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2.伊勢くんが書いた小説「ダークムーンを救え!」
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居間に戻ってきた。
敷物の上に腰を下ろしたミハルちゃんが、背中で壁にもたれた。足をのばしてくつろいでいる。すぐ近くに、おれも座った。
おれは、闇月とカツキのことを考えていた。
闇月とカツキを捕食者と獲物のように感じていたけれど、その見方は誤りだったのかもしれない。
カツキは、初めから闇月の一部で、闇月を満たすために作られたもの……。つまり、二者は同一のものだといってもいいのではないか?
神と人が、刀と鞘のように、一揃いのものであってもおかしくはない。
「さすがに考えすぎか」
おれは、神におれの声は届かないと思った。でも、そうじゃなかった……かもしれない。おれは、この一月の間、人の姿をした神と生きていたのかもしれなかった。
「考えすぎって?」
「ごめんな。一人で、考えとっただけや」
「マサトくん。すこうし変わったみたい」
「え……」
「ええんよ。カツキくんと会うたからやね。きっと」
「かもしれんな。
あのな……。ミハルちゃん」
「うん?」
「その、あれや。手、もらってええかな」
「手?」
「うん」
「どっち?」
「できれば、両方」
のばしてくれた両手を、両手で取った。
つないだ手は、あたたかかった。
「これ、なんなん?」
「ごめん。さわりたかっただけや」
「しかも、両手って。おっかしい」
「そやな」
「こどもの頃みたいに、だっこする?」
「いや。それは……。お母さんに、申し訳ないというか」
「どうして、母さんに? あたしとこうするのは、いけないこと?」
「いけないというか。悪いなあと」
「罪悪感がある?」
「あるやろ。それは」
「母さんは怒らへんよ。たぶん」
「かなあ……?」
「汗かいてる」
「ごめんなさい」
「ううん。いややないよ」
「顔、赤いな。ミハルちゃん」
「いわんといて……」
照れたように笑う顔は、やっぱり、かわいいとしか言いようがなかった。
おれが里に戻ってから、七日が経った。
ようやく、自分が経験したことがなんだったのか、納得はしないまでも、理解できるようになった気がしていた。
フソウさんには、「ダークムーンは救われました」とだけ話した。
いずれまた闇月は力を失い、生まれ変わったカツキは、誰かと西へ向かうのだろう。それはおれにはどうすることもできない輪廻で、それがカツキの宿命だった。
おれは、夜に外を歩くことが増えた。カツキと旅に出る前なら、部屋にこもって、紙の上で延々と筆を走らせていただろう時間を、さまようことに充てている。
今は、なにも書く気がしなかった。
おれが、カツキのためにしてやれることは、本当になにもないのだろうか?
たとえば、カツキのことを物語にするのはどうだろうか。こことは違う世界で、なんということもない日常を送る、おれとカツキの話……。
「誰が読むんや。そんなもん」
おれは読んでみたいと思うけれど。
上を見上げる。秋の夜空は美しかった。
下を見た。雑草の生えた地面は、どこまでも続いていた。
「墓なんか作ったところで、喜ばへんかな……」
カツキの血がついた服は、まだ捨てられずにいた。土に埋めて、供養してやるべきだろうか?
黒い玉も、おれの手元にあった。本来なら、里の長に渡さなければいけないのかもしれない。だけど、おれはそうしなかった。
これはカツキの形見だ。おれが死ぬまで、大切に持っていてもいいはずだ。
ざっと風が吹いた。空気が変わるのが分かった。
もうなじんでしまった、あの気配がした。
……カツキがいる。
暗い空を見上げた。星空があるだけだった。
違う。満天の星の一部が、不自然に欠けている。欠けながら、ものすごい速さで移動している。
あいつだ!
「カツキ……」
追いかけようとする足がもつれた。
里の外れまで、ひたすらに走った。
「めっちゃ、はやいな!」
分かっていた。人が、神に追いつけるはずもなかった。
長細い影が、山のつらなりを越えて、西へと飛び去っていく。
もう追いきれなかった。息が苦しい。膝は笑っている。おれの全身が悲鳴を上げていた。
地面にへたりこんだ。ぬかるんだ土で、手が滑りそうになった。
ふっと、空が明るくなったように感じた。
「なんや……?」
厚い雲が晴れて、月が現れてくる。
遠ざかっていく龍の姿が、巨大な月に影絵のように浮かんでいる。
美しかった。
「カツキーっ!」
なにもかも忘れて、叫んだ。
おれの声が、山にはね返って反響する。それは、驚くほど大きく響いて聞こえた。
いつのまにか、風の音が消えていたことに気づいた。
梟の鳴き声も、風が木々を揺らす音も聞こえなかった。
月が支配する世界は、しんと静まり返っていた。
闇月が吼えた。
刀鍛冶が鋼を鍛える時の音を、無数に重ねたような咆哮だった。これまでに、一度も聞いたことのない響きだった。
「……なんちゅう声や」
全身がふるえた。まるで、おれに応えたような叫びだと感じた。
頬があつい。涙がつたっていって、おれの顔を濡らしていく。
はるか遠くの空で、闇月が笑ったような気がした。
敷物の上に腰を下ろしたミハルちゃんが、背中で壁にもたれた。足をのばしてくつろいでいる。すぐ近くに、おれも座った。
おれは、闇月とカツキのことを考えていた。
闇月とカツキを捕食者と獲物のように感じていたけれど、その見方は誤りだったのかもしれない。
カツキは、初めから闇月の一部で、闇月を満たすために作られたもの……。つまり、二者は同一のものだといってもいいのではないか?
