緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第二章

軍法会議5

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「我はあくまで、法的な決着を求める」

 アドルフの放った声は、決して大きなものではなかったが、広い教会の隅々まで広がった。その堂々たる台詞に眉をひそめたカフカだが、アドルフは構わず自分の思いを口にした。

「軍法会議は続けねばならん。なぜなら本来、ノインが罪に問われる筋合いなど微塵も存在しないからだ。彼女は無実である。その理由を、弁護人として説明しよう」

 視線をぐるりと動かせば、カフカをはじめ、裁判官たちは怪訝な顔となり、傍聴人たちもまた、狐につままれたような顔で押し黙っている。理由は明白だ。アドルフがカフカの提示した条件をはねつけたからだ。

 そしてたったひとりフリーデだけが、彼を期待の眼差しで見つめている。その思いを裏切るわけにはいかない。アドルフは軽く咳払いをし、声のトーンを一段あげた。

「諸君、我が疑問を呈したいのは、ノインにかけられた容疑、すなわち彼女が反体制分子の子女であるという点だ。ノインの父親であるニミッツ氏は、亜人族のスパイを原因とする収容政策の邪魔になったから殺された。この話は、当時収容に関わった軍の将校が明言しておる。百歩譲ってその理屈が正しいとしよう。ニミッツ氏はトルナバ有数の資産家、町の有力者だった。そういう地位を利用して得た情報を敵国に売り渡す可能性があったとみなせば、一応筋は通るからな。しかし――」

 アドルフはそこで発言を止め、皮肉っぽい表情を浮かべながら中断した発言の続きを放った。

「普通に考えれば、スパイは金に転ぶのが妥当だ。しかしニミッツ氏は資産家、大金持ちである。本来、スパイとなるのはふさわしくない人物。そんな人間が国を売る道理もなければ、国のやることに逆らう意味もない」

 アドルフの語気が徐々に強くなる。それを警戒したのか、検事役のゼーマンが苛立った声を出す。

「おい貴様、裁判に関係のある話をしろ」

 とはいえアドルフにとって、発言は練りに練ったシナリオの一部。無関係なことは何ひとつないのだが、偶然にも彼を後押しする声が壇上から聞こえた。

「続きが聞きたい」

 それは司祭であるラグラウのものだった。中立的な彼女の興味を引けたことに力を得て、背中に追い風を感じたアドルフは話の核心へと踏み込んでいった。

「金の話をするのは、それが反体制分子というニミッツ氏の罪状、ひいてはノインにかけられた容疑に疑問をふすためである。なにゆえ収容所建設が推進されたのか、我は長年の調査の末、真の理由に行き当たった。それについて、ごく簡単に説明しよう」

 邪魔な声を封じたことでアドルフはさらに勢いづく。彼の足を引っ張るつもりなら、ゼーマンは断固たる態度で食い下がるべきだった。しかしすでに遅かった。自分のペースを完全に掴んだアドルフは、壇上と傍聴席を交互に見やり、人々の知りたがる答えを高らかに示すのだった。

「収容がはじまった当時、この国を長らく覆う不況の入口だった。したがって王都の人々は、あるいは王族のだれかは、この状況を覆すために亜人族を収容し、奉仕活動に従事させようと考えたに違いない。何しろ賃金はゼロ、報酬は三度の飯。これほど安価に使える労働者が増えれば、生産コストは下がり、どんな商売でも利益を出せる」

 九年間、胸に秘めていたこと。情報収集によって裏づけを得てきたこと。彼はその全てを吐き出し、人々の理性に訴えかける。

「ここまで話せばおわかりであろ。ニミッツ氏は資産家であった。つまりムスカウの金に目が眩む人物ではなかった。そのかわり、彼は理解しておったのだ。収容政策がスパイ根絶のためだと言いつつも、本当は亜人族から搾取、収奪をおこなうための方便だと。そして歯向かったのだ。そんなニミッツ氏が反体制分子だったわけもない。むしろ、無実のニミッツ氏を殺した連中こそ、《主》に顔向けできないほど罪深い者たちに他ならない」

 そこでアドルフが陳述を終えると、教会のあちこちから声なき声が聞こえてくる。特に囚人を集めた傍聴席がざわめきで騒がしい。

「静粛に」

 堪りかねたカフカが冷静な顔で木槌を叩き、彼らの口を閉じさせた。騒然とした空気が止み、直後に行き渡るのは水をうったような静寂。しかしある人物がそれを無遠慮に破った。壇上の右端で前屈みになっているラグラウ司祭だ。

「弁護人、いまの発言は本当なのか?」

 その問いに即座に応じようとするアドルフだが、ここで思わぬ邪魔が入った。

「収容時に殺された者たちはスパイ事件に関与しているか、関与の疑いをもった連中だけだ。ノインの父親であるニミッツも、スパイと確定したわけではないが、その可能性は十分あった。よってアドルフ、貴様の発言は通らないんだよ」

 横から口を挟んできたのは検事席に立つゼーマンだった。

 しかしその発言はアドルフにとって思うつぼである。ゼーマンの反撃から相手の手の内がこの程度でしかないと察知し、心の底でほくそ笑んだ。そして両手を広げながら壇上をむき、芝居がかった調子で落胆してみせるのだった。

「いまの発言を聞いたかね? スパイに堕した可能性はある? そんな憶測で処罰されたら命がいくつあっても足りん。反体制分子という罪状の定義がここまで曖昧では、その子女であるノインの罪を確定させるほうが困難なのではないかね?」
「べつにおかしいことなどない。反体制分子とはスパイ事件に関係した者のことだ」

 院長先生をあくまでスパイだと強弁したのは、ゼーマンに与するミシュカ副所長だ。
 その無根拠な発言をアドルフが無視すると、隣席に陣取ったカフカがあごを撫で回しつつ言った。

「弁護人はノインの父がスパイ事件以外の理由で殺された、言い換えるなら連邦国家にそれ以外の動機、意図があったと受けとれる発言をしたが、そのような証拠は存在しない。私はこれでも、収容政策が発動された当時、亜人族の収容に携わったからよく知っている」

 落ち着いた声を放つカフカに感情を害している様子は見られない。彼の提案を断ったアドルフはその様子を少しだけ意外に感じた。

「おい、雲行きが怪しいじゃないか」

 ここで、堪らず声を発したのはフリーデである。彼女はアドルフの袖を引き、おっかない顔をむける。だがアドルフは、フリーデの焦りを歓迎したかのように微笑み、声高に返答した。

「懸念は的外れである。なぜなら経済状況の悪化するなか、亜人族の奉仕活動はむしろその規模を拡大しておる。それは現実が我の言ったとおりに推移した何よりの証拠ではないかね? 聡明なニミッツ氏がこうした未来を予見できなかったとは思えん」

 フリーデの心配を、彼はあっという間に否定した。すると傍聴席からはほっと溜め息のようなものが洩れ聞こえた。

 どうやらフリーデの言動がいちいち派手なため、教会の雰囲気も彼女の発言に引っ張られているようだ。しかしくり返しになるが、それこそがアドルフが彼女を助手に就けた理由。弁論術の肝は、人々の間にある空気を支配することだ。空気を望みどおり動かせば、壇上の裁判官たちにも影響を及ぼすのは間違いない。
 現にこのとき、アドルフたちが醸しだす空気に染まる者がひとりいた。壇上から身を前に乗り出したラグラウ司祭である。
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