26 / 28
2.伊勢くんが書いた小説「ダークムーンを救え!」
3-1
しおりを挟む
一日半の間、合間に休みを入れながら歩き続けて、ようやくイセの里の手前にある街に着いた。新しい服を買って、夕食を食べた。
カツキと別れてからも、保存食と水しか口にしていなかった。久しぶりに食べる米のごはんは、ただただおいしかった。カツキは二度とこれを食べられないのかと思うと、うっかり泣きそうになった。
街の宿で、一晩泊まっていくことにした。
外にある井戸を借りて、鎧と武具についた汚れを落とした。血は落ちなかった。
服は洗わなかった。おれとカツキが着ていた服は、畳んで布袋に詰めた。
まだ暗いうちに街を出て、明け六つの頃には里の検問まで来ていた。
「おお! マサトか」
「どうもー。戻りました」
「カツキさんは? 旅の方はどうした」
「都に帰りました」
「そうか。ダークムーンは救えたのか?」
答えに詰まった。ダークムーンは生きているし、元気になった。その代償として、おれは、大事な友人を失った。
「ここでは、控えさしてもらいますわ。フソウさんに話します」
「それがいいだろうな。ご苦労さん」
「お疲れさまです」
トバ家の屋敷を目指して歩きだした。体は回復していたけれど、心は疲れていた。
向こうから、人が近づいてくるのが見えた。
「ミハルちゃん!」
おれの足は、自然と駆けだしていた。
「マサトくん。おかえりなさい」
「なんで、おれが帰るって」
「分かっとったわけやないよ。毎日、朝晩に検問まで来とったの。それだけ」
「毎日? いつから?」
「マサトくんが出発した日の、次の日の朝から」
「そ、そうか」
ミハルちゃんは真顔だった。
「カツキくんは?」
「都に帰ったわ」
「そお……。残念やね」
「せやな」
おれは、笑った。それ以外に、おれにできることはないような気がした。
ミハルちゃんが眉をひそめるのが見えた。
「マサトくん。つらかったん?」
「つらかった、なあ。さびしかったわ」
「ああ……。お別れする時に?」
「うん。まあ、あれや。あいつは要領がよさそうやからな。
どこでも、うまくやっていくやろ」
「ええ子やったね。ここに、ずっとおるんかなと思っとった」
「おれも」
「母屋に行く前に、離れに寄っていって」
「ええけど……」
「ごはん、できてるの。食べていって」
「ありがとう」
立派な朝食だった。宿で食べたものよりも、ずっとぜいたくな料理に見えた。
ミハルちゃんは、おれの横に座っている。自分の膳は用意していなかった。
「どお?」
「うん。うまい」
「よかった」
「これ、兎の肉か。うまいなー」
「うん。かわいそうやったけどね。市場で、丸ごと買うたの」
「ミハルちゃん、これ捌けるんか」
「ううん。ミカちゃんが手伝ってくれた。
今日、帰ってこられてよかった。明日には、いぶして、長持ちできるようにしようて、思っとったの」
「それ……。おれのために?」
「もちろん」
「そうか。そんなら、急いだかいがあったわ」
「急いどったん?」
「……うん。はよう、帰りたかった」
「カツキくんが、帰ってしまったから?」
「それもあるわ」
ミハルちゃんが、ふうっと息を吐いた。
「あたしも、もらおうかな」
「食べてや。落ちつかんわ」
「ごめんね。……なんやろうね」
「食欲ない?」
「ううん。マサトくんの顔を見とったら、胸がいっぱいになってしもうて」
おれの方こそ、胸がいっぱいになった。
ミハルちゃんを好きな男は、この里にいくらでもいるはずだ。それでも、神がかりする巫女さんに言い寄る勇気のあるやつはいないだろう。言い寄るやつがもしいるとしたら、それはきっと、おれに違いない。
厨房に姿を消したミハルちゃんが、自分の膳を持って戻ってきた。
「おれがおらん間、大丈夫やった?」
「うん」
「そんなら、よかった」
「おいしい」
二人で、黙っていただいた。
食後のおやつに、りんごを剥いてくれた。
「ごめんな。おればっかり、よくしてもろうて」
「ううん。ミカちゃんから聞いたの。マサトくんとカツキくんが西に行ったのは、やっぱり、あたしのせいやったんやね」
「ミハルちゃんのせいやないよ」
「でも……。あたしに下りた神さまが、あたしの口を使うて話したことよ」
「神さんが、な。ミハルちゃんやない」
「かなあ……?」
華奢な指が、りんごを取った。赤い唇が開いて、白い歯がかじる。しゃりっといい音がした。
りんごを二切れ食べてから、ふきんで手を拭いた。ミハルちゃんに渡すと、同じように手を拭き始めた。
「食べられるものと、食べるものって、同じなんやないかって、あたし思うんよ」
「……ん?」
よく分からなかった。
「どゆこと?」
「ええとね。あたしが、兎を食べるやろ。そしたら、兎とあたしは同じなの。
あたしが兎の命をいただいて、あたしは兎になるの。あたしは、これまでにいただいた、たくさんの命と一緒に生きとる……。へん? こういう考え方」
「や。悪くないと思うで」
空の皿を二人で下げて、流しで洗った。
「ミカちゃんは?」
「仕事場におるよ。
ミエちゃんがね、ナガサキから、そろそろ帰るって」
「ほんまに?」
「うん。マサトくんがおらんうちに、手紙がついたの。あっちは、あの……マリアさま信仰やったっけ。あるやない。ミエちゃん、女神さまやと思われて、大変な思いをしとるって」
「あー。ミエちゃんは、そら、目立つやろな……」
「髪だけでも、黒くしてあげたらよかったかも。帽子は、渡しとったんやけどね。
とにかく、里が恋しいんやって」
