緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第四章

ルアーガ遭遇戦11

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 フリーデの目に、事態はどんどんまずい方向へむかっているように見えた。

 弓撃によって撃ち放つ骸骨騎士を武器に用いた彼女は、遠間から長距離攻撃を使うロングレンジと相対し、飛び道具合戦に勝って敵を次々と殲滅した。

 ルアーガというボス級の魔獣が引き連れた露払いはそれによって消えていくわけだが、圧倒的な勝利は危険に満ちていた戦況を改善しなかった。

 出発前に聞いた話、すなわちクラスSの攻性魔法を修得したという話が本当なら、アドルフはゼーマンの叛逆に遭ったとしてもそれに打ち勝つ公算が高いと言えた。どんなに魔導師として未熟であろうとも、クラスの高さは七難隠すと判じられたからだ。

 よって危険の根源はやはりルアーガであった。翼竜に乗ったリッドが魔法で練りあげた戦斧を振るい、脚を一本叩き斬ったが、その攻撃が致命傷となるかは微妙だ。

 時間が経てば失血死も考えられたが、魔法を自在に操るルアーガに〈回復〉を扱う能力がないとは到底思えない。

 事ここに到り、フリーデは自分にできることは何か考えた。そして禁断の思考にたどり着いた。
 後方の飛空艇には仲間がいる。そこにはフリーデがもっとも心奪われる相手、アドルフが同乗している。

 リッドは戦況を手早く掌握し、勝利条件を告げていた。それは薄々彼女の耳にも入っていた。その要は飛空艇が通過する突破口を開き、無事仲間をこの戦闘空域から離脱させること。

 もしそれを最低限とするなら、現況はまったく好転していないどころか、怒り狂ったルアーガは全力を出し、甚大な被害を発生させるだろう。

 事実、空域に展開した連邦の鉄兜団は、隊員を次々と損耗し続けている。その死者の列に自分や仲間がくわわる確率は残念ながら低くない。
 どうせ死ぬなら、という仮定がフリーデにある閃きをもたらした。

 ――チェイカを突撃させたら、あの巨大竜を殲滅できるのではないか?

 禁断の思考とはまさにこれであった。
 仮に自爆したところで敵を倒せるとは限らない。何よりそのようにして払われた犠牲を仲間たちが喜ぶとも思えない。

 思考が合理的なら、少なくとも二の足は踏む。なのにフリーデは容易く迷いを振り切った。
 そこまでする理由は何だろう。

 単純に性格の問題がある。気持ちと行動が即座に直結する、元々そういう人間なのだと片づけても間違ってはいまい。

 しかしその深層に眠る内面はどうだろうか。

 フリーデは、実のところ自分の本心に鈍感であった。命のやり取りという極限状態に我を忘れ、物事をあまりに単純化している。ゆえに余人が避けて通ることに躊躇がない。

 だが冷静な第三者が彼女の心を覗き見れるなら、ある種の納得に到るだろう。

 フリーデには絶対に守りたいものがあったのだ。それは他でもないアドルフである。
 彼女はその感情がどこから湧いているのか、薄々わかっている。だが人間は、その程度の感情でおのれの命を危険にさらすだろうか。自爆までして誰かを救おうとするだろうか。

 損得勘定のバランスが崩れるのは、戦闘の極限状態を思えば致し方ない部分がある。だとしても、だ。さすがに自爆は極端な発想である。その行動は有り体に言うと狂気に近かった。

 同じことは戦況を見守っていたリッドやディアナ、ノインたちも思ったことだろう。
 現にリッドは水素伝達を使って「早まるな」と何度も警告したし、声という伝達手段がないディアナとノインは腕をぐるぐる回して必死に無謀を食い止めようとした。

 彼女らの送ったメッセージは、フリーデの心を動かさなかったが、実はほんの少しだけ行動を遅らせた。そのわずかな遅延が、ここから大きく物を言うことになる。

 本来なら狙い澄ました自爆攻撃は、ルアーガの巨体に、とりわけむき出しの巨大な目玉に向かうはずだった。

 魔獣とて人類と同じく動物だ。急所は同じだとフリーデは判じたのだ。

 しかしその思惑は見事に外れる。

 チェイカによる突撃はルアーガめがけて一直線に向かったが、激突する間際、巨大な岩のごとき魔獣は瞬間移動をはたし、ともすれば致命傷になったかもしれない攻撃を避け、自身の安全を守ったのである。

 これによりフリーデは自爆に失敗し、命拾いした形となった。

 ほっと胸を撫で下ろしたのは彼女ではなく、同じ空域に展開した仲間のほうである。フリーデの視点からは確認できなかったことだが、必死に特攻を思い止まらせようとしたディアナはうっすら涙を浮かべた。無謀な賭けに閉口していたリッドでさえ、味方が生き残ったことに感動を覚えたのは言うまでもない。

 そうこうしているうちに、ルアーガとの戦いはつぎのステージに移行した。後ろ足を切断された傷から立ち直り、反撃の狼煙となる攻性魔法が徐々に完成へと向かいはじめたのだ。

 本来なら高速での詠唱を得意とするルアーガだが、フリーデが魔獣図鑑で読んだ知識にはない行動をとっていた。瞬間移動はその最たるものだが、詠唱を丁寧に積みあげ、時間をかけて大規模魔法を紡ごうとしている。そのような繊細さがあるとは、凶悪な外見からはちょっと想像できなかった。

 焦って急速に紡ぎだした術式は思いどおりのクラスに達しないことがままある。そうしたミスを慎重に避けるかのごとき行動は、疑う余地のない知性を物語っていた。

 この世界でもっとも賢い種である人類がそうするように、複雑な戦況に対応し、柔軟に戦術を切り替え、それを実行すること。

 思えば人類がその領土を広げ、魔獣狩りを大々的におこなうようになった歴史は浅い。少なくともここセクリタナでは、先の世界大戦が終結して以降のことだ。ひょっとしてそうした〈開拓〉に対応し、一部の魔獣は環境適応をはじめていたのかもしれない。だがいまこのときのフリーデにとって、歴史の検討は不必要な作業だ。

 目下の危機はルアーガの生み出す攻性魔法。時間さえ経てば、ほどなくして神罰のごとき破滅的現象が空域にいる人間たちをことごとく地獄に送り出すかもしれない。

 それにたいして、自分は何ができるだろう?

 フリーデが自己のとるべき行動に思いを馳せたとき、戦況が再度変化した。連邦の鉄兜団に新たな動きが起こったからだ。

 この半径一ギロメーテルに及ぶ空域を眺めまわしたとき、いわゆるマナ凝集反応は二つあった。

 ひとつはルアーガによる大規模魔法だ。それは術式を食い破るように膨張する〈爆裂〉魔法であることが次第に目視され、遮蔽具のないフリーデの目は赤黒い光によって強い刺激を受ける。

 おかげで視力は一時的に衰えたが、彼女の眼はべつの魔力反応を察知した。それはルアーガのいる空域により近い場所で発生し、恐るべき速度で膨張する。位置関係からいって鉄兜団の誰かがその魔法の行使者であることは歴然としていた。

 しかもその二つの凝集反応は空域全体のマナを根こそぎ吸い上げているらしく、魔力の奔流はフリーデの周囲にも及び、彼女のむき出しになった頬を鋭く切りつけた。触れば血が滲むほどだったが、大気中のマナはその急激な勢いをむしろ加速させ、部分的に燃焼がはじまっているのか、薄まった酸素はフリーデの呼吸を困難にさせる。

 そして魔法の発動が近づくにつれ「――ルアーガは妾の獲物だ」という幼い少女の声が聞こえてきた。先ほどリッドが送りつけた伝達手段より鮮明で、思考が直に飛んで来る感覚があった。水素伝達の効果が高いと、しばしば起きる現象だ。

 フリーデはその術者に語りかけるすべをもたないが、この空域に二つの攻性魔法が、それも共に高度なクラスに達しようとする大規模魔法が現れたことは、戦況を極度に不安定に、かつ危険にさらすのは避けられない。

 そこまで深刻に考えた理由のひとつは、鉄兜団の一員が練りあげた魔法は〈爆縮〉であるように見えたからだ。判断材料は早くも形成されはじめた火球の形状で、原典は魔法図鑑に記された一枚の挿絵だった。それが放つ白い閃光は、まるで小さな太陽であるかのよう。フリーデごときには手が届かない、魔導師の扱いうる最上位の秘術がいま顕現しようとしている。

 次から次へと予想外の出来事が起こり、もはや自分の身を守ることで精一杯と見なすべき局面だった。大事な命をつなぐためならば、戦闘空域から離脱することが最善の手段であったろう。けれどフリーデはチェイカを前進させ、新たな決意をその胸に刻んだ。

 ――僕の仲間を……
 ――アドルフを守らなきゃ。

 詠唱のはじまった順序から言って、先に魔法を発動しそうなのはルアーガが唱えていた〈爆裂〉魔法のほうだった。その証拠に周りを見まわすと、リッドが射線を避け、翼竜を左方向に横っ飛びさせていた。まもとな戦術論に照らせば、それは正しい対処だった。離脱が間に合わなければ、せめて射線を外すべきなのだ。

 けれどフリーデを突き動かす感情は、正しくもなければ合理的でもない。大切な何かを守りたいという掛け値なく真摯な心であった。
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