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椿小路公爵家の誕生パーティー 2
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「ああ。気にしなくていい」
「今日の主役にシャンパンで濡れてしまったスーツを着せてはおけない。こちらへ……」
公成に背を抱かれて促されたそのとき、素早くふたりの前に鴇が現れた。
「安珠さま、お着替えを」
本日はパーティーなので、鴇はウェイター用の衣装であるグレーのジャケットとスラックスを身につけている。体躯が良いせいか、よく似合っていた。
給仕で忙しく立ち回っていると思ったのだが、事態を観察していたらしい。
だが公成は追い払うように掌を翳すと、安珠を抱えるように肩を抱いてきた。
「私が着替えさせよう。とっておきの誕生日プレゼントがあるんだ。おいで、私の天使」
仕方なく鴇に目で合図して、公成の独特な賛辞にげんなりしながら控え室に向かう。
落ち着いた調度品で纏められた休憩用の室内には、いくつもの椅子やソファが鎮座している。何室か用意されているが、パーティーの最中なので人影はない。
部屋に入ると、サイドテーブルに置かれた包みに目がいく。大きな箱に真紅のリボンがかけられているが、誰かの忘れ物だろうか。
「あれは……」
背後から扉が閉じられた音がする。途端に体の前へ回った男の手に、びくりと肩を跳ねさせた。
「私からの贈り物だ。開けてみてごらん」
上着の釦を外されて、肩から袖を抜かれる。公成は濡れた上着を脱がせただけだ。以前鴇に後ろから抱きしめられたことが脳裏を過ぎり、知らず鼓動が昂ぶる。平静を保ちながら、リボンを外して蓋を開けた。
箱に収められていたのは、真紅の夜会服だ。上着だけ羽織ってみると、肩も袖の長さも丁度良く、平均的なサイズより小さめである安珠の体格に合っていた。特注品らしい。
「ありがとう。よく僕のサイズが分かったな」
「それはもう。いつも安珠を眼に映しているからね。ただ君の体の詳細な部分を知らないから、着せてみるまでは心配だったな」
首元に手を這わせようとするので、さりげなく上着を脱いで躱す。
夜会服はいくつも所持しているが、こういった派手な色は安珠の好みではないので普段は着ない。いただいた贈り物を返すわけにもいかないので衣装部屋に飾られることになるだろう。
安珠は素早く上着を箱に仕舞い、広間に戻ろうとしたが、公成に腰を抱かれて阻止されてしまう。
「離してくれ」
「安珠は冷たいな。折角ふたりきりになれたんだ。一緒に楽しもうじゃないか」
「……もしかして、シャンパンを零したのは、わざとなのか?」
この状況にもっていくための策略だったのだろうか。
公成は微笑みながら片眼を瞑ると、耳元に囁いた。
「華の和音はどうして私には靡いてくれないんだい?」
ふいに耳朶に唇が触れて、ぞわりと総毛立つ。
公成は安珠が手練れだから、簡単に慰め合えると思っているのだ。真実を説明するわけにもいかないので拒絶するしかない。
何より、彼に触れられることを心が拒んでいる。
揉み合う内に体格差でソファに押し倒されてしまう。必死に抗う安珠をいとも容易く押さえ込んだ公成は唇を塞ごうとした。
「いっ……いやだ!」
誰とも口づけを交わしたことはない。
公成に初めての接吻を奪われたくない。
思いきり首を横に向けて避ければ、余裕の嗤いが降り注いだ。
「あまり焦らさないでくれ。そんなに嫌がられたら征服欲が燃えて……」
ガチャリと、唐突に扉が開いた。
驚いた公成と安珠は同時に顔を上げて、現れた人物に目をむける。
安珠の心臓は一瞬にして冷えた。
ソファの上で痴態を繰り広げるふたりを、鴇は平然として見遣っていた。
使用人だと知った公成は威嚇した声を上げる。
「邪魔をするな。ノックをしない非礼は許してやる。さっさと去れ」
だが鴇は公成の命令など意に介さず、後ろ手に扉を閉めた。悠然とした足取りで近寄ると、公成を押しのけて安珠を抱え起こす。
「安珠さま、こんなところにいらっしゃいましたか。旦那さまがお呼びです」
「そ、そうか。僕の誕生日だから、いないとお父さまも心配するだろうな。すぐに行く」
助かった。
ほっと胸を撫で下ろした安珠は鴇の腕に縋りつくようにして立ち上がる。公成は嘆息しながら首元のタイを整えていた。
鴇に背を抱かれて部屋を出ると、安堵はまた不安に入れ替わる。
危うく公成に接吻されてしまうところだった。鴇が来なければ、あのまま抱かれていたかもしれないと思うと、背筋を恐怖が這い上がる。
ぶるりと肩を震わせた安珠を、漆黒の双眸が気遣わしげに覗き込んできた。
「……自室でお休みになりますか?」
「今日の主役にシャンパンで濡れてしまったスーツを着せてはおけない。こちらへ……」
公成に背を抱かれて促されたそのとき、素早くふたりの前に鴇が現れた。
「安珠さま、お着替えを」
本日はパーティーなので、鴇はウェイター用の衣装であるグレーのジャケットとスラックスを身につけている。体躯が良いせいか、よく似合っていた。
給仕で忙しく立ち回っていると思ったのだが、事態を観察していたらしい。
だが公成は追い払うように掌を翳すと、安珠を抱えるように肩を抱いてきた。
「私が着替えさせよう。とっておきの誕生日プレゼントがあるんだ。おいで、私の天使」
仕方なく鴇に目で合図して、公成の独特な賛辞にげんなりしながら控え室に向かう。
落ち着いた調度品で纏められた休憩用の室内には、いくつもの椅子やソファが鎮座している。何室か用意されているが、パーティーの最中なので人影はない。
部屋に入ると、サイドテーブルに置かれた包みに目がいく。大きな箱に真紅のリボンがかけられているが、誰かの忘れ物だろうか。
「あれは……」
背後から扉が閉じられた音がする。途端に体の前へ回った男の手に、びくりと肩を跳ねさせた。
「私からの贈り物だ。開けてみてごらん」
上着の釦を外されて、肩から袖を抜かれる。公成は濡れた上着を脱がせただけだ。以前鴇に後ろから抱きしめられたことが脳裏を過ぎり、知らず鼓動が昂ぶる。平静を保ちながら、リボンを外して蓋を開けた。
箱に収められていたのは、真紅の夜会服だ。上着だけ羽織ってみると、肩も袖の長さも丁度良く、平均的なサイズより小さめである安珠の体格に合っていた。特注品らしい。
「ありがとう。よく僕のサイズが分かったな」
「それはもう。いつも安珠を眼に映しているからね。ただ君の体の詳細な部分を知らないから、着せてみるまでは心配だったな」
首元に手を這わせようとするので、さりげなく上着を脱いで躱す。
夜会服はいくつも所持しているが、こういった派手な色は安珠の好みではないので普段は着ない。いただいた贈り物を返すわけにもいかないので衣装部屋に飾られることになるだろう。
安珠は素早く上着を箱に仕舞い、広間に戻ろうとしたが、公成に腰を抱かれて阻止されてしまう。
「離してくれ」
「安珠は冷たいな。折角ふたりきりになれたんだ。一緒に楽しもうじゃないか」
「……もしかして、シャンパンを零したのは、わざとなのか?」
この状況にもっていくための策略だったのだろうか。
公成は微笑みながら片眼を瞑ると、耳元に囁いた。
「華の和音はどうして私には靡いてくれないんだい?」
ふいに耳朶に唇が触れて、ぞわりと総毛立つ。
公成は安珠が手練れだから、簡単に慰め合えると思っているのだ。真実を説明するわけにもいかないので拒絶するしかない。
何より、彼に触れられることを心が拒んでいる。
揉み合う内に体格差でソファに押し倒されてしまう。必死に抗う安珠をいとも容易く押さえ込んだ公成は唇を塞ごうとした。
「いっ……いやだ!」
誰とも口づけを交わしたことはない。
公成に初めての接吻を奪われたくない。
思いきり首を横に向けて避ければ、余裕の嗤いが降り注いだ。
「あまり焦らさないでくれ。そんなに嫌がられたら征服欲が燃えて……」
ガチャリと、唐突に扉が開いた。
驚いた公成と安珠は同時に顔を上げて、現れた人物に目をむける。
安珠の心臓は一瞬にして冷えた。
ソファの上で痴態を繰り広げるふたりを、鴇は平然として見遣っていた。
使用人だと知った公成は威嚇した声を上げる。
「邪魔をするな。ノックをしない非礼は許してやる。さっさと去れ」
だが鴇は公成の命令など意に介さず、後ろ手に扉を閉めた。悠然とした足取りで近寄ると、公成を押しのけて安珠を抱え起こす。
「安珠さま、こんなところにいらっしゃいましたか。旦那さまがお呼びです」
「そ、そうか。僕の誕生日だから、いないとお父さまも心配するだろうな。すぐに行く」
助かった。
ほっと胸を撫で下ろした安珠は鴇の腕に縋りつくようにして立ち上がる。公成は嘆息しながら首元のタイを整えていた。
鴇に背を抱かれて部屋を出ると、安堵はまた不安に入れ替わる。
危うく公成に接吻されてしまうところだった。鴇が来なければ、あのまま抱かれていたかもしれないと思うと、背筋を恐怖が這い上がる。
ぶるりと肩を震わせた安珠を、漆黒の双眸が気遣わしげに覗き込んできた。
「……自室でお休みになりますか?」
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