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第六章
貧民窟2
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約一ヶ月前。ルアーガ遭遇戦後のビュクシに立ち寄った際、鉄道敷設の噂が広まっていることを最初に知った彼女は「人の口に戸を立てられないわ」と月並みな印象をもった。ところが調査任務の終了を受け、二度めの逗留をはたした今回の探索では、その噂がどのようなニュアンスで住民に受けとめられたかを、徐々に知ることができた。
結論から先にいってしまうと、それはヒト族の生活苦と結びつき、深刻さを増していた。
文明進度の遅いセクリタナにおいては、生活物資の産業化が進んでおらず、規模の小さな専門の商店が多く存在し、それが人々の日常を支えている。
裏を返せば景気が悪化してモノが売れなくなると彼らはその打撃をもろに受けるわけだ。現にここビュクシでも庶民の経済活動が著しく阻害され、事業資金を借金に頼っていた者から先に経営が行き詰まったことがわかっていった。
こうした情報は人の多い場所に行けばたちまち耳にできた。問題はその先の部分、すなわち事業に行き詰まり、商売を続けられなくなった連中が、負債を抱えていったいどこへ行き着くかだった。
ルツィエは短い探索でそれが金の精錬工場だと探しあてた。彼らの大多数は金鉱のあるトルナバに行き、過酷な採掘作業に従事するはめになったのだ。
金鉱労働者になった住民はまさに命を削りながら仕事をする。その過酷さはソ連の独裁者として国民を数多の資源開発に従事させたルツィエには馴染み深い思い出だ。
「ここから先は危険なのではあるまいな?」
ルツィエが大通りを外れ、細い小径に分け入るとグレアムは注意を促した。急に人通りが減り、陽光の届かぬ薄暗い路地が口を開けていたからだ。
しかしルツィエは怯まない。好奇心の赴くまま、狭い通りをさらに奥へと進む。
慎重に歩くこと一五分ほど。ビュクシの中心街から遠ざかるほどに、日差しを避けるような暗鬱とした貧民窟が現れはじめる。ここでは仕事や家を失った者たちが肩身の狭い集団生活を送っているのだ。
彼らの観察を通じてルツィエは知った。金鉱送りになった連中はまだましなほうだったと。
いちばん悲惨なのは全てを無くしながらどんな職にも就けなかった失業者である。なぜならそうなった以上、彼らは大事な家族でさえ手放さなくてならないからだ。
顧みれば、王都をはじめとする大都市でも、失業者は問題となる。だが裕福な都市では、教会に集まる寄付も多いため、彼らは無償の支援が得られる。具体的には食料の配給や仮住まいが与えられたりする。
しかし貧しい辺境に属するビュクシではそうした助けは望めない。全てを無くした失業者は、食堂から出るゴミを漁り、裏路地に座敷をしき、そこで寝起きする。人間としての尊厳を捨てなければ、到底命をつなげない。
じきに冬季が訪れる。大陸南部の辺境地とはいえ、ビュクシ周辺は比較的高地だ。冬場は零下を記録する日がいくたびもあろう。そうなったとき、失業者たちは生きてはいられまい。
そして現在は職にありついている者も、いずれは自分がそうなることを恐れている。だからルツィエは、ビュクシの街なかを鉄道敷設計画の噂が駆けめぐった背景を自分なりに解釈できた。それは彼らにとって生活苦から救い出してくれる導きの光なのだ。
ルツィエは軍人であるし、現在進行形の政局に明るいわけではないが、最低限の情報くらい知っている。鉄道敷設計画の発案者は評議会議長である第一王子アラン・レオポルト・バロシュであり、その計画とは内政を取り仕切っている彼が、深刻な経済不況を解消すべく打ち立てた起死回生の大事業に他ならないということを。
