緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第五章

イメチェン祭り

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 イングリッド・ラグラウは、一度ビュクシの収容所に戻り、しばらく解放者たちの面倒を見ると収容所幹部に告げた。

 解放を得たものの、アドルフたちに生活上の基盤はない。だとすれば、なりゆきで親しくなった自分が援助することで、彼らの社会復帰を助けてやれるのではないかとリッドは考えたのだ。

 しかも都合の良いことに、アドルフたちの解放には国家への貢献にくわえ、信仰の厳格化という条件があった。国家への貢献を満たすことで解放の許可は下りたが、今後彼らが敬虔な暮らしを送るかどうかは一応判定されねばならない。リッドは収容所幹部をそのように説き伏せ、自分がアドルフたちの見届け人になることを承諾させたのだ。

 むろん、こうした意向は事前にアドルフと相談済みであり、したがって半ば彼自身の願いでもあった。

 解放後の生活を心配するアドルフは、自分はともかく仲間たちが路頭に迷うことを気にしており、その責任感を目の当たりにしたリッドは胸のうちで感心した。こうした殊勝な心がけができるなら、いと高き《主》への帰依を深め、敬虔な祈りに近づくことは十分可能ではないかと。

 幸いなことに、収容所付きの司祭という立場は多忙な職ではなく、リッドは比較的自由な裁量を有していた。よって特に期限などはもうけず、収容所を離れた彼女は合流地点に選んだ場所、アドルフたちの故郷トルナバへと赴いたのであった。

 なおこのとき、ルアーガ遭遇戦からきっかり五日が経っていた。リッドが到着したのはちょうど正午前で、門をくぐった先にある目抜き通りには多くの市がたち、人ごみで溢れていた。

 目印がなければ道に迷いそうな混雑ぶりだったが、彼女はアドルフの書いた地図をもっている。太陽の位置を確認しながらその指示にしたがって歩き続けると一軒の宿屋が目に入り、軒先を見上げればそれはアドルフの地図に記載された店と同じく〈月の湖畔〉という看板が掲げてあった。

 リッドは店の入口に佇み、周囲を見渡した。目抜き通りから二つほど角を曲がった場所にある宿屋だが、周りには多く商店に屋台が立ち並び、大変な活況を呈している。そうした店のひとつは辺境州特産の果物を扱っており、切り分けた果実を串に刺したものと、おそらくは絞り立てのジュースを売っていた。

 やがて正午の鐘が鳴り響き、待ち合わせの時間が来たことを告げる。しかし通り過ぎる人波にアドルフたちの姿はなく、ふいに喉の渇きを覚えたリッドは思わず硬貨を取り出し店の前に歩みだそうとしかけた。

 ちょうどそのときだった、背後からおもむろに声をかけられたのは。

「待たせてしまったようだな、リッドよ」

 呼びかけに反応して背後を振り返ると、そこにはアドルフが突っ立っていた。後ろには彼の率いる亜人の仲間たちが並んでおり、全員揃って似合いの帽子をかぶっている。

「ずいぶん町民が多いんだな、トルナバはあまり来たことがないもので少し勝手が違った」

 唐突に覚えた喉の渇きを棚に上げ、リッドは苦笑いを浮かべた。その様子を見たアドルフは、肩をすくめて言葉を返した。

「ふむ、我が子供だった頃はもっと栄えておった印象だが。まあそれはそれとして、合流が遅れたことは申し訳ない」
「気にするな、私もいま来たばかりだ」

 いきなり詫びを入れられたリッドはまたしても苦笑するが、アドルフは律儀にも到着が遅れるに到った理由を説明しはじめる。

 アドルフの説明によると、彼はちょうどこの日、フリーデ以下仲間の亜人が済ませた冒険者登録を行う予定だったという。だが早めの行動を心がけたにもかかわらず、冒険者協会の運営するギルドが各種手続きでごった返しており、小一時間以上は待たされることを知って、やむを得ず予約を入れたうえで宿屋に引き返してきたのだという。

「時間も時間だ。昼食でも食べながら善後策を練ろう」

 アドルフはそうリッドに言って、さらに説明をくわえた。投宿先にした〈月の湖畔〉は、トルナバでも人気の宿屋らしいが、彼の話によると現在は夕食しか提供されておらず、かわりに町の食堂へ押し掛けるつもりでいたようだった。

