5 / 8
1
5
しおりを挟む
ようやく眠りかけた頃に、岡田が、びくっと体を揺らすのを感じた。
「どした?」
「おっかない……」
目が覚めてしまった。体が揺れている。……ちがう。体じゃない。部屋ごと揺れている。
「揺れてるなー」
「……地震だね」
「大きいな。じっとしてろよ」
「震度いくつ? 総合かEテレつけて」
テレビに向かって、ヒサが這っていくのが見えた。
「5から7だってー。茨城と栃木と福島」
「全部、お前らの地元じゃねーか……」
「僕、親に電話する」
「灯りつけるぞー」
三人がスマホに向かって話しているのを、ぼんやり眺めていた。
同じく都内に住む家族に連絡しようかと思いかけて、やめた。回線は混雑しているはずだ。無駄に使わない方がよさそうだった。
「僕の家族は、みんな無事だって」
「よかったな。ヒサのとこは?」
「大丈夫だったわー。有紗も無事だって」
「よかった」
岡田を見る。暗い顔をしていた。
「岡田。どうだった?」
「家ぶっちゃれだ。避難所、行ぐって」
「ぶっちゃ……? なに?」
「こわれたってこと」
「そ、そうか。っていうか、そうやって翻訳できるなら、最初っから、こわれたって言えよ。
お前は、残っていいよ……。実家が落ち着くまでは、さ」
「なにそれ。出たー。有馬の、オカモンの逆差別ー」
「僕たちは? 家は無事だけど。正直、帰りたくない……」
「俺も、まだ帰りたくないなー」
「あーもう……。いいよ! いろよ! 好きなだけ!」
「有馬神が降臨した……! 有馬だいすき!」
「有馬ー。愛してるよー」
「ぜんっぜん、嬉しくねえっ……」
「アンロックが終息するまで、四人でがんばろーなー」
「そこまで?! 何年先だよ。それ」
「その頃には、都知事が変わってるかもね」
「都知事どころか、政権が変わってるっぺ」
「オカモンが毒を吐いてる。めずらしいね」
「旅行だの、外食だの……。ごじゃっぺやってっから、いじやげる。
あーあ。観光バス、運転してーなー」
「……そうだよな」
「目が、覚めちゃったね」
「酒でも飲もうぜ。ビール、あるから」
ベランダで横一列になって、缶ビールをあけた。
「なんかのドラマみたいだね」
「言うな。こっぱずかしい」
「星がねーなあ?」
「東京だからなー」
「マスクなしで、生きられる世界が、本当にくるのかな……」
「こないと、困るだろー。びっくりだよな。去年の春頃から、一年以上経って、これだからなー」
「しかも、震災って。どんだけだよ」
「だよなー。帰るのがこわいわー……」
「日本が滅びませんように」
「そだなー」
「縁起でもないこと、言うな。どうにかなるって。
東京なんてな、戦後すぐは、なーんにもなかったって。ばあちゃんが言ってたぞ。それが今は、これだけ発展したんだからな」
「歴史だね」
「俺たちの世代が、どうにかしないといけないんだろーなー」
「そうかもね……。とんでもない時代になっちゃったね」
「戦時中なんだなーと思って生ぎてれば、いーんだっぺ」
「それってさー、極論じゃねー?」
「あんがい、そうかもね。もう、生きるか死ぬかのサバイバルモードに突入してるのは、ひしひしと感じてるよ。ワクチンで亡くなるって。ある? そんなの」
「なかったよな。今までは……。あったとしても、ニュースで見たことなかった」
栄ちゃんが、横から俺の顔を覗きこんでくる。目が合うと、にこっとした。
「僕、実家から一時間くらいの街で、ひとり暮らししてるからさ。アンロックのこととか、自分の就職のこととか、不安ばっかりだったけど……。
この部屋で、みんなと過ごして、めっちゃ安心したし、頑張らなきゃなって、あらためて思った。人と人のつながりって、目には見えないけど、一番大事なものなんだなって」
「おー。栄ちゃん、語るなあー」
「茶化さないでよね」
「マスクとアルコール除菌スプレーで武装する時代がくるなんて、誰も予想してなかったもんなー」
「僕の好きな芸能人が、自粛破りしたって、くそほど叩かれててさ。『そんなに言わなくても』と思う自分と、『今だけは、そんな、ばかなことしてほしくなかったな』と思う自分と、両方いてさ……。すっごい複雑だよ」
「栄ちゃんのお姉さん、看護師だったよな」
「うん。母さんもだよ」
「それじゃあ、許せない気持ちにもなるよなー」
「俺の会社にも、いたよ。飲み会やめようとしない奴が……。でも、飲み屋で働いてる人は、じゃあ、どうしろっていうんだよな。働かなきゃ、死んじまうんだから」
「もう、それぞれの国で、鎖国するしかねっぺ」
「そうかなー。そうかもなあー」
「寒くなってきた。中、入ろうよ」
