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第五章

埋葬式3

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「ふむ、いいであろ。提起された疑問にお答えしよう」

 アドルフはさしあたり、おのれの立場、身分について語り起こし、自身の願望を率直に切り出した。

「政治家ではないのに政治家のごとき言動をとった理由だが、我は解放をきっかけに政治家を志すことにしたのだ。ここトルナバの町長は民選であり、手続きさえ整えば選挙が行えたと記憶しておる。むろん、そこで審判を下すのは諸君らだが、我がこの町を率いることになれば、必ずや魔人族と渡り合い、彼らの支配を覆してみせよう。そんな真似事は現町長に及びもつかんはずだがな」

 何とも大胆な発言だが、舞台には〈遵守〉の支配下にあるとはいえ、町長みずからが座っている。彼は命令された事柄以外の自由があり、アドルフの傲然たる発言を耳にして、弾けるように色をなした。

「な、何だと、私をバカにする気か!?」

 しかし町長とアドルフでは役者が完全に違っていた。

「貴公と我では勝負にならん。なんなら今すぐにでもその椅子を奪って差しあげようか?」

 このひと言で町長はあっさり反論を引っ込めた。彼の無意識にとって、アドルフは訳のわからない力で列席を強いた得体の知れない男だ。したがって魔法をかけられた記憶はなくとも、思わず席を立ちかけた町長は背筋をぞくりと震わせ、瞬時に沈黙してしまった。
 まさに言葉の魔力。アドルフにとって演説自体がひとつの魔法であるかのようだ。

「さて、話を戻そう」

 黙りこくった町長に満足して数秒が経った頃、アドルフは経済問題解消への方針をゆっくりした口調で語りだした。

「ヒト族の諸君は、多いに勘違いしておる。亜人族が解放されたら、仕事の奪い合いが起こると最初から決めつけ、可能性を見ようとせん。仕事はなければ、つくればよいのだ。遥か古代の王たちは皆そうして民を養ってきた。ここトルナバの金鉱とて、中央大陸の開拓というかつての政治方針がなければ見つかることもなかった。そうなればトルナバという町は現在の姿で存在することはなかったであろう。我は国の政策を動かすことで一人たりとも失業者の出ない世界をこの町の皆に約束しよう。正直に言うと我はこの国の王族にコネを持っておる。場合によってはそれをいかすことも可能だ」

 最後の決め台詞は「おおっ」というどよめきを聴衆の間に巻き起こした。広場を満たす声の響きは依然高まる一方だが、その勢いにまぎれて隣席から声があがった。

「ちょっと待てアドルフ。それはコネと呼べるのか?」

 実情を知っているリッドが王族を引き合いに出すのを放言と感じたのか、聖書を振りまわしながら歩み寄ってくる。辺境州総督であるパベル王子殿下との関係はコネと呼べるほどの間柄では確かにない。だがアドルフは悪びれもせずに視線をそらした。というのも、本気で殿下を動かす気など彼にはないからだ。いまの発言も聴衆を揺さぶるためのはったりであり、彼らの反応に機嫌を良くしたアドルフは次の台詞を聴衆に向けくり出した。

「なに、言葉にすればそう難しいことではない。亜人族がヒト族の諸君らを圧迫するなら、亜人族が居住するための新たな都市をトルナバとビュクシの間に建設すればよいのだ」

 アドルフはここでようやく腕組みを解き、右手の人差し指をぴんと立てた。その意味は明瞭だ。人種の間に横たわる問題は断固たる意志でもって解決してみせようという確かな証である。

「いいかね、諸君。新たな都市を亜人族居留地としてつくり出せば、既存の土地を侵すことはないため、人口増による土地の高騰も避けられるし、新都市建設に従事することで亜人族たちは食い扶持を稼げる。当然、諸君らの仕事を脅かすことのない形でだ!」

 空気を切り裂く声を発し、アドルフは立てた指を二本にし、肩の高さで制止させ、そこにありったけの力をこめる。

「我は政治家をめざすと言ったが、現状ではまだ身分もあやふやなままだ。しかし、我は諸君との約束を果たすべく行動を開始する。てはじめに仲間の死を国家に償わせ、魔人族の指導者が我を無視することができない状況をつくりだす。亜人族初の解放者という肩書きにくわえ、我もまた国家指導者としての資質をもつ存在だと彼らに証明するためだ!」

 アドルフの口調はどこか悲哀すら感じさせ、滲みでる感情は激高を思わせた。するとここで測ったかのようにヒト族の聴衆から呼応する声があがった。

「素晴らしい主張だ! 俺たちはあんたのようなやつが出てくるのを待っていた!」

 そうした声はひとつではなく、広場の各所から次々にあがった。

 明晰にして火のつくような演説に圧倒されたとはいえ、彼らはまだアドルフに信服しきってはいない。なのに歓迎する声が口々に聞こえたのはここでも〈遵守〉が効果を発揮したからだ。

 アドルフは自分に迎合するサクラを魔力の許す限り用意していた。彼らのうちの何人かが口々に同意を叫べば、その他大勢も自然と共感を覚えるはずだ。この儀式にはそうした綿密な策謀が、きわめて入念に埋め込まれていたのだった。

 背後を振り返れば、壇上に座らせたトルナバの町長は目を大きく見開き青ざめていた。その表情は同じヒト族の反応にたいする驚きに満ちていた。しかしアドルフを支持する声は数名に留まらなかった。

「魔人族は思いあがっている! やつらにお灸をすえてくれ!」
「異議なし! 異議なし!」

 どこまでが魔法の効果なのか、この頃になると区別がつかなくなってきた。同胞の熱烈な声を聞き及び、アドルフの演説に感化された者たちが我先に激情を迸らせる。広場を包み込む喧噪は、次第に深まる夜の帳を食い破るほどの勢いをもちはじめた。

 その豹変ぶりにアドルフは政治の真骨頂を見る。政治の本質とは何か。それは人々を敵と味方に分け、敵に悪のレッテルを貼ることにある。いくら経済政策の方針を示したとはいえ、それは結局、だめ押しにならない。

 予想される新たな収容政策。信仰の希薄なヒト族への弾圧。その残酷きわまりない列に、明日は自分が連なっているかもしれないこと。聴衆が口々にアドルフを支持しはじめた理由は潜在的に眠る恐怖が原因だった。普段は表立って言えない感情をアドルフが代弁したことで、彼らは押し隠していた気持ちを思う存分解放したくなったのだ。いわば自由になりたいという切実な願望が聴衆の側にあったからこそ、アドルフを支持する力強い叫びと連呼が自然と沸き起こったのである。

「あんたが頼りだ、あんたみたいなやつが!」
「口ばかりじゃなく行動で示してくれ! 力を見せてくれ!」

 人々の声はもはや怒号と変わらない。アドルフはそこに嗄れた声と拳を叩きつけてやる。

「諸君らの怒りはしかと受けとめた! 諸君と我々が受けた苦しみを、貴族然とした魔人族どもに味あわせてやろうではないか! 我々は平等だと教え込んでやろうではないか!」

 アドルフは火に油を注ぐように檄を飛ばした。腕を水平に動かし、目に見えない黒板を穴があくほどの威力でぶん殴り、怒号に等しい台詞を口走った。

「我々は麻痺していた。正しいことがいえずに黙っておった。しかしそれは、我々が真実を掴んでおらんことを意味しない。我々は知っておるのだ、何が真実かを。誰が味方で、誰が敵かを。なのにその一歩を踏み出せん。だとすれば解き放つ必要がある、我々の本当の気持ちを。怒りを、嘆きを、公正さを求める切なる願いを。諸君と我は同じだ。我は取り戻し、示したいのだ、亜人族とヒト族を分け隔てることなき、この僻地に暮らす辺境人としての融和ドイツと尊厳を!」

 ついにアドルフは新概念を提唱した。辺境州に暮らす人類は〈辺境人〉という同じ枠組みに分類可能であることを声高らかに示した。

 この突然の提案はしかし、激しさを増した叫びによって熱烈な支持を集めた。これまでヒト族を縛っていた疑いは消え去り、信頼と呼ぶべきものが急速に膨れ上がっている証拠だった。

 とはいえ百戦錬磨の演説家であるアドルフは、本音を叫んだ聴衆が、時間を置けば冷静になり、すぐに掌を返すことを知っている。大多数のヒト族にとって危機はいまだ他人事なのだ。魔人族へ向ける敵意を本物に変えなくてはならない。

 そのために彼は、切り札をひとつ用意してあった。ノインである。今回の悲劇にもっとも苦しめられた遺族を代表する少女。聴衆の同情を集めさらなる怒りに変える増幅器。アドルフにとって、そんな役目をはたしうる存在こそがノインという味方に他ならなかった。
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