緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第四章

ルアーガ遭遇戦5

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 戦闘の幕が切って落とされようとしているとき、リッドは皆に勝利条件を告げた。

「敵ルアーガにまとわりついた軍集団がしばらくこちらを利するだろう。その間隙を縫って突破口を開く。我々と飛空艇が危険な空域を脱出できるだけのみちを切り開くんだ。私は何としても、あの巨大竜を戦闘不能に追い込む。殺すことはできないが、戦意を喪失させることならギリギリ可能だ」

 目標地点から離脱する形になるのは明白であるものの、こうした発言をアドルフの意思確認をせずに言い放ったのには理由がある。もはや〈積み荷〉の捜索は断念せざるをえず、魔獣との戦いに専念すべきことがだれの目にも明らかだったからだ。

 ゆえに現場の独走ではなく、これは臨機応変な判断であるとリッドは考える。

 また彼女の言うように通り道を作るということは、それだけ多くの雑魚モンスターを駆逐し、なおかつルアーガの動きを止め、飛空艇を安全に通過させることが求められる。

 リッドの発言は説得力があったから、残りの者たちに反論の余地はない。唯一隊列を外れたフリーデの考えは読めなかったが、彼女とて馬鹿ではないだろう。

 魔法のクラスは確かに高いほどいいが、実際の戦闘では経験値が物を言う。

 魔獣と隣り合わせに生きざるをえない辺境地に赴任してからというもの、こうした覚悟をリッドは一度たりとも手放したことがない。いざというときの頼りは自分の力だけ。同じ条件は他の者たちにも言える。

 そんなリッドの武器は巨大な戦斧である。同じく出発時に槍を備えたノイン、長剣を携えたディアナと違い、彼女は物理的な武器を持っていないから、それを魔法で具現化する。その意味で、〈死霊〉魔法と弓撃を組み合わせたフリーデにやり方は似ている。

 その魔法は文字どおり〈戦斧〉という。魔導武装そのものである斧は、回転による巨大な慣性を加えることによって、自分の背丈の一〇倍以上も大きな敵にたいし致命的な破壊を与えることができる。

 この攻撃は、竜騎士であるリッドの得意技だ。使用するには〈文字にできない言葉〉とまではいかないが、かなり長い詠唱文と複雑な短縮法を身につけねばならない。具体的に魔法教則本にして七頁にわたる長文とその短縮法を彼女は完璧に暗記している。

 詠唱をはじめながら、リッドは思った。

 自分も魔法にそこそこ自信はあったが、〈文字にできない言葉〉を読み解いた理解力、それを忘れない記憶力という点でアドルフには逆立ちしても敵わない。たとえ聖職者としての縛りがなくとも同じ真似をするのは不可能だ。

 きっと彼は、環境さえ整えば、末恐ろしい魔導師に成長するかもしれない。Sクラスの名にふさわしい、非の打ち所なき本物のデーシュトに。
 だがそれまでは、自分が彼の身を守る局面もあるだろう。今がまさにその時だ。

「これより魔獣の殲滅に入るわ」

 リッドの耳に、隣り合っていたノインの声が響き、その声はチェイカの原動機が発する轟音にかき消された。速度をトップスピードに入れたからだ。

 その動きにあわせ、チェイカの背後に追いすがるリッド。次第に隊列を弛め、彼女たちは敵魔獣を駆逐する矛のような構えをとる。

「なぁ、リッド」

 そのとき背後から、ディアナの声が馴れ馴れしく聞こえて来た。

「バラバラに行動したら、意志の疎通が図れないんじゃねぇか? 俺が意見できることじゃないのかもしれねぇけど、ひと塊に動いたほうが統制がとれるように思うんだが」

 柄の悪いディアナから「統制」なる語彙が飛び出すとは思わなかったが、彼女の指摘は的を射ている。想定外の事態に対処するには声が届くことがもっとも有効。しかしさすがは経験豊富な冒険者、そうした対処法のひとつをリッドは持ち合わせていた。

「安心しろ。遠く離れていても、声を届かせる方法はある」

 それは魔法の一種だった。論より証拠とばかりにリッドはディアナへ直接声を送った。

「うおっ!? まじで聞こえる! なにこれ?」
「これは水素伝達という魔法でな。大気中の成分を振るわせて声のやり取りを可能にする」
「すげえな、ほんとに魔法なのかよ?」
「魔法以外何がある」

