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第五章

埋葬式2

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「諸君、我は皆に伝えねばならないことがある。この場に召喚されし死者の魂、それが昇天することを妨げるものがある。それは彼女がある魔人族によって殺められたのが原因だ」

 アドルフは哀しい調子で聴衆に訴えかけ、戦闘の最中に起こった出来事を描写していった。魔法による攻撃、マクロを包み込んだ業火、灼け焦げた遺体。飛空艇でくり広げられた痛ましい惨劇をありのままに。もちろんその犯人はゼーマン。連邦の軍人。当然、魔人族だ。

「やつは悪辣な男であった。解放を得つつあった我らに不満を抱き、魔獣との戦闘という修羅場に紛れ、支配人種としての優越性を示すべく、我らを殺戮しようとした。あくまで解放を阻もうとしたわけである。その結果、友は死んだ。いかにも理不尽なやり方で」

 悲嘆に暮れたふりをするアドルフは目尻にうっすら涙を浮かべた。演説には微妙にうそが混じりだし、ゼーマンの悪事がきわだつように細工が施されはじめた。

 しかし仲間のだれもがそれを咎めようとしない。目的はヒト族の共感を引き出すことにあるのだから、多少の脚色は許容される。

 実際アドルフは湿っぽい息を吐きながら、いまは亡き仲間の思いを代弁していった。

「我にはマクロの未練がありありと感じられる。このままでは天国に到れないと、彼女は苦しんでおる。なぜなら魔人族の罪が、いまでも彼女を縛りつけておるからだ。それを解き放たない限り、彼女の霊魂はこの場から一歩も動けない。どうかその束縛を解く力を諸君らに分けて貰いたく思う。我らをともに支配する魔人族から自由になるための力を!」

 一般的に知識人層を除く人類の大部分は、同胞意識を重んじるようにできている。人種の区分でいえば、ヒト族は亜人族と馴れ合うことはない。

 とはいえそこに補助線を引き、対魔人族の構図を示していくことで、二つの人種は手を結びうることをアドルフは示しはじめた。元々は同じ人類である。少しでも仲間意識が湧けば、同情したくなるのが性というものだ。

 あとはその微弱な意識を膨らませ、固定してやればいい。方法は亜人族への敵対心を打ち砕くことだ。アドルフにはそれをなし遂げる秘策があった。

「実のところ諸君、マクロの魂が留まってしまう理由はもうひとつある。それは我々亜人族と諸君らヒト族が対立しておることだ。マクロは博愛主義者だった。常日頃より、二つの人種が相対することを嘆いておった。これはすなわち、彼女の魂が昇天せぬ現実の裏で《主》が人種対立を憂慮しておることの表れのように我には思う。魔人族の支配に隷属し続け、同じ屈辱をあじわってきた人種が互いに反目し合うことを憂いておられるように思える」

 アドルフはここで唐突に、神聖なものを招き寄せ、それと人種問題をつなぎ合わせた。

 元々、人種どうしの軋轢を《主》がどう思わるかなど、普段ヒト族は考える習慣をもたない。だからこそアドルフの示した構図は彼らにとってほとんど初耳に等しかった。

 たぶんそのせいだろう。アドルフの発言を聞き、聴衆が急にざわつきはじめた。《主》の意志に思いを馳せることで彼らは、あることを真剣に考えはじめたようだ。それは間違いなく収容政策の変更に関わる噂である。

 ヒト族である自分たちが、亜人族と同じように収容される可能性が出てきた。たとえ普段と変わらぬ生活を送っていても、そんな噂を知れば、不安な気持ちを抱かないほうが不自然だ。そしてそこに《主》の意図を読みとらないわけにはいかないだろう。

 葬儀に集った人々の漠然とした不安を引き出したアドルフは、葬儀が狙いどおりに進んでいることを歓迎し、声の高さを調節しながら、彼らの感情を煽りたてることに意識を集中していった。

「僭越かもしれないが、我の思いも《主》と同じである。諸君らと我々は気持ちをひとつにできるはずと考えておった。そしてそれがなぜ困難かについて答えを導き出しておる。我が手にする答えとは経済問題に他ならない」

 高らかな声を響かせたアドルフは、聴衆が違和感を抱かないぎりぎりの言い回しで演説の方向性を変えはじめた。なぜなら人種どうしが対立し合う現状を《主》が望んでいないと言われても、それだけでヒト族の感情は曲がらないからだ。

 人間はパンがなければ生きていけない。事前に予測していたように、亜人族と仕事を奪い合うことへの懸念がヒト族に充満しているのはほぼ間違いなかった。アドルフはその懸念をあえて口にし、彼らの思い込みを一蹴する態度に出た。

「九年に及ぶ収容政策の間に、連邦国家の経済状況は悪化の一途をたどったと聞いておる。だとすれば、我のような解放された亜人族は諸君らの仕事を奪う厄介者になりえると思うであろ。しかしそれは、物を知らぬ者たちの思い違いに過ぎん!」

 ヒト族がもっとも危惧することを述べた途端、彼らの眼の色が変わりはじめた。心の問題はやはり些事だったのである。経済的問題という生活の基盤が今後脅かされることへの不安や恐れこそが、人種対立の根幹と見て間違いはなかった。

 聴衆のあいだに広がる動揺は、そうした認識の正しさをこれ以上ない形で証明する。

 だがアドルフは、次第に騒然としていく聴衆を鎮めようとしない。むしろうねるように右腕を動かし、おのれの霊的な力を人々の揺らぎのなかに注ぎ込んでやる。演説をはじめて数分で広場は不安の荒れ狂う海と化していた。アドルフの狙いはそこに一隻の助け舟を送り込むことだった。

「亜人族の解放が進めばヒト族と仕事の奪い合いが起きる、諸君はそう思っておるであろ。だがそんなことを平気で言うやつは、我々の仲を引き裂こうとする痴れ者に過ぎん。証拠を提示しようか? もし職がなければつくればよいのだ。国家にはそれをなすだけの能力がある。魔人族がそれをやらないのは怠慢と言う他ない。何ならいざとなれば、この我が彼らになりかわり、大事業を興してみせようではないか!」

 簡単に実現されないことを夢物語と呼ぶなら、アドルフの語りだす主張は紛れもない夢物語に聞こえただろう。しかし現実味の有無は、そうした理屈にだけ依存しているわけではない。その証拠に広場を埋め尽くす聴衆は、アドルフの煽動に固唾をのみ、壇上へむけた視線を動かそうとしなかった。

 自分たちの直面する問題が魔人族の不作為に原因であること。そして亜人族と自分たちの心理的距離は思いのほか近いこと。時間が経つごとに沸きあがった感情はそんな認識にたどりつき、ヒト族はいまアドルフの語る言葉に飢えはじめているようだった。

 そうなるとつい先日まで囚人であったアドルフが、自分と魔人族を対等に扱うことへ違和感を抱く者は皆無に近かったと思う。しかしそうしたひねくれ者さえも懐柔すべく、アドルフは広場にサクラを撒いておいた。

 フリーデとディアナ。彼女らは聴衆に紛れてアドルフへの批判をここぞとばかりに送った。

「政治家でもないくせにそんな大事業が興せると思ってるのか!」
「そうだそうだ。信用できねぇぞこんちくしょうが!」

 口ぶりだけとれば、二人はアドルフの言い分に冷や水を浴びせかけた格好だった。けれども実態は真逆である。あえて発言の弱みを激しく突き、その穴を埋めさせることが彼女らに与えられた目的。ヒト族を取り込むための行動は最初から念入りに準備されていたのだ。

 その証拠にアドルフは固く腕組みをしながら、満を持して二人のヤジを撥ねつけた。(続く
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