「そうかあ。はよ会いたいなあ」
「ね」
カツキと別れてからも、保存食と水しか口にしていなかった。久しぶりに食べる米のごはんは、ただただおいしかった。カツキは二度とこれを食べられないのかと思うと、うっかり泣きそうになった。
街の宿で、一晩泊まっていくことにした。
外にある井戸を借りて、鎧と武具についた汚れを落とした。血は落ちなかった。
服は洗わなかった。おれとカツキが着ていた服は、畳んで布袋に詰めた。
まだ暗いうちに街を出て、明け六つの頃には里の検問まで来ていた。
「おお! マサトか」
「どうもー。戻りました」
「カツキさんは? 旅の方はどうした」
「都に帰りました」
「そうか。ダークムーンは救えたのか?」
答えに詰まった。ダークムーンは生きているし、元気になった。その代償として、おれは、大事な友人を失った。
「ここでは、控えさしてもらいますわ。フソウさんに話します」
「それがいいだろうな。ご苦労さん」
「お疲れさまです」
トバ家の屋敷を目指して歩きだした。体は回復していたけれど、心は疲れていた。
向こうから、人が近づいてくるのが見えた。
「ミハルちゃん!」
おれの足は、自然と駆けだしていた。
「マサトくん。おかえりなさい」
「なんで、おれが帰るって」
「分かっとったわけやないよ。毎日、朝晩に検問まで来とったの。それだけ」
「毎日? いつから?」
「マサトくんが出発した日の、次の日の朝から」
「そ、そうか」
ミハルちゃんは真顔だった。
「カツキくんは?」
「都に帰ったわ」
「そお……。残念やね」
「せやな」
おれは、笑った。それ以外に、おれにできることはないような気がした。
ミハルちゃんが眉をひそめるのが見えた。
「マサトくん。つらかったん?」
「つらかった、なあ。さびしかったわ」
「ああ……。お別れする時に?」
「うん。まあ、あれや。あいつは要領がよさそうやからな。
どこでも、うまくやっていくやろ」
「ええ子やったね。ここに、ずっとおるんかなと思っとった」
「おれも」
「母屋に行く前に、離れに寄っていって」
「ええけど……」
「ごはん、できてるの。食べていって」
「ありがとう」
立派な朝食だった。宿で食べたものよりも、ずっとぜいたくな料理に見えた。
ミハルちゃんは、おれの横に座っている。自分の膳は用意していなかった。
「どお?」
「うん。うまい」
「よかった」
「これ、兎の肉か。うまいなー」
「うん。かわいそうやったけどね。市場で、丸ごと買うたの」
「ミハルちゃん、これ捌けるんか」
「ううん。ミカちゃんが手伝ってくれた。
今日、帰ってこられてよかった。明日には、いぶして、長持ちできるようにしようて、思っとったの」
「それ……。おれのために?」
「もちろん」
「そうか。そんなら、急いだかいがあったわ」
「急いどったん?」
「……うん。はよう、帰りたかった」
「カツキくんが、帰ってしまったから?」
「それもあるわ」
ミハルちゃんが、ふうっと息を吐いた。
「あたしも、もらおうかな」
「食べてや。落ちつかんわ」
「ごめんね。……なんやろうね」
「食欲ない?」
「ううん。マサトくんの顔を見とったら、胸がいっぱいになってしもうて」
おれの方こそ、胸がいっぱいになった。
ミハルちゃんを好きな男は、この里にいくらでもいるはずだ。それでも、神がかりする巫女さんに言い寄る勇気のあるやつはいないだろう。言い寄るやつがもしいるとしたら、それはきっと、おれに違いない。
厨房に姿を消したミハルちゃんが、自分の膳を持って戻ってきた。
「おれがおらん間、大丈夫やった?」
「うん」
「そんなら、よかった」
「おいしい」
二人で、黙っていただいた。
食後のおやつに、りんごを剥いてくれた。
「ごめんな。おればっかり、よくしてもろうて」
「ううん。ミカちゃんから聞いたの。マサトくんとカツキくんが西に行ったのは、やっぱり、あたしのせいやったんやね」
「ミハルちゃんのせいやないよ」
「でも……。あたしに下りた神さまが、あたしの口を使うて話したことよ」
「神さんが、な。ミハルちゃんやない」
「かなあ……?」
華奢な指が、りんごを取った。赤い唇が開いて、白い歯がかじる。しゃりっといい音がした。
りんごを二切れ食べてから、ふきんで手を拭いた。ミハルちゃんに渡すと、同じように手を拭き始めた。
「食べられるものと、食べるものって、同じなんやないかって、あたし思うんよ」
「……ん?」
よく分からなかった。
「どゆこと?」
「ええとね。あたしが、兎を食べるやろ。そしたら、兎とあたしは同じなの。
あたしが兎の命をいただいて、あたしは兎になるの。あたしは、これまでにいただいた、たくさんの命と一緒に生きとる……。へん? こういう考え方」
「や。悪くないと思うで」
空の皿を二人で下げて、流しで洗った。
「ミカちゃんは?」
「仕事場におるよ。
ミエちゃんがね、ナガサキから、そろそろ帰るって」
「ほんまに?」
「うん。マサトくんがおらんうちに、手紙がついたの。あっちは、あの……マリアさま信仰やったっけ。あるやない。ミエちゃん、女神さまやと思われて、大変な思いをしとるって」
「あー。ミエちゃんは、そら、目立つやろな……」
「髪だけでも、黒くしてあげたらよかったかも。帽子は、渡しとったんやけどね。
とにかく、里が恋しいんやって」
「そうかあ。はよ会いたいなあ」
「ね」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる