緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第四章

ルアーガ遭遇戦12

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「フリーデ!」

 叫び声が聞こえたのは、自分から離れていくリッドによるものだった。その声に身ぶり手振りが混じる。射線から体をずらせ、という訴えなのは明快に伝わってきた。

 しかしフリーデはリッドがこめた思いに従うことはできなかった。射線にとどまり、ルアーガの〈爆裂〉魔法を防ぐ。後方の空域にいる飛空艇、すなわちアドルフの身を守るべく自分が盾になる。その強い意志はついに魔法が詠唱を終え、練りあげられた火球が放たれようとする瞬間も、寸分違わず心に錨をおろしていた。

 だが、あまりの頑さゆえに気づかなかったと見える。フリーデがその巨大な火球にむけて目線をあげたとき、斜めからもの凄い勢いで何かが衝突してきたことに。

「お前死ぬぞ!」

 衝撃の激しさゆえに思考は吹っ飛んでしまったが、フリーデを射線の外へと突き飛ばしたのはリッドが猛進させた翼竜だった。二人の身体は翼竜とチェイカを巻き込んでもつれ合い、加速した勢いのままに東へ一〇〇メーテル以上遠くの空域へフリーデを押し込んだ。

 もしその突撃がなければ、フリーデは〈爆裂〉にのみ込まれ、命を落としたのは確実であった。けれど彼女は助けなど望んでいなかった。このままではアドルフを守れない。混乱のさなかでその事実に意識をむけたとき、フリーデはどんな感情ともいいがたいものに身体が引き裂かれるように感じ、絶望をはらむ金切り声をあげた。

「――邪魔するな!」

 しかしその声は全てが終わりつつあった頃にただ虚しく発せられたにすぎなかった。ルアーガは火球を放ち、魔法はすでに発動してしまったからだ。

 〈爆裂〉とは一定の時間経過をもって周囲に爆発をもたらす魔法。破壊が起きた瞬間、それは中心から外にかけて莫大なエネルギーと圧力を放出する。

 ゆえに放たれた直後はまだ火球としての形をたもっていた。それはある種の時限爆弾を思い起こさせる。やがて発生する爆発は飛空艇ごとアドルフたちを吹き飛ばすだろう。万策尽きたことを受け入れられないフリーデは、子供を殺された狼のように悲痛な叫び声をあげた。

 一方、彼女よりはるかに冷静さをたもっていたリッドはフリーデと逆の方角をむいていた。リッドが真に危惧したのは鉄兜団の一員が練りあげた〈爆縮〉のほうだった。

 リッドにとって〈爆縮〉は初めて目にするものではない。しかしだからこそ、危険の察知は速かった。魔法の種類より懸念すべきなのはその規模である。〈爆縮〉は規模が大きくなると周囲に致死性の毒を膨大に撒き散らす。特にクラスSの〈爆縮〉はおいそれと発動させていい魔法ではない。

 ひょっとすると最悪の場合、この狭い空域にいる全員がその毒を浴びて死んでもおかしくない。とりわけ防塵マスクを装着してない自分たちは完全に無防備である。

 見れば鉄兜団の大勢は退避行動に移っていた。その魔法の危険性を何より重視している証拠だ。

 〈爆縮〉の生み出した火球の傍に金兜の術者が一名残っているものの、衝撃が起きる前に空域から離脱する算段をつけていることだろう。

 ここまで筋道だった予測をしても、それをとめるすべはリッドの頭に浮かんでこない。何もかも流動的で、おまけに急すぎた。それにいくら先読みが得意でも、できることに限度がある。いま目のまえで暴れようとしている〈爆縮〉は人知とまではいかないが、少なくともリッドという個人の力を超えているのは間違いなかった。万事休す。リッドは自分と味方の死まで覚悟した。

 だがつぎの瞬間、リッド、そしてフリーデまでもが目を丸くすることが起きた。

 飛空艇のほうに、形こそ小さいが、急激に魔力反応を増大させたまぎれもない魔法が展開されたのだ。その魔法はわずかに放たれた雷を瞬時に消し去ったようにフリーデの眼には見えた。

 自分たちに察知できないことが起きている。フリーデがそう判断した数秒の間、射線を猛スピードで突き進むルアーガの〈爆裂〉魔法が飛空艇の直前まで迫った。

 だがこのとき、驚くべきことが目に飛び込んだ。飛空艇に出現した魔法が、ルアーガの放った〈爆裂〉の本体である火球をピンポン球のような動きで弾き返したのだ。

 言葉にすれば単純だが、フリーデはそれを頭で理解できなかった。彼女が思い描いたのは〈爆裂〉魔法によって飛空艇が燃え上がり、爆散する姿だ。けれど現実は予期された災厄を物の見事に弾き返していた。

 絶句するフリーデとは逆に、同じ光景をリッドは異なる感情で受けとめた。フリーデより冷静なぶん、彼女は飛空艇から発生した魔法が〈反動〉という支援魔法であることに思いをめぐらせた。そして今日、その魔法を必死に使いこなそうとした男がいたことも。

 ――まさかあの魔法はアドルフが?

 自分が〈文字にできない言葉〉で綴られた魔導書を貸し与え、アドルフが読み解いたときのことを思い出す。そのときおそるべき記憶力で彼はいくつかの魔法を会得し、〈反動〉はそこに含まれていた。その有用性を理解したふしはなかったが、運もまた実力のうちだ。

 ――あの男の直感が当たったわけだ。まるで〈主〉の加護を受けた者のようではないか。

 経験豊富なリッドは思わず唸り声をあげ、戦況に及ぼす変化を瞬時に読みとった。

 飛空艇に展開された〈反動〉は僥倖に他ならない。アドルフがそれを会得していたという好運以外にも〈反動〉を用いたからこそ起こる偶然がリッドの脳裏を素早くよぎったのだ。

 なぜなら〈反動〉が弾き返したルアーガの〈爆裂〉魔法は、軌道のずれもないまま、まっすぐルアーガのほうへと跳ね返ってきたからだ。それはルアーガを破壊するばかりか、いまや巨大魔獣を直撃しようとしていた〈爆縮〉を相殺するのは確実である。そんな展開まで、アドルフが先読みしていたとは到底思えない。

 だからこその好運、そして偶然である、

 リッドの見立てでは〈爆裂〉という現象は、爆発の広がりと圧力が外へ拡散する。たいする〈爆縮〉のほうは、それらが内部へと向かう。この内部への落ち込みが何らかの作用で大量の毒をまき散らすのだが、〈反動〉によって両者がぶつかり合う軌道に乗ったことを思うと〈爆縮〉の威力が落ち、魔法の規模が下がることで悲劇的な破局は回避されるだろう。

 一度は死を覚悟したリッドは、フリーデを探し、この飛びあがらんばかりの興奮を一刻も早く教えてやりたくなった。しかしすぐ横を見ても、ついさきほどまでそこにいたフリーデの姿が見えない。

 リッドは鉄兜団の魔導師が放った〈爆縮〉とルアーガの〈爆裂〉魔法が対衝突する様を視界の隅に捉えながら、首を一八〇度めぐらせた。

 そのとき、大気が地鳴りを起こした。二つの大規模攻性魔法がぶつかり合い、火球と火球が互いを浸食しはじめたのだ。

 両者の起こす破壊現象は圧倒的だった。魔法体系を解き明かした大昔の偉大なる魔導師、ことによるとそれを生み出した《主》への畏怖を呼び起こすほどの衝突が激しい衝撃音と猛烈な風を巻き起こす。

 そして周囲にまばゆい閃光が放たれ、昼間だというのに晴れ渡っていた空は夕暮れのような爛れたオレンジ色に染まった。

 無限の象徴でもある《主》に比べ、人類の存在はちっぽけなものだ。彼我の差を思い知らせるように、爆縮と爆裂は破壊の威力を一定空域内に閉じ込め、そこにわだかまったエネルギーはひとえにルアーガの体のみを崩壊させる。広がりも縮みもしない爆風がその周囲を驚異的な速さで旋回した。

 火炎に灼き殺されるまえにルアーガの体表から血肉が引き剥がされていき、それは獰猛に暴れる竜属と共食いをはじめた。惨たらしく食いちぎられた残骸は、哀しげな悲鳴を周囲に残響させる。

 無敵とも言える強さを誇ったルアーガとの戦いは人類の勝利に終わる。そう確信を得たリッドは、次に味方の動静を把握すべく、空域全体に視線を投げた。

 よってそれが見つかったのは、彼女が背後を振り返ったときだった。ルアーガ戦に命を懸けていたフリーデのチェイカが、否応なくリッドの目に飛び込んできた。

 彼女が向かっている先は言うまでもない、アドルフが搭乗する飛空艇だった。アクセルペダルを何度も踏み込み、いまだ〈反動〉の余韻が残る空域へ無言で突入しようとしていた。その行動がいかなる意図をもっているか、リッドはすでに嫌というほど見せつけられている。

 そう、仲間を助けにいったのだ。

 リッドはつい少し前、ルアーガの攻撃を食らう射線にその身を進んでさらしたフリーデの姿を思い起こしていた。危機的な状況に抗えず、無力に死を覚悟した自分に比べ、みずから危険に立ち向かった彼女のなんと気高いことか。

 しかしだからといって、おのれの冷静な行動や思考を保身の産物と捉えるような卑下は、リッドの本性に含まれてはいない。戦場には不運という偶然もあれば、その逆もある。自分は一〇〇パーセントできることをやり尽したと思えばこそ、彼女の吐く溜め息に後悔の余地は欠片も含まれてないのだった。
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