 どちらにしろすれ違いに遭うこともなく合流できたのだから、問題はないに等しい。リッドは先ほど覚えた喉の渇きを思い出し、アドルフたちが「あそこの料理は美味いよな」としきりに褒め合う店の昼食を待ち遠しく感じた。そして少々品のない話だが、思わず唾をごくりと飲み込んだ。

 ところが、である。

 グループで連れ立って歩きはじめた途端、リッドは周囲が向ける好奇の目に早速気がついた。ほどなくして、その理由についても。

 じつを言うと彼女自身、周囲と同様、密かな違和感は抱いていたのだ。けれども目抜き通りに向かうにつれ、人々の視線が体のあちこちに刺さりまくり、もはやそれを無視し続けることができなくなった。

「そう言えば何だ。みんな、随分とお洒落になったな?」

 グループを見まわしつつリッドはとぼけたように言った。なぜならアドルフたち一行は、揃いも揃って黄土色の軍衣、すなわち忌々しい囚人服を脱ぎ捨て、真新しい服に身を包んでいたのだ。周囲の視線も、明らかにそれらへ向けられている。

 おそらく解放後、リッドの供与した資金で購入したものだろうが、それらが本当にお洒落かというと正直ヤバいというのがリッドの本音だった。しかし褒められた側はそうは受け取らない。

「わかる? これヒトクイオオマネキの毛皮で出来てるのよ」

 物騒な魔獣の名を挙げ、いのいちばんに自慢をはじめたのはノインだった。品が良くいかにも櫛通りの良さそうな金髪の持ち主なのだから、普通に仕立ての良い服を着れば何でも似合いそうなのに、ノインが選んでしまったのは丈の短い毛皮のジャケットだ。これでは無駄に派手さが目立ち、誤解を承知で言えば娼婦にさえ見える。その悪趣味なセンスにリッドは目眩を起こしそうになる。

 その点で言うと、比較的ましなのはディアナだった。彼女の場合、荒っぽく粗野なのか、それとも洗練された佇まいなのか、囚人時代の外見はどっちつかずの印象だった。

 きっと本人もその辺を意識し、衣服を新調するにあたって片方に寄せようと頑張ったのだろう。硬めな作りの臙脂色をしたワンピースを着込んだのも、自分を育ちの良さそうな女の子に見せたいという素直な感情の表れに見える。

 そんな純情さを含んだ努力はしかし、ワンピースを彩る華美な装飾が台無しにしていた。色彩こそ清楚な雰囲気を醸しだすが、フレアの部分は不必要なまでに豪華で、呆れたリッドをさらに唖然とさせたのはディアナが肩に巻いたマントだ。そして愛用の海軍帽はいまも堂々と頭に収まっており、結局ちぐはぐな服装のまま、昼食を待ちきれない様子のディアナは大声で笑っている。

「腹減ったなぁ、早く飯が食いてぇぜ!」

 直すならその汚い言葉遣いをどうにかしろ。すんでのところで身も蓋もない説教をのみ込んだリッドは、「本当は女の子側に寄せるはずだったろ。どうしてお前は……」とだれにも聞こえない小声で嘆いた。

 道なりに進めばいいものを、変な自己主張をするからおかしなことになる。住民たちの無遠慮な視線を背中にちくちく感じとり、リッドはうんざりしてきた。しかしそんな彼女にたいし、もっとも異様な風体の女が話しかけてきた。

「僕のやつはビンテージものというやつなんだ。事情を教えたら特別に安くして貰った」
「……へぇ、そうなのか」

 さすがに慈悲深い司祭も、愛想笑いが尽きて言葉を濁した。ちなみに声をかけてきた相手はフリーデであり、はじめて目にしたときから彼女が軍装であることは一目瞭然だった。しかしその時点で、リッドはフリーデの気持ちがまったく理解できなかった。

 ――囚人服とおさらばしたうら若い女が、どうして再び軍装をしたがるんだ?