しかし国難を乗り越えるため一致団結すべき状況のなか、王都では水面下で権力闘争がくり広げられている。きっかけは《主》への帰依を蔑ろにする一部のヒト族が起こしたスパイ事件だ。ムスカウ共和国の諜報員が絡んだ機密漏洩をめぐる大スキャンダル――。
それは老境を迎え、政務の第一線から退きつつあった《魔王》ことグスタフ・ノートリアス・バロシュがもう一度国家指導の大権を奪い返す直接の引き金となっていた。
スパイの摘発を通じてアラン第一王子の責任を問うこと。そうした宮廷内の反体制的な動きの首謀者は、他ならぬ《魔王》本人であり、その老害とも言える横やりは王都の指導者たちを混乱に陥れているという。
情報アンテナを研ぎ澄ませたルツィエは、父親と長兄のはじめた骨肉の争いを外野から注視していたが、その無益な醜さは彼女を大変喜ばせる類いのものだった。
不本意にも権力の中枢から遠ざけられた政治家が復権を果たそうとあがいた例は、スターリンが死んだ一三年後、中国の毛沢東が開始した文化大革命が有名である。
あいにくルツィエはそれを見届けられる立場にいなかったが、自身の後継者候補を幾度となく粛清した彼女は《魔王》の気持ちを忖度することができた。
独裁者にとって後継者とは所詮使い捨ての道具か邪魔者でしかない。師にあたるイェーガー少将などは《魔王》の乱心とも言える行動に眉をひそめていたようだが、ひとたび権力闘争がはじまれば王の人徳はあって無いようなもの。その点でルツィエは、父親であるグスタフの精神的な支持者と言えた。
他方で彼女はビュクシでの逗留を通じ、鉄道敷設計画の必要性を自分の目で目撃した。国家統治の観点から言えば、第一王子の示した方向性は無条件に正しい。そしてそれをどんなことがあろうと推し進めるのが指導者の責務である。たとえるなら、自分がまだスターリンだった頃、五〇〇万余りの人命を費やし達成したソビエトの重工業化と同じように。
よって彼女はビュクシの貧民窟を歩きながら密かに思ったのだった。《魔王》と第一王子の双方を兼ね備えられる自分こそが、イェドノタ連邦を導く最高指導者にふさわしい人物に他ならないと。(続く
結論から先にいってしまうと、それはヒト族の生活苦と結びつき、深刻さを増していた。
文明進度の遅いセクリタナにおいては、生活物資の産業化が進んでおらず、規模の小さな専門の商店が多く存在し、それが人々の日常を支えている。
裏を返せば景気が悪化してモノが売れなくなると彼らはその打撃をもろに受けるわけだ。現にここビュクシでも庶民の経済活動が著しく阻害され、事業資金を借金に頼っていた者から先に経営が行き詰まったことがわかっていった。
こうした情報は人の多い場所に行けばたちまち耳にできた。問題はその先の部分、すなわち事業に行き詰まり、商売を続けられなくなった連中が、負債を抱えていったいどこへ行き着くかだった。
ルツィエは短い探索でそれが金の精錬工場だと探しあてた。彼らの大多数は金鉱のあるトルナバに行き、過酷な採掘作業に従事するはめになったのだ。
金鉱労働者になった住民はまさに命を削りながら仕事をする。その過酷さはソ連の独裁者として国民を数多の資源開発に従事させたルツィエには馴染み深い思い出だ。
「ここから先は危険なのではあるまいな?」
ルツィエが大通りを外れ、細い小径に分け入るとグレアムは注意を促した。急に人通りが減り、陽光の届かぬ薄暗い路地が口を開けていたからだ。
しかしルツィエは怯まない。好奇心の赴くまま、狭い通りをさらに奥へと進む。
慎重に歩くこと一五分ほど。ビュクシの中心街から遠ざかるほどに、日差しを避けるような暗鬱とした貧民窟が現れはじめる。ここでは仕事や家を失った者たちが肩身の狭い集団生活を送っているのだ。
彼らの観察を通じてルツィエは知った。金鉱送りになった連中はまだましなほうだったと。
