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第一章

少年期2

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「どうして秘密にしていたんですか!」
「そうだそうだ! オレたち聞いてないよ!」

 事の深刻さを徐々に認識した子供たちが涙声でやり場のない怒りをぶちまける。表向き沈黙を選んだかに見えるアドルフにも、彼らの怒りは十分忖度できた。

 孤児という生まれは努力すれば埋められる。脚の不具合は、成長すれば治っていく。
 だが人種は違う。生まれ直すわけにはいかない。

 そこで生じるハンデは転生世界におけるもっとも理不尽な障害であることは明らかだったため、アドルフも院長先生に浴びせられる叫声に同調したくなった。けれど彼の大人としての部分が異なる発想を抱かせた。

 ――亜人族が統治する北方大陸。そこにある国家はムスカウ共和国という。

 院長先生が述べた事実を思い返し、そこに希望を見いだせると思ったのだ。もしこの発言が本当だとすれば、自分たちにはできることがあると。

「先生!」

 アドルフはだれよりも勢いよく挙手し、強い確信をもって疑問をくり出した。

「我らは本来カルヴィナに住むべきではない。亜人族が統治するという北方大陸のムスカウ共和国へと移住すればよいのだ。違うか?」

 断固とした口調は総統時代と変わらず、よく通る声は他の孤児たちを煽りたてた。

「アドルフの言うとおりだ!」
「どうなんですか、院長先生?」

 沸きあがった望みはしかし、先生の発言によって無慈悲に打ち砕かれる。

「それは無理なんだ。理由はふたつある。ひとつはムスカウ共和国が、聖隷教会を信仰する私たちカルヴィナの民と異なり、《主》を否定した無神論の民だからなんだ」

 無神論と聞いて子供たちはあからさまにピンと来ない顔になったが、大人の頭脳をもつアドルフは、このとき「だったら信仰を捨てればよいではないか」という文句が口を突きかける。けれど、ついで発せられた院長先生の声がその反論をやんわりと押し止めた。

「もうひとつの理由、実際はこちらのほうが重要かもしれない。実は中央大陸と北方大陸のあいだには長大な結界がある。先の世界大戦が休戦に到ったとき、二度と戦争が起きないように連邦と共和国は互いの交流を断った。その結界を破る魔法は、秘術として封印されている。抜け道はあるのかもしれないが、命懸けの者が一人、二人通れるだけの狭い穴だろう。したがって私たち亜人族は、このカルヴィナで生きていかねばならない」

 亜人族の同胞がいるなら、彼らと共に暮らせばいい。アドルフが示した提案はふたつの現然たる事実によって退けられた形となった。一度抱いた希望が壊れるときほど、人を落胆させるものはない。孤児たちは黙り込み、アドルフもまた声を失った。

 ――無神論に結界だと? 試練を与えたうえに悪条件まで設定されておるとは何のための転生か!

 腹の底でやり場のない怒りをたぎらせるが、転生を受け入れた過去は変えられない。

 露骨に不満を浮かべたのはアドルフだけでなく、他の子供たちの顔も一様に曇る。それでも院長先生は教師としてやるべきことがあったようで、具体的にいうと彼は、不遇な亜人族がこの世界で生き抜く知恵を授けるつもりだったようだ。

「気を落とすのはまだ早いよ、君たち。私たちは二級市民だから、確かになれない職業がある。軍人と官僚、国家の礎となる仕事には就けない。聖隷教会の信徒だが、魔人族やヒト族ほど敬虔でないため、司祭にもなれない。私たち亜人は長らく教会に帰依しなかった歴史的背景があるからだ。けどね――」

 若々しい年齢と不釣り合いなあご髭を撫でまわした院長先生は、ひと呼吸置いてからそこではっきりと口にした。

「私のように商売に成功すれば、経営者になれる。お金を稼ぐという点で、私たちは平等にチャンスを与えられている。そして――」

 眼鏡の奥にある瞳を隈無く動かし、彼の眼差しは孤児たち全員に注がれる。

「冒険者という職業も、どんな人種にたいしても開かれている。魔獣を狩り、街のあいだをつなぐ航路を守り、新たな開拓地を切り開く。そこでは力だけが意味をもつ。伝説の《勇者》にだってなれるかもしれない」

 いっけんすると夢のある話を語っていく院長先生だったが、そこで急に声をまごつかせる。

「おっと、これは失言だったね。まあ、ともかくだ」

 何かを打ち消すように手を振って、先生は話を元の流れに戻す。

「もしこのイェドノタ連邦で偉くなりたい者がいるのなら、お金を稼ぐことか、力と勇気を身につけることを目指しなさい。そのための援助を私は惜しまないから、君たちは手にした自由の範囲で、大いに夢を育みなさい」

 孤児たちは息をのんだのか、何ひとつ表情を動かさなかった。しかしアドルフだけは違っていた。

 伝説の《勇者》になれる。院長先生はそう言った。アドルフの転生した目的を、穏やかだが気持ちのこもった声で。

 ――そうか。《勇者》になるためには冒険者になればよいのだな。思えば転生前、天使がそんなことを言っておった。だとすれば、希望を失うべきではあるまい。

 被差別人種であることを明確に告げられ、奈落の底を覗き込んだアドルフの胸に、わずかではあるが熱いほむらがともった。彼は生来の自信家だ。わずかでも希望があれば、必ずなし遂げるという意志をもてる。

 目標までの距離は果てしないかもしれない。だが自分なら、その道のりを大股で踏み越えることができるとアドルフは考えたのだ。何よりそうした強い野心をもつことは、どの人種においても平等に思えるのだった。
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