 確かに冒険者のなかにも、格式を求めて軍装をまとうケースもなくはないが、自由闊達な彼らも装備にかんしては意外と保守的で、冒険者特有の様式を確立させるなどして正規の軍人とは差別化を図る場合が多い。だがそうした常識は、この場の空気とは無縁なものであるらしく、現にフリーデは胸をピンと張り、不敵な笑みを浮かべて話を続ける。

「ところで司祭殿、この軍服の作られた時期を当てられるか?」

 表情こそ相変わらず鬼のようだが、みずから質問を投げてくるあたりフリーデは上機嫌のようだった。その様子を眺めとったリッドは「気を遣うな、愛称で呼んで構わない」と軽くたしなめた後、肝心の質問には当たり障りのない答えを返した。

「お前の軍服の作られた時期か。悪いがさっぱりわからぬ」

 するとフリーデはあごを鋭角に持ち上げ、鼻高々に言った。

「聞いて驚け。これはな、二〇〇年前の世界大戦後しばらくして採用された将軍服だという。何でも女性の軍人が着るためのものだったらしく、スカート付きの特注品だ。遥か数世代前の代物だから、いま着用しても法的な問題はない。古着屋ではじめて見つけたとき一目惚れしたぞ」

 表情はムスッとしているが、上着と合わせた色調のスカートを指でつまみ、声色は弾んでいる。放っておくと延々自慢を続けそうな雰囲気だが、リッドはまたしても説教をしてやりたい気分になった。

 百歩譲って、トルナバという田舎町の古着屋に旧式の軍服が売られていたことは認めよう。ただし、本当に二〇〇年近く前の衣類なら、どんなに保存状態がよくても実用には耐えられない。見た感じ仕立ては悪くないようだから、腕の立つ職人が作った複製品といった辺りが実際であろう。

 ――だが、

「ふぅん、本物だという証拠でもあるのか?」

 黙っていればよいものを、うっかりツッコミを入れてしまったリッドは瞬時に青ざめた。相手を傷つける気はなかったので、思わず口許を両手で押さえる。
 ところが不快感を示すどころか、フリーデは唇だけニヤリとつり上げ、自慢げに言い返してきたのだ。

「僕もその辺りが気になっていた。しかしこの軍靴を見ろ」
「ぐ、軍靴?」

 動転したリッドが目を落とすと、フリーデが足許を指差している。やけに丈が長く、ブーツに近い靴だ。けれど、凝りに凝った意匠が散りばめてある点で、類似した靴が即座に思いつかない。

「古着屋の主人によると、大戦の終結後しばらく経った頃は、戦乱の反動から実用性より装飾性を高める傾向が生じたらしいんだ。上着のデザインもそうだが、この靴には、本来凝るべき点のない軍靴までお洒落にしようという当時の精神が反映されている。どうだ、二〇〇年前のブツであることの疑う余地のない証拠だろ?」
「……う、うん。そうだな。お洒落を求める女性の気持ちは時代を超えるのだな」

 その軍靴も含め、全部が複製品だという見立ては依然健在だったが、フリーデを追いつめるのは彼女の本意でなく、リッドは話を適当にまとめた。すると我が意を得たとばかりに、フリーデが大げさな様子で頷き、相槌をうった。

「良いことを言うじゃないか、リッド。人の心は時代を超える。僕はこの服を通じて歴史を買ったんだ」

 見あげれば、鬼の表情が少しだけ弛んだように見えた。だが下手をすれば相手の恨みを買うだけだし、もうこれ以上は何も言うまいとリッドは心に決め、地面に目をやった。

 しばらくして一行は町の商店街へと差しかかるが、そこは道に溢れる人の数が増えたぶん、注目を浴びる度合いもさっきまでの倍どころではなくなる。

 達観の境地に到ったリッドがそれらを半笑いで受け流していると、引き連れた少女たちを神妙に眺めたアドルフが、思わせぶりな視線を戻しつつリッドへ話しかけてきた。

「寸分の乱れもない軍装も悪くはないが、これはこれで良いものに思えるな。彼女らを焚きつけ、背中を押してやった甲斐があったというものだ」

 このとき、アドルフの言う「これ」が亜人の少女たちの衣服にあるのは指摘するまでもない。そのうえ彼は「焚きつけた」などと物騒なことを口にした。

 だとすれば、頭の回転が速いリッドは当然、状況を瞬時に理解した。

 どういう目的があったかは知らないが、彼女を呆れさせたお洒落問題の元凶は、この黒髪の若者と見て間違いない。だがいったい、彼が少女たちを煽った狙いは何だったのか。そんな疑問を喉までのぼらせたリッドに笑いかけ、アドルフは一方的に答え合わせのようなものをはじめた。

