのか、よく分からないな」
「あんましふざけたこと言うと、飯抜くからな!」
「あっ。それは困る。ごめんなさい」
「……分かったんなら、ええ」
「やさしい……」
「うるうるするなっ」
「分かりました」
目で伝えると、カツキが立った。
「歩ける?」
「うん。だいじょうぶ」
離れにミハルちゃんを帰して、カツキと母屋に戻った。
「えらいことになったな。カツキ」
「そうだね」
「……逃げるなら、今のうちやで」
「僕を逃がした場合の、マサトが困る感じを想像してる」
「あのなあ……」
「神さまって、ああいう感じか。びっくりした」
「おれも、ミハルちゃんのは、初めて見た」
「そうなの? どうだった?」
「こわかった……」
「そうだね。こわかったな」
その後の話し合いで、巫女さんに指名されたカツキが西に向かうことに決まった。つきそいとして名乗りを上げたのは、誰あろう、おれだった。
一人で行かせたくなかった。それだけだった。
ガトウが安心したような顔をするのを見て、少しだけ、いやな気分になった。
寄り合い所から屋敷に戻ろうとする途中で、里を守る兵士たちに絡まれてしまった。正確にいうと、絡まれるのを事前に察した。
おれと年の近い兵士が二人、おれたちの後ろからついてきていた。
「カツキ。お前、先に行け」
「なんで?」
カツキは、おれのそばから動かなかった。神宮の祭祀場での素直さが嘘のように、かたくななそぶりだった。
「おい。マサト」
「はい」
「お前、分かっとるやろうな。そいつが逃げだしたりしたら、ミハルさまをかわりに寄こすからな」
目が眩むような怒りを、なんとかやり過ごす努力はした。
「はあ?!」
カツキが声を荒げた。
「失礼な人だなあ! 僕は逃げませんよ!」
「こう言うてますけど」
「信用ならん。わざとしくじって、この里に不利益をもたらそうと企んどるかもしれん!」
「あーあー、そうですか!
僕は、自分の意志でここに来たんですよ。滞在先で、神がかった巫女さんのご指名を受けるなんて、まったくの予想外ですよ。こんなことに巻きこまれると分かっていたら、そもそも来ませんって!」
「おれが、責任持ってつれていくんで。このくらいで、勘弁してもらえませんか」
あっと思った時には、肩を掴まれていた。
樫の巨木に押しつけるように、強く体をぶつけられた。
痛みよりも、落胆の方が大きかった。どれだけ里のために尽くそうとしても、おれは、いつも輪の中から外されている……。
「やめろ!」
カツキが叫ぶのが聞こえた。
「外から来たやつは、黙っとれ」
「使用人ふぜいが、調子に乗るなよ!」
「そんなつもりは」
二人がかりで罵られている間も、カツキはおれの目の届くところにいて、怒りで目を血走らせていた。その姿は、どこか獣のようでもあった。
さんざん喚いた後で、兵士たちは満足したように去っていった。
「大丈夫か?」
「平気や。なんもない」
木に寄りかかっていた背中を離した。
「なんなんだよ。あれは!」
「当たり散らしたかっただけやろう。兵士の自分らが選ばれずに、どこの里のものとも知らんお前が、神さんに選ばれてしもうたから」
「こんなに立場が弱いのか。びっくりした」
「しゃーない。おれは拾われっ子で、親がおらんからな」
「ご両親とも?」
「うん」
「そうだったんだ」
「見えへんやろ」
「そうだね。分からなかった」
「ミハルちゃんのお母さんが、よちよち歩きのおれを、里の外れで拾ってくれたんや。よその里から捨てられたか、旅の途中で迷ったんか……。
お母さんが遠い里へ越して行ってからは、ミハルちゃんのお姉さんのミカちゃんが、おれの親がわりになって育ててくれたんや」
「親って。ミカさん、そんなに年変わらなくない?」
「十、上やな」
「十才も違うの?! ううっそ……」
「嘘やない」
「はー。巫女さんだからかな?」
「どうやろな」
「ミハルちゃんは、マサトの許嫁だったのか。言ってくれればいいのに」
「許嫁では、ないな。仲はええと思うけど、その……」
「男女の仲ではない?」
「そやな。おれからしたら、同い年の、姉とも妹とも言えない幼なじみで、しかも、雇い主のお孫さんにあたる方や。どうしたらええんか、よう分からん」
「がばっといって、抱きしめちゃえばいいんじゃないかな」
「お前ー! お前、なあ! そういうとこやぞ!」
「なにが『そういうとこ』なのか、よく分からないな」
「あんましふざけたこと言うと、飯抜くからな!」
「あっ。それは困る。ごめんなさい」
「……分かったんなら、ええ」
「やさしい……」
「うるうるするなっ」
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