いちばん悲惨なのは全てを無くしながらどんな職にも就けなかった失業者である。なぜならそうなった以上、彼らは大事な家族でさえ手放さなくてならないからだ。
顧みれば、王都をはじめとする大都市でも、失業者は問題となる。だが裕福な都市では、教会に集まる寄付も多いため、彼らは無償の支援が得られる。具体的には食料の配給や仮住まいが与えられたりする。
しかし貧しい辺境に属するビュクシではそうした助けは望めない。全てを無くした失業者は、食堂から出るゴミを漁り、裏路地に座敷をしき、そこで寝起きする。人間としての尊厳を捨てなければ、到底命をつなげない。
じきに冬季が訪れる。大陸南部の辺境地とはいえ、ビュクシ周辺は比較的高地だ。冬場は零下を記録する日がいくたびもあろう。そうなったとき、失業者たちは生きてはいられまい。
そして現在は職にありついている者も、いずれは自分がそうなることを恐れている。だからルツィエは、ビュクシの街なかを鉄道敷設計画の噂が駆けめぐった背景を自分なりに解釈できた。それは彼らにとって生活苦から救い出してくれる導きの光なのだ。
ルツィエは軍人であるし、現在進行形の政局に明るいわけではないが、最低限の情報くらい知っている。鉄道敷設計画の発案者は評議会議長である第一王子アラン・レオポルト・バロシュであり、その計画とは内政を取り仕切っている彼が、深刻な経済不況を解消すべく打ち立てた起死回生の大事業に他ならないということを。
しかし国難を乗り越えるため一致団結すべき状況のなか、王都では水面下で権力闘争がくり広げられている。きっかけは《主》への帰依を蔑ろにする一部のヒト族が起こしたスパイ事件だ。ムスカウ共和国の諜報員が絡んだ機密漏洩をめぐる大スキャンダル――。
それは老境を迎え、政務の第一線から退きつつあった《魔王》ことグスタフ・ノートリアス・バロシュがもう一度国家指導の大権を奪い返す直接の引き金となっていた。
スパイの摘発を通じてアラン第一王子の責任を問うこと。そうした宮廷内の反体制的な動きの首謀者は、他ならぬ《魔王》本人であり、その老害とも言える横やりは王都の指導者たちを混乱に陥れているという。
情報アンテナを研ぎ澄ませたルツィエは、父親と長兄のはじめた骨肉の争いを外野から注視していたが、その無益な醜さは彼女を大変喜ばせる類いのものだった。
不本意にも権力の中枢から遠ざけられた政治家が復権を果たそうとあがいた例は、スターリンが死んだ一三年後、中国の毛沢東が開始した文化大革命が有名である。
あいにくルツィエはそれを見届けられる立場にいなかったが、自身の後継者候補を幾度となく粛清した彼女は《魔王》の気持ちを忖度することができた。
独裁者にとって後継者とは所詮使い捨ての道具か邪魔者でしかない。師にあたるイェーガー少将などは《魔王》の乱心とも言える行動に眉をひそめていたようだが、ひとたび権力闘争がはじまれば王の人徳はあって無いようなもの。その点でルツィエは、父親であるグスタフの精神的な支持者と言えた。
他方で彼女はビュクシでの逗留を通じ、鉄道敷設計画の必要性を自分の目で目撃した。国家統治の観点から言えば、第一王子の示した方向性は無条件に正しい。そしてそれをどんなことがあろうと推し進めるのが指導者の責務である。たとえるなら、自分がまだスターリンだった頃、五〇〇万余りの人命を費やし達成したソビエトの重工業化と同じように。
よって彼女はビュクシの貧民窟を歩きながら密かに思ったのだった。《魔王》と第一王子の双方を兼ね備えられる自分こそが、イェドノタ連邦を導く最高指導者にふさわしい人物に他ならないと。(続く
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