 あっけらかんと答えたリッドに、ディアナはただひたすら「すげぇ!」を連発する。

「実は出発前、ゼーマンに不審がられないよう、お前たちの髪の毛をこっそり頂戴していたんだ。生体の一部と共鳴させることによって持ち主と〈波紋〉を送り合うことができる、仕組み自体はごくごく単純な魔法なんだが、大量のマナを消費するうえに伝達距離にも限度があるから使い勝手は悪い。だが無いよりましだろ?」

 少々自慢げに言って、リッドは翼竜の手綱をぐいと引っ張った。主人のさばきに合わせ、よく訓練された竜属は雄叫びの声をあげる。彼方に自分の五倍はあろうかという同属のルアーガを目視してなお、翼竜の忠誠心は落ちることはなさそうだ。

「ディアナ、そろそろ私たちも交戦状態に入るぞ」
「よっしゃ! 任せとけ」

 今度は直接の呼びかけに応じて、ディアナが叫んだ。
 阿吽の呼吸とは行かないまでも、気持ちをひとつにして二人は雑魚モンスターの群れに突撃した。その直後、翼竜がリッドの手綱に応えて火焔を吐き、視界に飛び込んで来た敵をリッドの〈戦斧〉が撫で斬りにする。そして討ち洩らした魔獣はディアナが長剣の餌食にする。

 集中力が高いため、戦闘の発端は大抵勢いよく進む。雑魚モンスターであるショートレンジは白兵戦、ロングレンジは遠隔攻撃を得意とするが、前者を主に翼竜組、後者をノインが受け持つという役割分担がいつの間にかでき、徐々に突破口が開かれる。そして顔をあげれば、単独行動をとったフリーデも魔獣に向けて光り輝く矢を放っていた。

 ――あいつ、状況を理解してはいるようだな。

 雑魚モンスターの群れが一瞬途切れ、リッドは斜めまえに展開した味方の戦いぶりを観察する。

 チェイカを操縦しながらの悪条件にもかかわらず、フリーデの攻撃は隙がなかった。魔法で生み出した矢を放ち、それは着弾した途端、骸骨騎士に変わり敵を撃滅する。少々マニアックな手法ではあるものの、玄人には通好みなやり方だとわかる。通常の〈弓撃〉より攻撃力が高く、一撃で数体の骸骨騎士が現れるから効率もよい。中程度のクラスだろうが、それを完全に使いこなしていることは一目瞭然であった。

 そして傍目には戦力として未知数だったノインも、魔導武装を施した槍を投擲し、瞬時に回収を行って、近接する敵をばっさばっさと打ち払っていく。急場しのぎゆえに安価な代物であったが、隊員に配備した〈増幅器〉の効果を十分に発揮し、なおかつ迷いの消えた動きだった。これなら雑魚モンスターは、彼女たちに一任しても全く問題ない。

 そうなると、あとはみずから宣言したとおり、リッドが対ルアーガ戦闘を受け持つことになる。

 彼女はディアナを前衛に位置を入れ替え、自分が後衛についた。それは決して彼女を盾にしようというわけではなく、雑魚モンスターが形成する分厚い壁を突破する役割と、立ち塞がるルアーガに打撃を与え、戦闘不能にさせる役目とを完全に分けた形である。

 要領の良いディアナはその意図を理解し、二人は一体になってルアーガの右前方の空域に侵入していく。そこでは連邦の空挺兵が激しい魔法攻撃をくり返す修羅場となっていた。

 図体のデカい竜一匹と侮るわけにはいかない。力尽きて〈死の森〉へと落下していく空挺兵たちを目の当たりにすると、これがまぎれもない戦争なのだとリッドは実感する。

 いわば自分たちの身代わりに彼らは死んでいったのだ。その不条理を丸ごとのみ込んでみせなければ、自分より強い敵との戦いはやり遂げられない。そうした理屈を内面化しているリッドは、憐れみの感情を捨て、心を完全に虚無で染めた。

 ただし、同じことが他の面々、とりわけ線の細そうなノイン辺りにできるかは、いささか頼りなかった。それを見越していたから対雑魚モンスターに張りつけたとも言えるが、あとはフリーデだ。彼女が正しい戦い方をする限り、突破口を開く目算も立ってくるだろう。

 そんな思いを抱きながらリッドは、自身が発現できる最強の打撃力を発揮すべく、掠れた声でさらなる攻性魔法を詠唱しはじめたのだった。(続く
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