「どした?」
「おっかない……」
目が覚めてしまった。体が揺れている。……ちがう。体じゃない。部屋ごと揺れている。
「揺れてるなー」
「……地震だね」
「大きいな。じっとしてろよ」
「震度いくつ? 総合かEテレつけて」
テレビに向かって、ヒサが這っていくのが見えた。
「5から7だってー。茨城と栃木と福島」
「全部、お前らの地元じゃねーか……」
「僕、親に電話する」
「灯りつけるぞー」
三人がスマホに向かって話しているのを、ぼんやり眺めていた。
同じく都内に住む家族に連絡しようかと思いかけて、やめた。回線は混雑しているはずだ。無駄に使わない方がよさそうだった。
「僕の家族は、みんな無事だって」
「よかったな。ヒサのとこは?」
「大丈夫だったわー。有紗も無事だって」
「よかった」
岡田を見る。暗い顔をしていた。
「岡田。どうだった?」
「家ぶっちゃれだ。避難所、行ぐって」
「ぶっちゃ……? なに?」
「こわれたってこと」
「そ、そうか。っていうか、そうやって翻訳できるなら、最初っから、こわれたって言えよ。
お前は、残っていいよ……。実家が落ち着くまでは、さ」
「なにそれ。出たー。有馬の、オカモンの逆差別ー」
「僕たちは? 家は無事だけど。正直、帰りたくない……」
「俺も、まだ帰りたくないなー」
「あーもう……。いいよ! いろよ! 好きなだけ!」
「有馬神が降臨した……! 有馬だいすき!」
「有馬ー。愛してるよー」
「ぜんっぜん、嬉しくねえっ……」
「アンロックが終息するまで、四人でがんばろーなー」
「そこまで?! 何年先だよ。それ」
「その頃には、都知事が変わってるかもね」
「都知事どころか、政権が変わってるっぺ」
「オカモンが毒を吐いてる。めずらしいね」
「旅行だの、外食だの……。ごじゃっぺやってっから、いじやげる。
あーあ。観光バス、運転してーなー」
「……そうだよな」
「目が、覚めちゃったね」
「酒でも飲もうぜ。ビール、あるから」
ベランダで横一列になって、缶ビールをあけた。
「なんかのドラマみたいだね」
「言うな。こっぱずかしい」
「星がねーなあ?」
「東京だからなー」
「マスクなしで、生きられる世界が、本当にくるのかな……」
「こないと、困るだろー。びっくりだよな。去年の春頃から、一年以上経って、これだからなー」
「しかも、震災って。どんだけだよ」
「だよなー。帰るのがこわいわー……」
「日本が滅びませんように」
「そだなー」
「縁起でもないこと、言うな。どうにかなるって。
東京なんてな、戦後すぐは、なーんにもなかったって。ばあちゃんが言ってたぞ。それが今は、これだけ発展したんだからな」
「歴史だね」
「俺たちの世代が、どうにかしないといけないんだろーなー」
「そうかもね……。とんでもない時代になっちゃったね」
「戦時中なんだなーと思って生ぎてれば、いーんだっぺ」
「それってさー、極論じゃねー?」
「あんがい、そうかもね。もう、生きるか死ぬかのサバイバルモードに突入してるのは、ひしひしと感じてるよ。ワクチンで亡くなるって。ある? そんなの」
「なかったよな。今までは……。あったとしても、ニュースで見たことなかった」
栄ちゃんが、横から俺の顔を覗きこんでくる。目が合うと、にこっとした。
「僕、実家から一時間くらいの街で、ひとり暮らししてるからさ。アンロックのこととか、自分の就職のこととか、不安ばっかりだったけど……。
この部屋で、みんなと過ごして、めっちゃ安心したし、頑張らなきゃなって、あらためて思った。人と人のつながりって、目には見えないけど、一番大事なものなんだなって」
「おー。栄ちゃん、語るなあー」
「茶化さないでよね」
「マスクとアルコール除菌スプレーで武装する時代がくるなんて、誰も予想してなかったもんなー」
「僕の好きな芸能人が、自粛破りしたって、くそほど叩かれててさ。『そんなに言わなくても』と思う自分と、『今だけは、そんな、ばかなことしてほしくなかったな』と思う自分と、両方いてさ……。すっごい複雑だよ」
「栄ちゃんのお姉さん、看護師だったよな」
「うん。母さんもだよ」
「それじゃあ、許せない気持ちにもなるよなー」
「俺の会社にも、いたよ。飲み会やめようとしない奴が……。でも、飲み屋で働いてる人は、じゃあ、どうしろっていうんだよな。働かなきゃ、死んじまうんだから」
「もう、それぞれの国で、鎖国するしかねっぺ」
「そうかなー。そうかもなあー」
「寒くなってきた。中、入ろうよ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる