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第七章
ビュクシ攻防戦8
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ハンニバルの顕現から六分前――。
アドルフが行政府庁舎の破壊された窓際に立ったとき、彼にとって安全な場所はすでになかった。
至近距離ではないにせよ、庁舎を取り囲むように敵影が三つ。両端に鉄兜団員と思われる黒い軍装が陣取り、静止したチェイカがこちらを向いている。
――とすれば、中央の機体が敵の親玉か。
その連想が的外れでない証拠に、真っ赤な上着をまとう青年が操縦席から姿を現す。金色の兜を輝かせ、まるで自分を睨みつけるような姿勢だ。
けれど問題はべつにあった。青年の痩せた顔は刺激したのだ、アドルフに刻まれた過去の記憶を。
――あれはパベル殿下!?
内心は驚きで染まるが、間違いない。兜からはみでる白い髪が何よりの証拠である。先ほども同じ格好の幼女を目撃したばかりであったから、戦場には王族が二人も出陣してきたようだ。どんな理由があったか憶測もつかないが、パベルが司令官なのは地位とその軍装から言って明らかだろう。
彼は解放に際してパベルに恩があった。しかし敵として現れた以上、情けは無用である。
くわえて真の問題は、こちらが庁舎内部に潜むことがすでにバレたと思われることだ。突進するエディッサに圧倒されつつも、街の中央部で応戦していた敵兵が、自分たちの襲撃を目視していたとすれば合点がいく。
特にアドルフは国民服を着ていたせいでひと際目立ったことだろう。体勢を立て直した際、敵側が情報を共有し、包囲作戦が採られたと見るべきだ。
身辺が緊迫の度を増していく一方で、先ほど謎の閃光が発せられた方角がたまたま目に入った。崩れ落ちたエディッサの背後が真っ赤に燃え、穀物倉庫のある地点が炎上をはじめている。
そこが〈爆縮〉の炸裂した跡であるのは間違いないが、重要地点に発生した火災は悪い兆候だった。エディッサが瞬殺されたことも含め、自軍の戦略的優位に変化が起きつつある。
ここで主導権を渡してはなるまいと、即座にアドルフは対策を講じようとして参謀役のリッドに声をかけようとした。だがその瞬間、庁舎を睥睨するパベルが、厳かな調子で語りかけてきたのだった。
『トルナバの新町長よ、そこにいるのは承知済みである。余の話を心して聞いて貰えないか?』
アドルフはそれを耳にし、違和感を隠せなかった。本来届くはずのない距離から相手の声が聞こえたからだ。
とはいえ彼は、それが魔法の一種であることをすぐに思い出す。今回の作戦を立案するに際し、彼はリッドが水素伝達という通信手段を会得していたことを知り、その活用を承認した。
同じ魔法を敵側も行使してきたわけだが、注目すべき点はそこではない。敵司令官のパベルが唐突にアドルフへの共感を口にしはじめ、事実上の講和を申し出てきたのだ。
『改善をめざしてともに力を尽くさないか。余は貴公のような人物の貢献が連邦のためになると信じている――』
もっともアドルフはこのとき、講和などくそ食らえと思ってしまう。
総統時代、アドルフはイギリスとの戦争を望んではいなかった。それを知る副総統ルドルフ・ヘスは講和を画策し、独断でイギリスへと渡って、アドルフの顔に泥を塗った。
またベルリンの陥落が近づくと、側近中の側近が次々と独自のルートで和平を模索しはじめた。こうした思い出は不愉快きわまりないものであり、転生して二〇年近く経とうとも、臆病風に吹かれた末の取引に拒絶反応が出てしまったのである。
しかも状況はどう見ても自軍が優勢。ここで停戦を選ぶなど言語道断だ。
――どうせ見え透いた罠であろ。だれが相手にするものか!
アドルフは内心で悪態をつきながら、同時にこの呼びかけが群衆へのアピールである点も考慮する。戦闘を望まないと訴える者を彼らは善人に思うだろう。だがそうなれば、敵対する自分は悪人となってしまう。そんなレッテルを貼られては堪らない。
ほとんど瞬時の判断だが、彼は付き従う参謀に命令を下した。
「リッド、ここに幕僚を呼び寄せよ。ディアナには敵兵を蹴散らすよう命じ、フリーデには我らを支援するよう命じろ。冒険者たちには、北側のエディッサを街の中央部へと誘導させよ。我らは彼女たちが来るまで講和交渉を遅延させ、しばし耐え忍ぶ」
状況を逆手に取って敵司令官に打撃を与える。その意図を念押しするとリッドは頷きながら言った。
「了解したが、耐え忍ぶ方法は?」
物問い顔を見せたリッドにたいし、アドルフが口にしたのは危険な賭けだった。
「翼竜に乗って庁舎の外に出る。講和に応じる構えをとれば、総攻撃を浴びることはあるまい。ただし、敵は騙し討ちにうって出る可能性もあるから、移動するのは庁舎と群衆を壁にできる位置までだ」
みずから囮になるという申し出を、リッドは素直に受け入れ、アドルフの指示に従う。
そして彼女が命令どおり幕僚に指令を発した後、アドルフたちは廊下に隠した翼竜にまたがり、薄い陽光を浴びる場所までゆっくりと進み出た。
敵を自分に釘付けにし、わずかでも彼らの意識を逸らせば、幕僚たちの急襲は効果的となる。むろん、到着が遅れるごとにアドルフの立場は悪くなる。
強力な防御魔法である結界をリッドは用いることができ、いざというときはそれを展開する手はずを彼女とのあいだで整えたが、正直アドルフの心は不安でいっぱいになった。彼の賭けは敵兵にその身をさらすことだけではないのだ。
アドルフはビュクシに攻め込む際、リッドが連邦の諜報員であることを確信している。だから当然のごとく承知済みだった。そんな輩を頼るなど、進んで罠にはまりにいくようなものであると。
しかしアドルフはそれでも、おのれが得た確信をリッドに突きつけるのは棚上げした。なぜならこの敬虔なる司祭は、戦闘開始以後もやたら献身的に働いているではないか。リッドが自分を陥れるつもりならチャンスはこれまでに何度もあった。しかし結果的に、実行に移すそぶりさえ見せなかった。
ということは、彼女はビュクシの防衛軍とはべつの利益に身を捧げている公算が大きい。そんなアドルフの判断は、巨大に膨れあがった官僚機構を指導した総統時代の経験にもとづいている。諜報機関や秘密警察と軍は命令系統が異なるし、仲が悪いことで有名だ。
とすれば――。
アドルフの賭けは正真正銘の博打だった。いくら必要不可欠な戦力とはいえ、リッドが掌を返したら一巻の終わりなのだ。身をすり潰すような緊張のなか、アドルフは味方の到着を忍耐強く待たされた。パベルが見切れる位置に止まり続け、その時間はたった数秒が一分や二分にも感じられた。
体感にして一〇分程度経っても、招集をかけたはずの幕僚は、待てど暮らせど飛来してこなかった。ついにアドルフは業を煮やして怒声をあげた。
「だれか助けに来る者はおらんのか!」
溜め込んだ重圧に耐えかね、生きた心地がしなかったのだ。
やはり国民服など着ずに、冒険者を装うべきだったか。おのれの社会的地位を群衆に誇示することに意味はあったが、敵に自分が将帥だと知られたリスクはそれを後悔させて余りある。
奥歯を噛み締め、アドルフが呻き声を出した。腹の底から怒っているのだ、自分自身のふがいなさに。そもそもクラスSの魔法を会得しておきながら、手をこまねいている事実に。
魔導戦は術者の技量と経験に大きく依存する。複数の敵、それも連邦の精鋭部隊である鉄兜団の連中ともなれば、ゼーマンと単独で渡り合ったときとは比較にならない戦闘力だ。こうした状況への対処をアドルフはまだ学んでいない。
――囮役になったはいいが、限界かもしれんな。
危うい駆け引きに打って出たものの、援軍を待つ猶予はみるみる潰えてしまう。敵将であるパベルを討ち取るチャンスでもあったが、講和をのまない以上総攻撃を受ける危険のほうが強い。
それを避けるべく彼は群衆を盾とする位置取りを選んだものの、住民保護が二の次となることを計算に織り込めば、大規模魔法の投下さえ視野に入ってくる。
再び庁舎内にこもって、対策を練り直そうと決めかけたときだった。後方から疾風のごときスピードで一機のチェイカが飛び込んできた。同時に操縦者のものと思える声が鋭く周囲にこだました。
「死にやがれクソ野郎が――!」
上空を眺めれば、突進を仕掛けたのは待ちに待ったディアナだった。バカでかい長剣を思いきり振りまわし、その一閃はパベルの頭上に直撃した。
パベルはかろうじて抜き身の刀で食い止めたようだが、アドルフは自分の顔が晴れあがっていくのを如実に感じとる。講和の呼びかけに沈黙を続け、敵軍の真っ正面で薄氷を踏む思いだったが、ここから事態はわずかに好転する。
パベルは、ディアナの攻撃を受けてなお講和を呼びかけてきたが、援軍はさらに増した。程なくしてフリーデが到着したからだ。
彼女は翼竜の隣にチェイカを止め、真っ先にこう告げた。
「敵の遊軍が街の重要地点を破壊しはじめている。見た感じ、偶然ではないと思う」
確かにフリーデの飛来と前後する形で穀物倉庫のある方角に動きがあった。上空に突風のようなものが巻き起こり、アドルフは肌を刺激する痛みを感じた。それは大量のマナが空域から吸いあげられつつある証拠だ。
周囲の変化はもうひとつ訪れた。撹乱のために誘導を命じたエディッサが、咆哮をあげながら庁舎へ近づいてきたのだ。戦闘で消耗しきっているのか、いつ倒れるとも知れない不安定な挙動に群衆は悲鳴をあげはじめた。
アドルフはこのとき、二つの行動を同時に迫られた。ひとつは大規模攻撃に備えて、防御策を講じること。もうひとつは、混乱をきたした群衆に自己の立場を示すこと。後者はエディッサを誘導させるという伏線をすでに張っており、魔獣の接近はそれをはたす絶好の機会だった。
彼はすぐさまリッドに命じて、庁舎付近に結界を張って欲しいと要望を出した。それは大規模攻撃に備え、自軍の防備を高めることが狙いだが、他にも目的はあった。
「ちょうどいまは群衆が盾となっておる、その間にやってくれるか?」
「それは問題ないが、お前も時間稼ぎをしてくれ」
短いやり取りで提案が承諾されると、アドルフは何を思ったか、ぐらつきながら接近するエディッサの前方に勇ましい動きで躍り出たのだった。(続く
アドルフが行政府庁舎の破壊された窓際に立ったとき、彼にとって安全な場所はすでになかった。
至近距離ではないにせよ、庁舎を取り囲むように敵影が三つ。両端に鉄兜団員と思われる黒い軍装が陣取り、静止したチェイカがこちらを向いている。
――とすれば、中央の機体が敵の親玉か。
その連想が的外れでない証拠に、真っ赤な上着をまとう青年が操縦席から姿を現す。金色の兜を輝かせ、まるで自分を睨みつけるような姿勢だ。
けれど問題はべつにあった。青年の痩せた顔は刺激したのだ、アドルフに刻まれた過去の記憶を。
――あれはパベル殿下!?
内心は驚きで染まるが、間違いない。兜からはみでる白い髪が何よりの証拠である。先ほども同じ格好の幼女を目撃したばかりであったから、戦場には王族が二人も出陣してきたようだ。どんな理由があったか憶測もつかないが、パベルが司令官なのは地位とその軍装から言って明らかだろう。
彼は解放に際してパベルに恩があった。しかし敵として現れた以上、情けは無用である。
くわえて真の問題は、こちらが庁舎内部に潜むことがすでにバレたと思われることだ。突進するエディッサに圧倒されつつも、街の中央部で応戦していた敵兵が、自分たちの襲撃を目視していたとすれば合点がいく。
特にアドルフは国民服を着ていたせいでひと際目立ったことだろう。体勢を立て直した際、敵側が情報を共有し、包囲作戦が採られたと見るべきだ。
身辺が緊迫の度を増していく一方で、先ほど謎の閃光が発せられた方角がたまたま目に入った。崩れ落ちたエディッサの背後が真っ赤に燃え、穀物倉庫のある地点が炎上をはじめている。
そこが〈爆縮〉の炸裂した跡であるのは間違いないが、重要地点に発生した火災は悪い兆候だった。エディッサが瞬殺されたことも含め、自軍の戦略的優位に変化が起きつつある。
ここで主導権を渡してはなるまいと、即座にアドルフは対策を講じようとして参謀役のリッドに声をかけようとした。だがその瞬間、庁舎を睥睨するパベルが、厳かな調子で語りかけてきたのだった。
『トルナバの新町長よ、そこにいるのは承知済みである。余の話を心して聞いて貰えないか?』
アドルフはそれを耳にし、違和感を隠せなかった。本来届くはずのない距離から相手の声が聞こえたからだ。
とはいえ彼は、それが魔法の一種であることをすぐに思い出す。今回の作戦を立案するに際し、彼はリッドが水素伝達という通信手段を会得していたことを知り、その活用を承認した。
同じ魔法を敵側も行使してきたわけだが、注目すべき点はそこではない。敵司令官のパベルが唐突にアドルフへの共感を口にしはじめ、事実上の講和を申し出てきたのだ。
『改善をめざしてともに力を尽くさないか。余は貴公のような人物の貢献が連邦のためになると信じている――』
もっともアドルフはこのとき、講和などくそ食らえと思ってしまう。
総統時代、アドルフはイギリスとの戦争を望んではいなかった。それを知る副総統ルドルフ・ヘスは講和を画策し、独断でイギリスへと渡って、アドルフの顔に泥を塗った。
またベルリンの陥落が近づくと、側近中の側近が次々と独自のルートで和平を模索しはじめた。こうした思い出は不愉快きわまりないものであり、転生して二〇年近く経とうとも、臆病風に吹かれた末の取引に拒絶反応が出てしまったのである。
しかも状況はどう見ても自軍が優勢。ここで停戦を選ぶなど言語道断だ。
――どうせ見え透いた罠であろ。だれが相手にするものか!
アドルフは内心で悪態をつきながら、同時にこの呼びかけが群衆へのアピールである点も考慮する。戦闘を望まないと訴える者を彼らは善人に思うだろう。だがそうなれば、敵対する自分は悪人となってしまう。そんなレッテルを貼られては堪らない。
ほとんど瞬時の判断だが、彼は付き従う参謀に命令を下した。
「リッド、ここに幕僚を呼び寄せよ。ディアナには敵兵を蹴散らすよう命じ、フリーデには我らを支援するよう命じろ。冒険者たちには、北側のエディッサを街の中央部へと誘導させよ。我らは彼女たちが来るまで講和交渉を遅延させ、しばし耐え忍ぶ」
状況を逆手に取って敵司令官に打撃を与える。その意図を念押しするとリッドは頷きながら言った。
「了解したが、耐え忍ぶ方法は?」
物問い顔を見せたリッドにたいし、アドルフが口にしたのは危険な賭けだった。
「翼竜に乗って庁舎の外に出る。講和に応じる構えをとれば、総攻撃を浴びることはあるまい。ただし、敵は騙し討ちにうって出る可能性もあるから、移動するのは庁舎と群衆を壁にできる位置までだ」
みずから囮になるという申し出を、リッドは素直に受け入れ、アドルフの指示に従う。
そして彼女が命令どおり幕僚に指令を発した後、アドルフたちは廊下に隠した翼竜にまたがり、薄い陽光を浴びる場所までゆっくりと進み出た。
敵を自分に釘付けにし、わずかでも彼らの意識を逸らせば、幕僚たちの急襲は効果的となる。むろん、到着が遅れるごとにアドルフの立場は悪くなる。
強力な防御魔法である結界をリッドは用いることができ、いざというときはそれを展開する手はずを彼女とのあいだで整えたが、正直アドルフの心は不安でいっぱいになった。彼の賭けは敵兵にその身をさらすことだけではないのだ。
アドルフはビュクシに攻め込む際、リッドが連邦の諜報員であることを確信している。だから当然のごとく承知済みだった。そんな輩を頼るなど、進んで罠にはまりにいくようなものであると。
しかしアドルフはそれでも、おのれが得た確信をリッドに突きつけるのは棚上げした。なぜならこの敬虔なる司祭は、戦闘開始以後もやたら献身的に働いているではないか。リッドが自分を陥れるつもりならチャンスはこれまでに何度もあった。しかし結果的に、実行に移すそぶりさえ見せなかった。
