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第三章
悪魔の転生2
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というのも、死後、魂となった人の子は、その大半が悲嘆に暮れた憂鬱な状態で天界にやってくる。生への未練と、唐突に孤独となった寂しさがそうさせるのだ。
もっともなかには、死という現実を受け入れ、澱みない心をその眼に映している者もいることはいるが、少数派であることに変わりはない。
ましてや、否応なしに送り込まれた天界に興味本位で接する者はまれである。だが、たったいまグレアムのもとを訪れた人の子は、その例外に属するのは間違いないようだ。
「人の子よ。あまりちょろちょろされるのは目障りだ。そこに座れ」
グレアムは指先を振って一人用のソファを出現させた。口調こそぞんざいだが、ただの死者をもてなすには手厚い配慮である。
「ありがとう。実は歩き通しで結構疲れていたの。死ぬって体力使うのね」
人の子がソファにどっかりと座ったのを見たグレアムは、「こいつは聞きしにまさる大物だな」と感じ、自分たち悪魔に引けを取らない悪人ぶりに思いをはせた。その人柄や業績は、通達の添付書類に事細かな記載がしてある。事前に目を通した文言を呼び起こしながら、グレアムはいくらか儀礼的な様子で審問をはじめた。
「人の子よ、まず名を名乗れ」
「ヨシフ・スターリン」
「スターリンとは筆名で、本姓はジュガシヴィリであるな。これに相違ないか?」
「問題はないけれど、筆名というのはどこか滑稽な感じよね。実際は革命運動にかかわるとき正体を隠すために用いていたわけだし、論文は発表したけど作家ではないし」
「それは失礼した」
審問に異議を申し立てる人の子は珍しくないが、その大半はみずからの罪を拒絶し、大げさに泣き叫びながらである。このスターリンと名乗る人の子のように飄々と苦情を述べる者はいない。
「それでは人の子よ、貴様のことは何と呼べばよい。ヨシフか、スターリンか」
「スターリンでいいんじゃないかしら。鋼の心をもつと誓ったから鋼鉄の人。チャーチルのように悪魔と呼ぶ連中もいたけど、それがもっとも通りの良い名前だわ」
侮蔑を受けた過去まで嬉しがるように人の子は目尻を下げた。
「フヒハハハ。おもしろいことをいうのだな、スターリン。しかしながら、貴様のいった悪魔とは何を隠そうこの我が輩のことであるぞ?」
少しばかり脅しつけてやろうとグレアムは自慢げに言ったが、その目論みは空振りに終わる。
「ふうん、貴方悪魔だったの。天使や神じゃなくて」
「死後の世界である天界には天使と悪魔がいる。貴様らが神と呼ぶ《主》はそのうえにおわす」
「意外とお役所仕事なんだ。でも妾は無神論者だから神とか全然信じてなかったわけ。死んだら無に還ると割り切ってたし。だからこんな目に遭ったくらいで神を信じ直す気ないから、そこのとこよろしく頼むわね」
減らず口を叩き、スターリンは貴族のようなしぐさで足を揃えた。自分を「妾」と呼ぶ優雅な話し方とそれは見事に釣り合っている。
――ふむ。これはなかなかに愉快な転生体だ。
グレアムが転生という術を操り、無神論者を相手にするのは初めてではない。しかし悪魔を名乗る者に《主》の存在を示唆されて平然としていられた者はひと握りだ。そんな抵抗の強い連中と出会ったとき、審問によってじわじわ現実を教え込むことにしている。表面だけ叩いても聞く耳を持たないからだ。
「それではスターリンよ、これより貴様の罪状認否を行う」
「認否?」
「事実であれば認めろという意味だ。貴様の所業はこの書類にしるされており、すでに内容は精査済みだが、一応申し開きの機会は与えてやる。《主》の寛大な措置に感謝せよ」
恩着せがましく言ったグレアムは通達の添付書類を呼び出し、そこに眼を落とした。
「スターリン、貴様の罪は大きく分けて三つある。ひとつは貴様の統治したソビエト連邦において、急進的な農業集団化を押し進め、生産を国家に管理させたばかりか、割当量の農作物を低価格で買い叩いた。結果、農民は自分が食べるぶんの農作物まで国家に吸いあげられ、一九三〇年前後の時期に約五〇〇万人の国民が餓死するに到った。この責任は貴様にあるか?」
「ああ、そういうことを訊くの」
スターリンはつまらなそうな鼻息を吐く。その瞳は同時にグレアムを凝視している。
「五〇〇万人も死なせたと答えたら、妾はどんな罰を受けるわけ?」
「人類史に残る悪行だ。《主》の裁定のもと、地獄のような苦しみを受けるかもしれぬ」
天界に地獄はないが、地獄のようなものを罪人に即して造り出すことはできる。まさに阿鼻叫喚。罪人はおのれを待つ罰に震え、正気を失う者も多い。
