緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第二章

晩餐会2

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「最初に言っておくが、全体会議のはじまる前、収容所の連中はきつく叱っておいた。カフカは所長を解任されることとなり、一ヶ月くらいで後任が就くだろう。これでアドルフ、お前の解放は確定した。すぐに解放許可状を発行してやるから安心するとよい」

 殿下はそれを世間話をするかのように言ったが、アドルフにとっては願ってもない解放だ。ことのなりゆきはわかっていても、いざ確約を貰うと喜びはひとしおである。

 とはいえアドルフは、やはりアドルフだった。普通なら浮き足立って喜ぶ場面だが、彼はにこりともせず、その場で軽く頭を下げるのだった。

「ありがとう、殿下。解放許可状の件、感謝の言葉もない」

 本音を言えば、頭など下げたくないというのが偽りなき気持ちだろう。なにしろ解放を得て、もはや囚人ではないのだから。

 それでも圧倒的な身分差を汲んだ態度は、殿下の地位を立てるには十分だったらしい。

「まあ、細かいことは気にせずともよい。お前は囚人でたったひとりの将校と聞いた。解放はそこまでの地位にのぼりつめた努力の見返りと思え。余はカフカという障害をどけたまでのこと。お前はみずからの力で解放を勝ち取ったも同然なのだ」

 パベル殿下は力強い言葉でアドルフを褒め、目の前に供されたスープに口をつけた。やや茶色がかった黄金の液体は上等なコンソメスープだろう。使った素材は見当もつかないが、アドルフもまたスープを口へ運び、こめかみを穿つような衝撃を受けた。

 ――ほほう、これはべらぼうに美味いな!

 さすが王族をもてなす一皿にふさわしい、と彼は思った。たとえ前世でもこれほどの料理にはなかなかお目にかかれない。

 心のなかで絶賛を洩らすアドルフだったが、じつはこのとき、彼の心は目の前の料理から離れつつあった。というのも、アドルフはこの晩餐に呼ばれる前から気になっていたことがいくつかあったのだ。

 疑問のひとつめは、パベル殿下の格好にあった。政務にそぐわない冒険者ふうのいでたち。彼の背後には同じ格好の軍人とおぼしき従者がさらに増え、全員で三名いる。

 もっともアドルフの知識では、この異世界では位の高い者も、魔獣討伐の際に武装をする。そのとき、あえて冒険者ふうの格好をする者も多い。しかしその姿で政務をこなすのはいささか奇妙だった。パベルの趣味とすれば、相当奇抜な格好である。

 もうひとつの疑問は、より本質的だった。そもそもアドルフは不思議に思っていたのだ。自分はなぜ、殿下の晩餐などに呼ばれたのかを。

 軍法会議の活躍を見て関心をもったとすれば説明はつきそうだが、アドルフは疑り深い男だ。本来なら自分が感謝すべき立場なのに、贅沢な食事を振る舞われる道理がないと彼は思ったのだ。アドルフの辞書に〈ただ飯〉という文字はない。褒美には必ず代償がともなう、それが彼の思想だ。

 もっともパベルは見るからに悪人という容姿でなく、むしろ常識をわきまえた善人に見える。ゆえにアドルフの抱く疑念は的外れの可能性があったものの、問い詰めるなら早いほうがいい。

 せめて晩餐に呼ばれた理由だけは訊き出そう。そう思ったアドルフは食器を置き、軽く右手を挙げた。

「食事中ではあるが、質問させて貰いたい。一体なぜ、我らをこの晩餐に呼んでくれたのかね?」

 傍目にはそう見えないが、アドルフは薄氷を踏みしめるイタチのような慎重さで疑問を放った。しかしそれを聞き届けたパベルは、思わぬ返事をかえしてきたのだった。

「なあ、アドルフ。お前はクラフツレを知っているな?」

 質問に質問で返し、パベルは収容所の前所長の名前を口にした。アドルフにむけていた目線をスープ皿に落とし、落ち着いた声色であった。

 アドルフは隣席をじっと見つめ、手短に答えた。

「クラフツレ前所長のことは、もちろん存じておるが……」

 じつはこのとき彼は、密かに警戒心を高めていた。こちらの発言を遮って話すことは、その内容にかかわらず、しばしば重要な意味を含んでいるからだ。

 そのうえパベルは、こちらと目線を合わさずに語りだした。それはどこか後ろめたい、隠したい気持ちを抱いているサインである。

 つまりパベルが無意識に出したのは嘘のサインなのだ。

 どうしてそんな真似をする必要があったのか。アドルフはしばし様子見を決め込もうとしたが、目線を落としたままのパベルは嘘とおぼしき話をさも当然のように語った。

「これはまったくの偶然なのだが、最新の人事異動でクラフツレ、つまりお前の上司だった男が辺境州総督府の筆頭武官に赴任してきた。そこで彼から、ビュクシには亜人族の将校がいると聞かされていたのだ。そんな噂の人物が余のまえで大立ち回りを演じてみせた。晩餐に誘った理由は他でもない、余はたんにお前とおしゃべりがしたくなったのだよ」