ということは、彼女はビュクシの防衛軍とはべつの利益に身を捧げている公算が大きい。そんなアドルフの判断は、巨大に膨れあがった官僚機構を指導した総統時代の経験にもとづいている。諜報機関や秘密警察と軍は命令系統が異なるし、仲が悪いことで有名だ。
とすれば――。
アドルフの賭けは正真正銘の博打だった。いくら必要不可欠な戦力とはいえ、リッドが掌を返したら一巻の終わりなのだ。身をすり潰すような緊張のなか、アドルフは味方の到着を忍耐強く待たされた。パベルが見切れる位置に止まり続け、その時間はたった数秒が一分や二分にも感じられた。
体感にして一〇分程度経っても、招集をかけたはずの幕僚は、待てど暮らせど飛来してこなかった。ついにアドルフは業を煮やして怒声をあげた。
「だれか助けに来る者はおらんのか!」
溜め込んだ重圧に耐えかね、生きた心地がしなかったのだ。
やはり国民服など着ずに、冒険者を装うべきだったか。おのれの社会的地位を群衆に誇示することに意味はあったが、敵に自分が将帥だと知られたリスクはそれを後悔させて余りある。
奥歯を噛み締め、アドルフが呻き声を出した。腹の底から怒っているのだ、自分自身のふがいなさに。そもそもクラスSの魔法を会得しておきながら、手をこまねいている事実に。
魔導戦は術者の技量と経験に大きく依存する。複数の敵、それも連邦の精鋭部隊である鉄兜団の連中ともなれば、ゼーマンと単独で渡り合ったときとは比較にならない戦闘力だ。こうした状況への対処をアドルフはまだ学んでいない。
――囮役になったはいいが、限界かもしれんな。
危うい駆け引きに打って出たものの、援軍を待つ猶予はみるみる潰えてしまう。敵将であるパベルを討ち取るチャンスでもあったが、講和をのまない以上総攻撃を受ける危険のほうが強い。
それを避けるべく彼は群衆を盾とする位置取りを選んだものの、住民保護が二の次となることを計算に織り込めば、大規模魔法の投下さえ視野に入ってくる。
再び庁舎内にこもって、対策を練り直そうと決めかけたときだった。後方から疾風のごときスピードで一機のチェイカが飛び込んできた。同時に操縦者のものと思える声が鋭く周囲にこだました。
「死にやがれクソ野郎が――!」
上空を眺めれば、突進を仕掛けたのは待ちに待ったディアナだった。バカでかい長剣を思いきり振りまわし、その一閃はパベルの頭上に直撃した。
パベルはかろうじて抜き身の刀で食い止めたようだが、アドルフは自分の顔が晴れあがっていくのを如実に感じとる。講和の呼びかけに沈黙を続け、敵軍の真っ正面で薄氷を踏む思いだったが、ここから事態はわずかに好転する。
パベルは、ディアナの攻撃を受けてなお講和を呼びかけてきたが、援軍はさらに増した。程なくしてフリーデが到着したからだ。
彼女は翼竜の隣にチェイカを止め、真っ先にこう告げた。
「敵の遊軍が街の重要地点を破壊しはじめている。見た感じ、偶然ではないと思う」
確かにフリーデの飛来と前後する形で穀物倉庫のある方角に動きがあった。上空に突風のようなものが巻き起こり、アドルフは肌を刺激する痛みを感じた。それは大量のマナが空域から吸いあげられつつある証拠だ。
周囲の変化はもうひとつ訪れた。撹乱のために誘導を命じたエディッサが、咆哮をあげながら庁舎へ近づいてきたのだ。戦闘で消耗しきっているのか、いつ倒れるとも知れない不安定な挙動に群衆は悲鳴をあげはじめた。
アドルフはこのとき、二つの行動を同時に迫られた。ひとつは大規模攻撃に備えて、防御策を講じること。もうひとつは、混乱をきたした群衆に自己の立場を示すこと。後者はエディッサを誘導させるという伏線をすでに張っており、魔獣の接近はそれをはたす絶好の機会だった。
彼はすぐさまリッドに命じて、庁舎付近に結界を張って欲しいと要望を出した。それは大規模攻撃に備え、自軍の防備を高めることが狙いだが、他にも目的はあった。
「ちょうどいまは群衆が盾となっておる、その間にやってくれるか?」
「それは問題ないが、お前も時間稼ぎをしてくれ」
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