にもかかわらずスターリンは、顔色ひとつ変えず、朗読された罪状を正当化する策にでた。(続く
もっともなかには、死という現実を受け入れ、澱みない心をその眼に映している者もいることはいるが、少数派であることに変わりはない。
ましてや、否応なしに送り込まれた天界に興味本位で接する者はまれである。だが、たったいまグレアムのもとを訪れた人の子は、その例外に属するのは間違いないようだ。
「人の子よ。あまりちょろちょろされるのは目障りだ。そこに座れ」
グレアムは指先を振って一人用のソファを出現させた。口調こそぞんざいだが、ただの死者をもてなすには手厚い配慮である。
「ありがとう。実は歩き通しで結構疲れていたの。死ぬって体力使うのね」
人の子がソファにどっかりと座ったのを見たグレアムは、「こいつは聞きしにまさる大物だな」と感じ、自分たち悪魔に引けを取らない悪人ぶりに思いをはせた。その人柄や業績は、通達の添付書類に事細かな記載がしてある。事前に目を通した文言を呼び起こしながら、グレアムはいくらか儀礼的な様子で審問をはじめた。
「人の子よ、まず名を名乗れ」
「ヨシフ・スターリン」
「スターリンとは筆名で、本姓はジュガシヴィリであるな。これに相違ないか?」
「問題はないけれど、筆名というのはどこか滑稽な感じよね。実際は革命運動にかかわるとき正体を隠すために用いていたわけだし、論文は発表したけど作家ではないし」
「それは失礼した」
審問に異議を申し立てる人の子は珍しくないが、その大半はみずからの罪を拒絶し、大げさに泣き叫びながらである。このスターリンと名乗る人の子のように飄々と苦情を述べる者はいない。
「それでは人の子よ、貴様のことは何と呼べばよい。ヨシフか、スターリンか」
「スターリンでいいんじゃないかしら。鋼の心をもつと誓ったから鋼鉄の人。チャーチルのように悪魔と呼ぶ連中もいたけど、それがもっとも通りの良い名前だわ」
侮蔑を受けた過去まで嬉しがるように人の子は目尻を下げた。
「フヒハハハ。おもしろいことをいうのだな、スターリン。しかしながら、貴様のいった悪魔とは何を隠そうこの我が輩のことであるぞ?」
少しばかり脅しつけてやろうとグレアムは自慢げに言ったが、その目論みは空振りに終わる。
「ふうん、貴方悪魔だったの。天使や神じゃなくて」
「死後の世界である天界には天使と悪魔がいる。貴様らが神と呼ぶ《主》はそのうえにおわす」
「意外とお役所仕事なんだ。でも妾は無神論者だから神とか全然信じてなかったわけ。死んだら無に還ると割り切ってたし。だからこんな目に遭ったくらいで神を信じ直す気ないから、そこのとこよろしく頼むわね」
減らず口を叩き、スターリンは貴族のようなしぐさで足を揃えた。自分を「妾」と呼ぶ優雅な話し方とそれは見事に釣り合っている。
――ふむ。これはなかなかに愉快な転生体だ。
グレアムが転生という術を操り、無神論者を相手にするのは初めてではない。しかし悪魔を名乗る者に《主》の存在を示唆されて平然としていられた者はひと握りだ。そんな抵抗の強い連中と出会ったとき、審問によってじわじわ現実を教え込むことにしている。表面だけ叩いても聞く耳を持たないからだ。
「それではスターリンよ、これより貴様の罪状認否を行う」
「認否?」
「事実であれば認めろという意味だ。貴様の所業はこの書類にしるされており、すでに内容は精査済みだが、一応申し開きの機会は与えてやる。《主》の寛大な措置に感謝せよ」
恩着せがましく言ったグレアムは通達の添付書類を呼び出し、そこに眼を落とした。
「スターリン、貴様の罪は大きく分けて三つある。ひとつは貴様の統治したソビエト連邦において、急進的な農業集団化を押し進め、生産を国家に管理させたばかりか、割当量の農作物を低価格で買い叩いた。結果、農民は自分が食べるぶんの農作物まで国家に吸いあげられ、一九三〇年前後の時期に約五〇〇万人の国民が餓死するに到った。この責任は貴様にあるか?」
「ああ、そういうことを訊くの」
スターリンはつまらなそうな鼻息を吐く。その瞳は同時にグレアムを凝視している。
「五〇〇万人も死なせたと答えたら、妾はどんな罰を受けるわけ?」
「人類史に残る悪行だ。《主》の裁定のもと、地獄のような苦しみを受けるかもしれぬ」
天界に地獄はないが、地獄のようなものを罪人に即して造り出すことはできる。まさに阿鼻叫喚。罪人はおのれを待つ罰に震え、正気を失う者も多い。
にもかかわらずスターリンは、顔色ひとつ変えず、朗読された罪状を正当化する策にでた。(続く
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