いせとば -伊勢くんと鳥羽ちゃんの、ちょっと不思議な話- ※現代版「異世界から飛ばされてきたのでいす」と古代版「ダークムーンを救え!」

福守りん

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2.伊勢くんが書いた小説「ダークムーンを救え!」

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 一日半の間、合間に休みを入れながら歩き続けて、ようやくイセの里の手前にある街に着いた。新しい服を買って、夕食を食べた。
 カツキと別れてからも、保存食と水しか口にしていなかった。久しぶりに食べる米のごはんは、ただただおいしかった。カツキは二度とこれを食べられないのかと思うと、うっかり泣きそうになった。
 街の宿で、一晩泊まっていくことにした。
 外にある井戸を借りて、鎧と武具についた汚れを落とした。血は落ちなかった。
 服は洗わなかった。おれとカツキが着ていた服は、畳んで布袋に詰めた。

 まだ暗いうちに街を出て、明け六つの頃には里の検問まで来ていた。
「おお! マサトか」
「どうもー。戻りました」
「カツキさんは? 旅の方はどうした」
「都に帰りました」
「そうか。ダークムーンは救えたのか?」
 答えに詰まった。ダークムーンは生きているし、元気になった。その代償として、おれは、大事な友人を失った。
「ここでは、控えさしてもらいますわ。フソウさんに話します」
「それがいいだろうな。ご苦労さん」
「お疲れさまです」

 トバ家の屋敷を目指して歩きだした。体は回復していたけれど、心は疲れていた。
 向こうから、人が近づいてくるのが見えた。
「ミハルちゃん!」
 おれの足は、自然と駆けだしていた。
「マサトくん。おかえりなさい」
「なんで、おれが帰るって」
「分かっとったわけやないよ。毎日、朝晩に検問まで来とったの。それだけ」
「毎日? いつから?」
「マサトくんが出発した日の、次の日の朝から」
「そ、そうか」
 ミハルちゃんは真顔だった。
「カツキくんは?」
「都に帰ったわ」
「そお……。残念やね」
「せやな」
 おれは、笑った。それ以外に、おれにできることはないような気がした。
 ミハルちゃんが眉をひそめるのが見えた。
「マサトくん。つらかったん?」
「つらかった、なあ。さびしかったわ」
「ああ……。お別れする時に?」
「うん。まあ、あれや。あいつは要領がよさそうやからな。
 どこでも、うまくやっていくやろ」
「ええ子やったね。ここに、ずっとおるんかなと思っとった」
「おれも」
「母屋に行く前に、離れに寄っていって」
「ええけど……」
「ごはん、できてるの。食べていって」
「ありがとう」

 立派な朝食だった。宿で食べたものよりも、ずっとぜいたくな料理に見えた。
 ミハルちゃんは、おれの横に座っている。自分の膳は用意していなかった。
「どお?」
「うん。うまい」
「よかった」
「これ、兎の肉か。うまいなー」
「うん。かわいそうやったけどね。市場で、丸ごと買うたの」
「ミハルちゃん、これ捌けるんか」
「ううん。ミカちゃんが手伝ってくれた。
 今日、帰ってこられてよかった。明日には、いぶして、長持ちできるようにしようて、思っとったの」
「それ……。おれのために?」
「もちろん」
「そうか。そんなら、急いだかいがあったわ」
「急いどったん?」
「……うん。はよう、帰りたかった」
「カツキくんが、帰ってしまったから?」
「それもあるわ」
 ミハルちゃんが、ふうっと息を吐いた。
「あたしも、もらおうかな」
「食べてや。落ちつかんわ」
「ごめんね。……なんやろうね」
「食欲ない?」
「ううん。マサトくんの顔を見とったら、胸がいっぱいになってしもうて」
 おれの方こそ、胸がいっぱいになった。
 ミハルちゃんを好きな男は、この里にいくらでもいるはずだ。それでも、神がかりする巫女さんに言い寄る勇気のあるやつはいないだろう。言い寄るやつがもしいるとしたら、それはきっと、おれに違いない。

 厨房に姿を消したミハルちゃんが、自分の膳を持って戻ってきた。
「おれがおらん間、大丈夫やった?」
「うん」
「そんなら、よかった」
「おいしい」
 二人で、黙っていただいた。

 食後のおやつに、りんごを剥いてくれた。
「ごめんな。おればっかり、よくしてもろうて」
「ううん。ミカちゃんから聞いたの。マサトくんとカツキくんが西に行ったのは、やっぱり、あたしのせいやったんやね」
「ミハルちゃんのせいやないよ」
「でも……。あたしに下りた神さまが、あたしの口を使うて話したことよ」
「神さんが、な。ミハルちゃんやない」
「かなあ……?」
 華奢な指が、りんごを取った。赤い唇が開いて、白い歯がかじる。しゃりっといい音がした。
 りんごを二切れ食べてから、ふきんで手を拭いた。ミハルちゃんに渡すと、同じように手を拭き始めた。
「食べられるものと、食べるものって、同じなんやないかって、あたし思うんよ」
「……ん?」
 よく分からなかった。
「どゆこと?」
「ええとね。あたしが、兎を食べるやろ。そしたら、兎とあたしは同じなの。
 あたしが兎の命をいただいて、あたしは兎になるの。あたしは、これまでにいただいた、たくさんの命と一緒に生きとる……。へん? こういう考え方」
「や。悪くないと思うで」

 空の皿を二人で下げて、流しで洗った。
「ミカちゃんは?」
「仕事場におるよ。
 ミエちゃんがね、ナガサキから、そろそろ帰るって」
「ほんまに?」
「うん。マサトくんがおらんうちに、手紙がついたの。あっちは、あの……マリアさま信仰やったっけ。あるやない。ミエちゃん、女神さまやと思われて、大変な思いをしとるって」
「あー。ミエちゃんは、そら、目立つやろな……」
「髪だけでも、黒くしてあげたらよかったかも。帽子は、渡しとったんやけどね。
 とにかく、里が恋しいんやって」
「そうかあ。はよ会いたいなあ」
「ね」
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