 食事をともにする気になった理由として、それはごく自然な返答だった。

 しかしアドルフは依然警戒心を解かない。クラフツレ前所長の出世は初耳だが、わざわざ彼の名前を出したのは目くらましの一種にも思えたからだ。

 あくまでガードを弛めないアドルフだが、パベルの嘘を暴くより先にひとまず相槌をうった。

「なるほど、前所長は順調に出世しておるようだな?」
「そのとおりだ。このまま大過なく過ごせば、評議会議員になるのも時間の問題だろう」

 さりげない会話を挟み、ようやくパベルはアドルフを正面から見た。目許にいわく言いがたい笑みを湛え、流れるようなしぐさで給仕役に就いている平職員を呼び止めた。

「そこのお前、メイン料理の前にワインを持ってこい」
「……承知致しました」

 一礼してセルヴァ語を放った職員が早足で応接間を出ていく。そんな動きを尻目にパベルが言った。

「アドルフよ、お前は酒が飲めるか?」
「飲んだことはないが、一応成人済みであり、この場にいる全員が同じ年齢だ」
「ではちょうどいい。余の酒に付き合いたまえ」

 何気なく言い放ったパベルだが、アドルフの知る限り、この異世界に身分差の大きい者同士が酒を酌み交わす習慣はない。殿下の計らいは異例と言ってよく、視界の隅で他の班員たちが目を丸くしている。

 しかしそんな反応をよそにパベルは、相手が亜人族だから気を許したのか、反応に困るような話を平然と口にするのだった。

「それにしても父上には困ったものだ。亜人族の解放、ヒト族の収容。そんな大事を起こす気なら、事前に地ならしをしてからやって頂きたかった。あの方は周囲にかける迷惑を何とも思っていないのだ。晩節を汚すことにならなければよいが……」

 パベルが唐突に彼の父、すなわち《魔王》の話をはじめたため、アドルフのアンテナが素早く動いた。晩餐に誘われた理由を煙に撒かれたが、彼はその嘘をはぎ取る機会を窺っていたのだ。

 アドルフは人の善意を信じない。スープ皿を空にした彼は、ナプキンで口を拭いながら静かに言った。

「ところで殿下、晩餐に誘って頂いた理由だが、本当は隠された理由があるのではないかね?」
「……隠された理由?」

 おうむ返しのパベルをよそに、アドルフは続けざま、渾身の一撃をぶち込む。

「そのとおり。貴殿が次期最高指導者の座を争う立場におることは我も承知済みだ。したがって政敵のアラン殿下を追い落とす策略があり、そのために我らを利用する気なら、豪勢な晩餐に誘われた辻褄は合うのだが?」

 この不意討ちにかんしてはいささか説明が必要だろう。

 王族の子女が《魔王》の後継者になろうと激しい権力闘争をおこなっているのはすでに述べた。そしてそのレースで先頭を走っているのが評議会議長のアラン殿下であることも。

 つまりその名前をパベルの競争相手として挙げれば、彼に想定外のショックを与え、その反応からは本音が引き出せるとアドルフは判じたのだ。

 そう、頭になかった問いほど、嘘で切り返すのが難しいものはない。

 ――さあて、パベルはこの質問にどう答える?

 人間の器量を試すのは、趣味は悪いが楽しい余興でもあることをアドルフは知っている。彼は表情こそ消しているが、心の中ではにんまりとほくそ笑み、冒険者姿の若者を細めた眼で眺めた。

 しかしアドルフの期待に反して、パベルは顔色ひとつ変えずにこう答えたのだった。

「どうしてそんな飛躍した話になる。余はきょうの一件でお前に感服したのだ。何かに利用しようなど考えてもいない」

 言葉尻だけとれば、その答えは一〇〇点満点だった。想定外の一撃を浴びつつも、視線はアドルフを正面から捉え、瞳は力強い。

 ちなみに顔を触るなどの嘘のサインは出ていない。もしこれが嘘だとしたら、随分さらりと嘘を吐いたものだ。先ほどの反応はおそらく例外で、パベルという若者は嘘を吐き慣れている。

 そんな腹の探り合いが続いているとき、食堂の扉が開いた。ちらりと目をむけると、平職員たちが数名入室し、その両手にはメイン料理とワインが運ばれていた。

「いちばん良いワインの選定に手間取りまして、遅れて申し訳ございません」

 平伏した職員がアドルフたちの前に料理の皿を置くと、そのなかの一人が見事な動作でワインの栓を抜き、すでにあったグラスに赤い液体を注いでいく。

 配膳された皿を見ると、メイン料理はサイズの大きなステーキだった。わりと定番ではあるが、見事な焼き具合ときめ細やかな肉質から、殿下に供される特別な一皿という印象は窺えた。

 しかし注意を移すと、配膳の動きにまぎれ、パベルはアドルフのほうをじっと見つめていた。吐いた嘘がバレていないか確かめるためだろうか。

 もっともそのくらい慎重でないと権力闘争などできない。そしてアドルフに言わせれば、まだ甘い。パベルに不審感を抱き続ける彼はそろそろ話題の転換が来ると予想した。その直感に導かれた見通しはすぐに現実となった。
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