神と人が、刀と鞘のように、一揃いのものであってもおかしくはない。
「さすがに考えすぎか」
おれは、神におれの声は届かないと思った。でも、そうじゃなかった……かもしれない。おれは、この一月の間、人の姿をした神と生きていたのかもしれなかった。
「考えすぎって?」
「ごめんな。一人で、考えとっただけや」
「マサトくん。すこうし変わったみたい」
「え……」
「ええんよ。カツキくんと会うたからやね。きっと」
「かもしれんな。
あのな……。ミハルちゃん」
「うん?」
「その、あれや。手、もらってええかな」
「手?」
「うん」
「どっち?」
「できれば、両方」
のばしてくれた両手を、両手で取った。
つないだ手は、あたたかかった。
「これ、なんなん?」
「ごめん。さわりたかっただけや」
「しかも、両手って。おっかしい」
「そやな」
「こどもの頃みたいに、だっこする?」
「いや。それは……。お母さんに、申し訳ないというか」
「どうして、母さんに? あたしとこうするのは、いけないこと?」
「いけないというか。悪いなあと」
「罪悪感がある?」
「あるやろ。それは」
「母さんは怒らへんよ。たぶん」
「かなあ……?」
「汗かいてる」
「ごめんなさい」
「ううん。いややないよ」
「顔、赤いな。ミハルちゃん」
「いわんといて……」
照れたように笑う顔は、やっぱり、かわいいとしか言いようがなかった。
おれが里に戻ってから、七日が経った。
ようやく、自分が経験したことがなんだったのか、納得はしないまでも、理解できるようになった気がしていた。
フソウさんには、「ダークムーンは救われました」とだけ話した。
いずれまた闇月は力を失い、生まれ変わったカツキは、誰かと西へ向かうのだろう。それはおれにはどうすることもできない輪廻で、それがカツキの宿命だった。
おれは、夜に外を歩くことが増えた。カツキと旅に出る前なら、部屋にこもって、紙の上で延々と筆を走らせていただろう時間を、さまようことに充てている。
今は、なにも書く気がしなかった。
おれが、カツキのためにしてやれることは、本当になにもないのだろうか?
たとえば、カツキのことを物語にするのはどうだろうか。こことは違う世界で、なんということもない日常を送る、おれとカツキの話……。
「誰が読むんや。そんなもん」
おれは読んでみたいと思うけれど。
上を見上げる。秋の夜空は美しかった。
下を見た。雑草の生えた地面は、どこまでも続いていた。
「墓なんか作ったところで、喜ばへんかな……」
カツキの血がついた服は、まだ捨てられずにいた。土に埋めて、供養してやるべきだろうか?
黒い玉も、おれの手元にあった。本来なら、里の長に渡さなければいけないのかもしれない。だけど、おれはそうしなかった。
これはカツキの形見だ。おれが死ぬまで、大切に持っていてもいいはずだ。
ざっと風が吹いた。空気が変わるのが分かった。
もうなじんでしまった、あの気配がした。
……カツキがいる。
暗い空を見上げた。星空があるだけだった。
違う。満天の星の一部が、不自然に欠けている。欠けながら、ものすごい速さで移動している。
あいつだ!
「カツキ……」
追いかけようとする足がもつれた。
里の外れまで、ひたすらに走った。
「めっちゃ、はやいな!」
分かっていた。人が、神に追いつけるはずもなかった。
長細い影が、山のつらなりを越えて、西へと飛び去っていく。
もう追いきれなかった。息が苦しい。膝は笑っている。おれの全身が悲鳴を上げていた。
地面にへたりこんだ。ぬかるんだ土で、手が滑りそうになった。
ふっと、空が明るくなったように感じた。
「なんや……?」
厚い雲が晴れて、月が現れてくる。
遠ざかっていく龍の姿が、巨大な月に影絵のように浮かんでいる。
美しかった。
「カツキーっ!」
なにもかも忘れて、叫んだ。
おれの声が、山にはね返って反響する。それは、驚くほど大きく響いて聞こえた。
いつのまにか、風の音が消えていたことに気づいた。
梟の鳴き声も、風が木々を揺らす音も聞こえなかった。
月が支配する世界は、しんと静まり返っていた。
闇月が吼えた。
刀鍛冶が鋼を鍛える時の音を、無数に重ねたような咆哮だった。これまでに、一度も聞いたことのない響きだった。
「……なんちゅう声や」
全身がふるえた。まるで、おれに応えたような叫びだと感じた。
頬があつい。涙がつたっていって、おれの顔を濡らしていく。
はるか遠くの空で、闇月が笑ったような気がした。
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