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第七章
ビュクシ攻防戦2
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事前情報では、この建物の最上階フロア全体が行政官公邸である。階段しかない施設ではありえない設計だが、魔導と科学の融合たるコヴィエタがここにはある。魔法石を使った昇降機だ。
公邸を捜索して見つからなければ、すでに地上階へ逃げた可能性がある。だが、侵攻を開始してわずか数分に満たない時間で、ここより安全な場所を離れるはずがないという読みがアドルフにはあった。
無闇に逃げ惑えば死ぬ確率は高くなる。そんな愚行をおかすまいと判じ、アドルフは翼竜から飛び降り、背中にせおった長剣を抜いた。庁舎の役人とおぼしき若い女と鉢合わせたからだ。
「そこのお前、名前は?」
長剣を突きつけ、問いを発する。
避けがたい威圧に怯えたのか、女性は細めた目を限界まで見開き、返事をした。
「ローゼ・ヴァインベルガー」
姓名は珍しくないが、外見は異なっていた。アドルフが近づくごとに光が射し、赤く燃えあがるような頭髪と短い角が目に入る。魔人族の女だ。
ヒト族なら保護の対象だが、敵対人種なら殺戮対象である。
「そこの女、動くな」
相手が魔導師であることに備え、身構えながらアドルフが言った。すると女は、随分と強気な態度に出てきたのだった。
「街を破壊した犯罪者。さっさと殺しなさいよ」
それは開き直りにも見え、反撃をくわえる意図は窺えない。殺気立った様子がまるでないのだ。
隣に追いついたリッドも、アドルフが感じた相手の様子を低い声でくり返す。
「抵抗する気がないところを見るに、どうやら魔導師ではないようだな。それにあの女、いまさっきヴァインベルガーと名乗ったが」
彼女に指摘され、アドルフは思い出した。女の姓は行政官のそれと同じだ。もし行政官の娘ならば、この建物のことにさぞ詳しかろう。
「ヴァインベルガーの娘よ、お前官職は持っておるのか?」
ローゼなる女が一般人でないことを問い質したアドルフに、彼女は「経理部門の副官をやっているわ」と固い声で答えた。それは彼女に利用価値があることを意味する。
「お前に危害をくわえるつもりはない。だが人質にはなって貰う」
慎重に近づいたアドルフは、ローゼを後ろ手にさせ、首筋に長剣の刃をあてがった。やや大振りだが、刀身は薄めでむしろ切れ味は良く、肌にうっすらと血が浮かんだ。
「執務室はどこだ?」
彼の問いかけにローゼは廊下の奥を指差した。突き当たりの部屋というわけである。警護はどれほどの規模だろうか。
アドルフはリッドと距離を空け、二人は左右に散って、廊下の先を注意深く進む。脅しがそれなりに効果を発揮したのか、ローゼも素直に付き従う。
奥の部屋の扉から一〇メーテルほどの場所で止まり、アドルフは相棒に声をかけた。
「執務室に攻撃をしかけてくれ。死なない程度に荒っぽいやつを頼む」
「そういうのがいちばん難しいんだ」
「我がやったら部屋ごと灼いてしまうであろ」
「道理だな、仕方ない」
態度こそ不服に見えたが、リッドの行動は迅速だった。
「万物をのみ込め――〈洪水〉」
水属性のリッドは以前、〈放水〉という魔法を放ったことがある。アドルフは〈洪水〉をその上位版と見なしたが、破壊力は桁違いだった。
リッドの生み出した魔法の大水は瞬時に天井に届くほどの瀑布を生み出し、その勢いは突き当たりの部屋へと流れ込んだ。木製のドアは簡単に破れ、部屋のほうからは悲鳴があがった。
小走りになって室内へ前進すると、主に家具類がひしゃげて砕けるメキメキという音が響き、寄せて返す波の原理で大水がこちらへ戻ってくる。怒濤の勢いは凄まじく、アドルフはそれが魔法であることを忘れ、思わず目をつぶってしまったが、渦巻く波は彼らの手前で雲散した。
洪水は破壊の限りを尽くし、跡に二人の男性を残していた。国民服を着た肥満体の男と、軍服を身にまとった若い男の二人。ともに髪が鉄錆のように赤い、つまり魔人族だ。
素早く立ち上がったのは軍服のほうだった。アドルフが目で合図する間もなく、リッドはその男に攻撃をくわえた。詠唱も短く、あまりにあっさりで、デコピンをお見舞いした程度の衝撃にしか見えなかった。何が起きたのか、アドルフには最初見当もつかない。
ただ、現実にその若い軍人、おそらく行政官を守る役目を負った護衛兵は、リッドの攻撃を受けた途端、ネジの切れた玩具のようにぴくりとも動かなくなり、力を失って床に倒れ伏した。
ゼーマンとの戦い以外、アドルフは対人魔法の威力を目視する経験がほとんどない。そんな彼の目の前で軍人は死んでしまったのだ。リッドが手をかざしてほんの数語呟いただけで。
記憶を紐解けば魔導書に、対象を死に到らしめる対人魔法のことは書かれていた。とはいえそこには長い特記、すなわち使用条件があったことを彼は思い出す。結果、修得を先送りにしたことも。
裏を返せばリッドは、そうした複雑な魔法をいとも簡単に使いこなしてみせた。魔法の運用がクラスの高さにのみ依存しないことを再確認し、アドルフは唾をのみ込んだ。
しかし、ローソクの火を吹き消すようなしぐさで軍人が絶命したことに驚いたのは彼以外にもいた。執務室に這いつくばった肥満体の文官が、体を起こしながら視線をさまよわせて口を開いた。
「あ、あぁ……」
ようやく膝をついたその男は痛ましい表情で短い呻き声をあげる。こんなはずではなかったと全身が語っている。
魔導師なら一矢報いようとする場面だが、それらしい動きはない。
アドルフは人質のローゼとともに男の傍へ歩み寄り、護衛を失った公邸の主に呼びかけた。
「貴公がオットー・ヴァインベルガー行政官だな。こちらの書類にサインして頂く」
その声に呼応して、かわりにリッドが封筒とペンを取り出し、行政官へと突きつける。封筒の中身はアドルフの書き起した統治権委譲書であるのは言うまでもない。
だが書類に目を通さないばかりか男から返事はなく、自分が行政官であることを認めまいとする意志すら感じさせるほどであった。
沈黙が次第に間延びしていき、先に我慢の限界を迎えたのは人質となっていたローゼだった。
「しっかりなさってください、閣下。まだ負けたわけではありません。降伏なんてもってのほかです」
父親である行政官を叱咤するばかりか、彼女はアドルフの要求についても察しが良かった。頭のよく回る部下は歓迎だが、敵となればどうだろう。そもそも彼は人質に無駄口を利かす趣味はない。
「リッド、こやつらも冥土へ送ってやってはどうかね?」
皮肉げな口調だが、傍に控えたリッドがこれみよがしに踏み出したことでヴァインベルガーの体が電気ショックを浴びたように震えた。眼前の床には魔法が殺めた軍人の骸がまだ転がっている。次は自分の番であると体が先に反応したのだ。
その様子に釘づけになったローゼも、強気な表情とは裏腹に唇が真っ青だった。
「閣下……」
脅しが充分に効いたことを見てとり、アドルフは急に声のトーンを弛めた。
「軍事作戦の常として、貴公はその権限を武官に委ねておるはずだ。裏を返せば、貴公はもうこの戦いの責任者ではない。サインと引き換えに身の安全は約束しよう」
譲歩を示した形だが、もしサインを拒めば大事な娘もろとも命はないという意味なのは明らかだ。
事ここに到り、行政官は押し黙ったまま目を泳がせた。死んだ護衛兵を見つめたと思いきや、自分の手元を見つめ直し、視線を何度も往復させる。その不安定さは精神の変調を思わせた。
「閣下、しっかりしてください!」
娘であるローゼは必死に励まそうとするが、事態は少しも改善しない。
「は、歯向かう気はないのだ、抵抗する気さえも……」
ようやく絞り出したひと言に恭順の意を汲み取り、アドルフはリッドに命じてヴァインベルガー行政官を執務机へと運ばせた。
これ以上まごつくようなら〈遵守〉を用いて強制的にサインさせる手もあったが、さすがに腰まで抜けてはいなかったらしく、リッドの補助を得た行政官はよろめきながら本来の位置に着く。
「いけません! 父上!」
紅潮したローゼが悲痛な面持ちで叫ぶが、これはついにアドルフの逆鱗に触れた。
「――黙れ」
度重なる金切り声を不快に感じたのだろう、長剣の柄を持ち上げ、ローゼの首筋を軽く斬りつけた。それきり彼女は無口になった。
そしてもはや娘を気遣う余裕のないヴァインベルガーは、まさに暗鬼のごとき形相で机に置いた書類を睨みつけていた。
「この街を占領しようという戯言は本当だったんだな……」
行政官は覚束ない手でペンを握り締め、リッドは背後にまわってそれを監視する。書式に不正を施し、書類の効力を貶めないようにする措置だが、いまのヴァインベルガーにその心配は無用だった。
「賠償請求の段階で認めるべきだった。私は愚かなことをした」
起きたことが受け入れられない。未来の自分が不安でならない。それでも命を奪われたくはない。
死よりも降伏を選ばんとするまさにその瞬間、公邸の主は後悔のようなものを呟きはじめた。
「私の統治はそんなに悪いものだったのだろうか。汚職に手を染めず、清廉潔白にやってきた。公務で得た金は全部国庫に納めた。私腹を肥やすことはなかった。なのに統治権を奪われる。私の政治生命はここで終わりだろう。何がいけなかったのだ、何が……」
その声は独り言だと思っていた。しかし、行政官はふいにアドルフのほうを見上げ、何かを求める顔になった。いまの発言は自分を放逐しようとする者への問いかけだったわけだ。
このときアドルフは、行政官の失政をなじるのは簡単だった。穀物価格が上昇して、パンを買えずに乞食になった者がいる。仕事が行き詰まり、失業者になった者がいる。そうした情報は元々わずかに掴んでおり、作戦の立案過程で裏づけを得ていたからだ。
しかしアドルフとて前世では一千万の同胞を滅ぼし敗北した戦争の主犯だ。偉そうに説教をたれるのは自分を棚に上げるようで気が引け、ゆえに彼はひと芝居打ち、ヴァインベルガーを屈服させてやることにした。(続く
公邸を捜索して見つからなければ、すでに地上階へ逃げた可能性がある。だが、侵攻を開始してわずか数分に満たない時間で、ここより安全な場所を離れるはずがないという読みがアドルフにはあった。
無闇に逃げ惑えば死ぬ確率は高くなる。そんな愚行をおかすまいと判じ、アドルフは翼竜から飛び降り、背中にせおった長剣を抜いた。庁舎の役人とおぼしき若い女と鉢合わせたからだ。
「そこのお前、名前は?」
長剣を突きつけ、問いを発する。
避けがたい威圧に怯えたのか、女性は細めた目を限界まで見開き、返事をした。
「ローゼ・ヴァインベルガー」
姓名は珍しくないが、外見は異なっていた。アドルフが近づくごとに光が射し、赤く燃えあがるような頭髪と短い角が目に入る。魔人族の女だ。
ヒト族なら保護の対象だが、敵対人種なら殺戮対象である。
「そこの女、動くな」
相手が魔導師であることに備え、身構えながらアドルフが言った。すると女は、随分と強気な態度に出てきたのだった。
「街を破壊した犯罪者。さっさと殺しなさいよ」
それは開き直りにも見え、反撃をくわえる意図は窺えない。殺気立った様子がまるでないのだ。
隣に追いついたリッドも、アドルフが感じた相手の様子を低い声でくり返す。
「抵抗する気がないところを見るに、どうやら魔導師ではないようだな。それにあの女、いまさっきヴァインベルガーと名乗ったが」
彼女に指摘され、アドルフは思い出した。女の姓は行政官のそれと同じだ。もし行政官の娘ならば、この建物のことにさぞ詳しかろう。
「ヴァインベルガーの娘よ、お前官職は持っておるのか?」
ローゼなる女が一般人でないことを問い質したアドルフに、彼女は「経理部門の副官をやっているわ」と固い声で答えた。それは彼女に利用価値があることを意味する。
「お前に危害をくわえるつもりはない。だが人質にはなって貰う」
慎重に近づいたアドルフは、ローゼを後ろ手にさせ、首筋に長剣の刃をあてがった。やや大振りだが、刀身は薄めでむしろ切れ味は良く、肌にうっすらと血が浮かんだ。
「執務室はどこだ?」
彼の問いかけにローゼは廊下の奥を指差した。突き当たりの部屋というわけである。警護はどれほどの規模だろうか。
アドルフはリッドと距離を空け、二人は左右に散って、廊下の先を注意深く進む。脅しがそれなりに効果を発揮したのか、ローゼも素直に付き従う。
奥の部屋の扉から一〇メーテルほどの場所で止まり、アドルフは相棒に声をかけた。
「執務室に攻撃をしかけてくれ。死なない程度に荒っぽいやつを頼む」
「そういうのがいちばん難しいんだ」
「我がやったら部屋ごと灼いてしまうであろ」
「道理だな、仕方ない」
態度こそ不服に見えたが、リッドの行動は迅速だった。
「万物をのみ込め――〈洪水〉」
水属性のリッドは以前、〈放水〉という魔法を放ったことがある。アドルフは〈洪水〉をその上位版と見なしたが、破壊力は桁違いだった。
リッドの生み出した魔法の大水は瞬時に天井に届くほどの瀑布を生み出し、その勢いは突き当たりの部屋へと流れ込んだ。木製のドアは簡単に破れ、部屋のほうからは悲鳴があがった。
小走りになって室内へ前進すると、主に家具類がひしゃげて砕けるメキメキという音が響き、寄せて返す波の原理で大水がこちらへ戻ってくる。怒濤の勢いは凄まじく、アドルフはそれが魔法であることを忘れ、思わず目をつぶってしまったが、渦巻く波は彼らの手前で雲散した。
洪水は破壊の限りを尽くし、跡に二人の男性を残していた。国民服を着た肥満体の男と、軍服を身にまとった若い男の二人。ともに髪が鉄錆のように赤い、つまり魔人族だ。
素早く立ち上がったのは軍服のほうだった。アドルフが目で合図する間もなく、リッドはその男に攻撃をくわえた。詠唱も短く、あまりにあっさりで、デコピンをお見舞いした程度の衝撃にしか見えなかった。何が起きたのか、アドルフには最初見当もつかない。
ただ、現実にその若い軍人、おそらく行政官を守る役目を負った護衛兵は、リッドの攻撃を受けた途端、ネジの切れた玩具のようにぴくりとも動かなくなり、力を失って床に倒れ伏した。
ゼーマンとの戦い以外、アドルフは対人魔法の威力を目視する経験がほとんどない。そんな彼の目の前で軍人は死んでしまったのだ。リッドが手をかざしてほんの数語呟いただけで。
記憶を紐解けば魔導書に、対象を死に到らしめる対人魔法のことは書かれていた。とはいえそこには長い特記、すなわち使用条件があったことを彼は思い出す。結果、修得を先送りにしたことも。
裏を返せばリッドは、そうした複雑な魔法をいとも簡単に使いこなしてみせた。魔法の運用がクラスの高さにのみ依存しないことを再確認し、アドルフは唾をのみ込んだ。
しかし、ローソクの火を吹き消すようなしぐさで軍人が絶命したことに驚いたのは彼以外にもいた。執務室に這いつくばった肥満体の文官が、体を起こしながら視線をさまよわせて口を開いた。
「あ、あぁ……」
ようやく膝をついたその男は痛ましい表情で短い呻き声をあげる。こんなはずではなかったと全身が語っている。
魔導師なら一矢報いようとする場面だが、それらしい動きはない。
アドルフは人質のローゼとともに男の傍へ歩み寄り、護衛を失った公邸の主に呼びかけた。
「貴公がオットー・ヴァインベルガー行政官だな。こちらの書類にサインして頂く」
その声に呼応して、かわりにリッドが封筒とペンを取り出し、行政官へと突きつける。封筒の中身はアドルフの書き起した統治権委譲書であるのは言うまでもない。
だが書類に目を通さないばかりか男から返事はなく、自分が行政官であることを認めまいとする意志すら感じさせるほどであった。
沈黙が次第に間延びしていき、先に我慢の限界を迎えたのは人質となっていたローゼだった。
「しっかりなさってください、閣下。まだ負けたわけではありません。降伏なんてもってのほかです」
父親である行政官を叱咤するばかりか、彼女はアドルフの要求についても察しが良かった。頭のよく回る部下は歓迎だが、敵となればどうだろう。そもそも彼は人質に無駄口を利かす趣味はない。
