緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

文字の大きさ
34 / 147
第二章

衝突3

しおりを挟む
 ゼーマンの発言を最後まで黙って聞いたアドルフだが、彼にとって味方に罪人がおり、それを自分の手で処刑しろという命令は到底受け入れがたいものだった。

 同時に、自分の班に罪人がいるという話も腑に落ちなかった。現に視界に入るフリーデは眉をひそめ、ディアナ、ノインのほうからもざわついた空気が感じられる。アドルフ以外の面々は、この状況に混乱するしかない様子だ。

 だとすれば解放の候補者として、値踏みをされている自分が問うしかないとアドルフは思った。そもそもゼーマンが暴れたのはこの話をするための伏線だったのだろう。ならば確かめるしかない、いったい誰が罪人で、自分が処罰する相手なのかを。

「ゼーマン主任。全体像はだいたいわかったが、肝心の罪人とは誰を指しておるのかね?」

 この期に及んでもアドルフは囚人のくせに一切へりくだる態度を見せなかったが、それを鼻であざ笑うゼーマンは、冗談のような軽さで言った。

「フン、処刑する相手は知りたいよな。大切なやつほど殺したくはない。本当はもっと葛藤させてやりたいが、時間もねぇから教えてやんよ。貴様がガス室送りにする囚人は、ヴィクトル・ニミッツの娘、ノインだ」

 思わせぶりな口から答えが洩れた。罪人はノイン。ということは、その理由は間違いなく――

「ほほう、さっそく理解できたみてぇだな。さすが頭の回転は速い。だがアドルフよ、ノインの野郎はどえらいショックを受けてるみてぇだぜ?」

 一拍遅れたゼーマンの指摘を聞き、アドルフは後ろを振り返った。そこではノインが、魂を抜かれたような顔で佇み、両手で口許を塞いでいる。よく見れば、目尻には陽光に光る涙が。

 おそらく状況を鮮明にすればするほど、彼女の心は傷つき、混乱がパニックを呼び起こすだろう。だが当然のことながら、ここで話を切り上げるわけにはいかない。アドルフにできることは、ノインをこれ以上傷つけない言葉を選び、できるだけ穏やかに話を着地させることだった。

「いま罪人の名を出されたが、意味不明だな。思いあたるふしもない。きっと本人も同じ気持ちであろ。さらなる説明を求めてもよいか?」

 そう、ノインが罪人と言われ、アドルフは瞬時にその理由を見つけたつもりになった。だがそれは当然思い込みかもしれない。

 実際のところ、真実はゼーマンしか知らない。アドルフが答えを急くように睨みつけると、ゼーマンはしたたかな表情で薄笑いを浮かべ、どこか嬉しげに返事をかえす。

「答え合わせがしたいってか? いいだろう。貴様らは知らないだろうが、三年前に法改正がおこなわれ、反体制分子の親族は皆殺しにすると評議会で決まったんだ。収容所を維持するには莫大なコストがかかる。だが看守を減らせば、いずれ反乱を起こされる危険がある。そのとき、反体制分子の親族は深い恨みを溜め込んでいるから、率先して歯向かうかもしれない。偉いさんはそう考えたのさ」

 ゼーマンの説明はさらなる新情報を含んでいた。三年前の法改正。廃棄された新聞の盗み読みを怠らないアドルフだが、相手がゴミだけに読み落しもあり、彼はその法改正についてはまったくの無知であった。

 それでも概要は理解した。重要なのは反体制分子とは院長先生のことであり、その親族であるノインが殺される運命に落ちたということ。これは先ほどうっすら予想したとおりの答えだ。

 むしろ理解できないのは、なぜ処刑が三年間も放置されていたのかである。アドルフがその点を問い質そうとした瞬間、先回りしたゼーマンが、くぐもった声で言った。

「ノインが三年間、処刑されずにいた理由がピンとこねぇようだが、答えはシンプルだ。貴様はアドルフ班の長として異例の出世を遂げ、ビュクシ収容所の稼ぎ頭だった。そういうやつの部下は生かしておくべきだと当時の上層部は判断したわけさ。けれど今回の解放が実現すればアドルフ班は解散だし、ノインに与えた特例は根拠を失う。つまり貴様が解放を得ようとする以上、ノインの処刑は確定するわけなんだよ」

 少々長い話をゆったりと語ったゼーマン。彼の明かした事情を聞き届けたアドルフは、ノインの生存がまさに偶然の産物だったことを理解した。そして同時に、取り急ぎ反論すべきことを彼は思いついたが、質問をくり出す前から答えはある程度見えてしまった。