「見ろ、リッドよ。町の者たちはみな、我らの衣服のみに注意を向け、だれひとり亜人族であることを意識しておらん。鹿を追う者は山を見ずと言うが、本質がバレずに済めば解放後も一時的な安寧を得られそうだ」

 さらりと言われたが、リッドにとっては目から鱗だった。亜人族が解放され、トルナバの町に現れたとなれば、確かに注目を集めるだろう。それを事前に先読みし、服装で人目を引きつけ、亜人族であることから町民の意識を逸らそうとした。シンプルな方法だが、簡単に思いつくものでもない。

 いまにして思えば、全員が似合いの帽子をかぶっていたのも髪の色で亜人族だと判じられないためであったか。

「頭がまわるな、お前。感心したぞ」

 素直に褒めると、アドルフは「まあな」と言って口をつぐむ。それから少々切りだしにくそうに視線を外してから、再びリッドを見下ろして声を発した。

「我々に供与された生活資金、大変役立っておる。あれらの衣服も出どころはお前の金だ。感謝してもしきれん」

 金を借りたせいでそれを後ろめたく感じていたのか。妙に照れくさそうな態度のわけを知り、リッドは遠慮がちな声で言った。

「出世払いでいいさ」
「そうはいかん。これでも金のあてが複数ある。どれかはモノにして返済するからそのつもりでいてくれ」

 一瞬だけリッドのほうを見て、すぐさま目を逸らすアドルフ。金の貸し借りに律儀な男であることはわかったが、その態度に卑屈さは一切見られない。おまけに憮然としたやり取りとは裏腹に愛嬌のある顔をしているため、高飛車な印象が残ることもない。

 ――ふむ。何とも不思議な男だ。

 評価に困るほど捉えどころがない。リッドにそう思わせたアドルフだが、実は彼自身も相当奇抜な格好をしていた。あらためてリッドがその容姿を眺めると、アドルフの問題は二種類あって、ひとつはむろん衣服だが、もうひとつは唐突に生やされた口ひげである。

 おそらく昏睡中に伸びた口ひげを中心だけ短く刈り揃えたのだろうが、この中央大陸でそういうひげの整え方をする男をリッドはいまだかつて見たことがない。

 古典文学の中心を占める恋愛小説では、当時の貴族のうち、群を抜く功績を残した偉人のお洒落として〈チョビひげ〉というものが登場する。アドルフの口ひげはまさにそれと瓜二つだったが、複雑なことにその時代以降の教養高い人々は古い価値観を尊重しつつもチョビひげを肯定的意味では扱わない。単純にいえば、お洒落とはかけ離れたものと見なし、むしろ意図的に避けている。

 そんな過去の遺物を甦らせれば、滑稽に思われるのがオチだったが、リッドがじろじろ観察したせいでアドルフが視線に気がついた。そして嬉しそうに鼻の下を触りながら、勝ち誇った顔でこう言い放った。

「どうだこの口ひげ、似合っておるであろ? 囚人の頃は服務規程でひげを禁じられておったからな。連中の評判もすこぶるよい」

 後ろに列をなす仲間を指差し、アドルフは口ひげの下に隠れた部分をにんまりさせる。その愉しげな様子では、チョビひげを純粋にお洒落の一種と思い込み、機嫌を良くしているのは間違いなかった。

 ――だとすると、この男のまとう衣服のほうも、口ひげ同様、彼の意志が率先して選んだものと考えるべきなのか?

 くり返しになるが、問題は二つある。服装と口ひげ。そしてそのどちらも、リッドにとってお洒落から程遠く、むしろそれを選んだ動機のほうが興味深く感じられてしまうのだった。

 周囲を見れば、仕事の手を止めた商人たち、そして振り返った買い物客までもがアドルフの姿を眺め、彼らの表情は皆、呆気にとられている。しかし人々がむける視線など意に介さず、チョビひげの若者に先導された隊列は一軒の年季が入った食堂を見つけた途端、そこへ整然となだれ込んでいったのだった。
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