「リッド、こやつらも冥土へ送ってやってはどうかね?」
皮肉げな口調だが、傍に控えたリッドがこれみよがしに踏み出したことでヴァインベルガーの体が電気ショックを浴びたように震えた。眼前の床には魔法が殺めた軍人の骸がまだ転がっている。次は自分の番であると体が先に反応したのだ。
その様子に釘づけになったローゼも、強気な表情とは裏腹に唇が真っ青だった。
「閣下……」
脅しが充分に効いたことを見てとり、アドルフは急に声のトーンを弛めた。
「軍事作戦の常として、貴公はその権限を武官に委ねておるはずだ。裏を返せば、貴公はもうこの戦いの責任者ではない。サインと引き換えに身の安全は約束しよう」
譲歩を示した形だが、もしサインを拒めば大事な娘もろとも命はないという意味なのは明らかだ。
事ここに到り、行政官は押し黙ったまま目を泳がせた。死んだ護衛兵を見つめたと思いきや、自分の手元を見つめ直し、視線を何度も往復させる。その不安定さは精神の変調を思わせた。
「閣下、しっかりしてください!」
娘であるローゼは必死に励まそうとするが、事態は少しも改善しない。
「は、歯向かう気はないのだ、抵抗する気さえも……」
ようやく絞り出したひと言に恭順の意を汲み取り、アドルフはリッドに命じてヴァインベルガー行政官を執務机へと運ばせた。
これ以上まごつくようなら〈遵守〉を用いて強制的にサインさせる手もあったが、さすがに腰まで抜けてはいなかったらしく、リッドの補助を得た行政官はよろめきながら本来の位置に着く。
「いけません! 父上!」
紅潮したローゼが悲痛な面持ちで叫ぶが、これはついにアドルフの逆鱗に触れた。
「――黙れ」
度重なる金切り声を不快に感じたのだろう、長剣の柄を持ち上げ、ローゼの首筋を軽く斬りつけた。それきり彼女は無口になった。
そしてもはや娘を気遣う余裕のないヴァインベルガーは、まさに暗鬼のごとき形相で机に置いた書類を睨みつけていた。
「この街を占領しようという戯言は本当だったんだな……」
行政官は覚束ない手でペンを握り締め、リッドは背後にまわってそれを監視する。書式に不正を施し、書類の効力を貶めないようにする措置だが、いまのヴァインベルガーにその心配は無用だった。
「賠償請求の段階で認めるべきだった。私は愚かなことをした」
起きたことが受け入れられない。未来の自分が不安でならない。それでも命を奪われたくはない。
死よりも降伏を選ばんとするまさにその瞬間、公邸の主は後悔のようなものを呟きはじめた。
「私の統治はそんなに悪いものだったのだろうか。汚職に手を染めず、清廉潔白にやってきた。公務で得た金は全部国庫に納めた。私腹を肥やすことはなかった。なのに統治権を奪われる。私の政治生命はここで終わりだろう。何がいけなかったのだ、何が……」
その声は独り言だと思っていた。しかし、行政官はふいにアドルフのほうを見上げ、何かを求める顔になった。いまの発言は自分を放逐しようとする者への問いかけだったわけだ。
このときアドルフは、行政官の失政をなじるのは簡単だった。穀物価格が上昇して、パンを買えずに乞食になった者がいる。仕事が行き詰まり、失業者になった者がいる。そうした情報は元々わずかに掴んでおり、作戦の立案過程で裏づけを得ていたからだ。
しかしアドルフとて前世では一千万の同胞を滅ぼし敗北した戦争の主犯だ。偉そうに説教をたれるのは自分を棚に上げるようで気が引け、ゆえに彼はひと芝居打ち、ヴァインベルガーを屈服させてやることにした。(続く
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ありがとうございます
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ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
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