 よってアドルフは黙り込んでしまう。ゼーマンはその沈黙を納得の証と受けとったのか、あごに手をやって頷きながら、

「ここまで話せば貴様はこう考えるだろう。解放を拒めばノインは助かるんじゃねぇかと。だがそれは浅はかな考えよ。解放の拒否はオレたち体制側の判断を踏みにじったも同然だ。遠慮だろうが何だろうが、辞退した途端、貴様は将校の地位、及びアドルフ班の長という立場を失う。だとすれば、ノインの処刑を執行しなかった理由も消失するわけさ」

 語れば語るほど、ゼーマンの声に愉悦という名の弾みがつく。そう、彼はこの不穏な会話を心から楽しんでいるのだ。色々な表情を使い分けているが、根底は一緒。

 ――我が解放を受け入れようが拒もうが、ノインの処刑はまぬがれないとは、なんてふざけた取引なのだ!

 腹の内でアドルフは盛大な舌打ちをくり返す。実際彼以外の人間でも、同じ状況に置かれたら、どんなに心優しい者でも怒りを覚えるに違いない。

 しかしアドルフが彼らと異なるのは、ノインという一人の人間のガス室送りを何とも思っていないことだった。同胞の運命を背負ったと感じるとき彼は真価を発揮するが、同時にアドルフは前世で一千万人にのぼるドイツ人の死を見てきた。たとえ院長先生の娘とて、いまさら死人が一人増えたところで彼は感傷も後悔も覚えない。

 むしろ重要なのは、ノインが少年期から付き合いのある仲間という点だ。同じ収容所で暮らして命懸けの苦労を分かち合い、アドルフの指揮に応じて成果を出せる者は現時点でフリーデにディアナ、ノインの他にいない。

 アドルフの目的はドイツの栄光をこの異世界に復活させることだが、同時にいまは囚人に貶められた状況をひっくり返すことが喫緊の課題だった。

 そしてそれをなしえたとき、アドルフ班の仲間は今後良い手駒になりうるだろう。しかし解放を得るためにノインを死なせたら、他のフリーデやディアナの信頼はどうなるだろう。間違いなく地の底まで落ちるのではないか。

 端的にいえば、ノインの死は惜しくない。だが仲間の信頼を失うのは自分が許せない。だとすれば忽然と浮上した解放の機会をどう受けとめればよいのだろうか。

 このときアドルフは収容以後、最大の迷いを感じとり、同時に迷う自分をなだめにかかった。いまはまだ手持ちの情報が少なすぎる。ここは焦らず、判断材料が揃うのを待つのが得策だと判じとったわけだ。

 そうやって彼がつくりだした沈黙は、平素の果断な彼にすればあまりに長かった。
 ゆえに沈黙に焦れたゼーマンが出し抜けに声を発したとしても、そこに訝しがる点は何ひとつなかったのである。

「おい、アドルフ。仲間を見捨てられねぇとか余計なこと考えてんじゃねぇだろうな。反体制分子の親族のみならず、今後は信仰に問題があったり評点の悪い亜人はどんどんガス室送りにする予定なんだ。ヒト族が収容されるようになると施設が溢れ出す。ノインはその第一歩に過ぎねぇんだからよ」

 このひと言は、迷いにとらわれたアドルフに死角から一撃を食らわせた。

 ――ヒト族が収容?

 反応は声にならなかったが、目つきは突然鋭くなった。おのれの変化を自覚するアドルフだが、ゼーマンは急にハッとなって表情を消した。

 いまの発言が何だったのか、アドルフは即座に結論を出した。ヒト族が収容されるという話はまったくの初耳だが、それを口にしたゼーマンにとって不用意なひと言だったのだろう。

 その証拠にこの魔人族の主任は、素知らぬ顔で静かに視線を外した。これをおいそれと見逃すアドルフではなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

構造理解で始めるゼロからの文明開拓

TEKTO
ファンタジー
ブラック企業勤めのサラリーマン・シュウが転生したのは、人間も街も存在しない「完全未開の大陸」だった。 ​適当な神から与えられたのは、戦闘力ゼロ、魔法適性ゼロのゴミスキル《構造理解》。 だが、物の仕組みを「作れるレベル」で把握できるその力は、現代知識を持つ俺にとっては、最強の「文明構築ツール」だった――! ​――これは、ゴミと呼ばれたスキルとガラクタと呼ばれた石で、世界を切り拓く男の物語。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。 ※2026年半ば過ぎ完結予定→七月に完結(決定)

処理中です...