みちのく銀山温泉

沖田弥子

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第二章 ムゾウ

凜子の誘い

 共犯とはひどい言い方だけれど、ククルが神社の外で手紙や栞を作成しているのだとしたら、手助けをしてくれる人がいるのが自然だ。半妖のククルは誰からも認識できる。
 そのとき、枝から飛んだククルが神社の裏手の方角へ向かっていった。体が丸くて羽も小さめなので、ほかの鳥のように華麗に飛べず、よろけるように飛んでいる。

「よし、車で追うぞ。あいつは長距離は飛べないだろうから、目的の場所はそう遠くないはず……だ」

 車に乗り込もうとした圭史郎さんだが、ククルの向かった先を見て手を止める。
 下降したククルは、近所の家のベランダに降り立った。ここから目視できる距離である。

「まさか、あそこなんですか⁉ 徒歩五分くらいですね……」
「なるほどな。地を這うムゾウからは見つからないだろう。そうすると近場のほうがいい」

 私たちは徒歩でククルが降り立った家へ向かった。
 そこはごくふつうの一軒家で、表札には『川谷』と刻印されている。凜子さんの署名は名前のみなので、苗字は不明だ。
 ククルに見つからないよう、塀の陰からベランダを見上げる。
 そこにはもうククルはいなかったが、ほんの少しだけ、室内に続く窓が開いていた。ククルはあそこから部屋へ入ったようだ。

「ここからはよく見えないですね。部屋の中に誰かいるんでしょうか」
「いるだろうな。二階の部屋ということは、この家の子どもか……?」

 小学生くらいなら、不思議な鳩にペンやレターセットを貸して作業を見守るといったことをするかもしれない。
 けれど、凜子さんの正体がククルだとしたら、どうしてそれを明かすようなことを匂わせるのだろう。ずっとムゾウと文通を重ねていても、誰にも気づかれないはずなのに。
『大切なことを話さなければならない』という言い方は、真実を打ち明けるのだと思える。それはククルの良心が呵責に耐えきれなくなったということだろうか。
 けれど、その提案をしてから進展のないまま、随分と時間が経過しているのが気になった。
 ムゾウはあんなに悩んでいるのに、懊悩させている張本人であるククルはそれを三か月も傍で眺めているのだ。ククルに悩んでいる気配は見られないが、彼女は何とも思わないのだろうか。
 何か大切なことを見落としている気がする。
 首を傾げたそのとき、ふいにククルが窓の隙間から出てきた。ムゾウの手紙とは異なる封筒を咥えている。
 私は慌てて身を屈めた。ベランダから飛び立ったククルは、まっすぐに神社へ向かっていく。
 はっとして振り向いたとき、すでに窓は閉じられていた。室内にいた人物が閉めたのだ。

「圭史郎さん、窓を閉めたのがどんな人か見ました?」
「いや、よく見えなかった。だが場所は判明したわけだから、あとからでも確認できる。ククルは新しい手紙を持っていたな。まずは内容を見てからにするか」
「そうですね。神社に戻りましょう」

 走って神社へ向かい、社の中を覗いてみる。するとそこには、すでに手紙を手にしたムゾウが身を震わせていた。ククルは無表情で座っている。

「あああ、おかえりなさい……。きましたよ、凜子さんからのお返事が……あわわ、どうしよう」

 動揺するムゾウに冷めた視線を投げた圭史郎さんは、どかりと腰を下ろした。

「随分と早かったな。凜子はいつもこんなに返事を出すのが早いのか?」

 挑発するような物言いだが、ククルは微動だにしない。ムゾウは何も疑っていないようで、透視するかのようにじっと手紙を見つめている。

「すぐに返事が来るときもあれば、数日かかるときもありますよ。今日はたまたま仕事が休みだったんじゃないでしょうか。そうだろう、ククル」
「クルッポ」

 同意するかのようにククルはひと声鳴いた。感情が顔に出にくいので、ククルが何を考えているのかわからない。
 圭史郎さんは無造作にムゾウから手紙を奪った。

「じゃあ、早速手紙を見るぞ。話はそれからだ」
「ちょっと、返してくださいよ! まだ心の準備が……わああ、指紋つけないでください!」

 膝に追い縋るものの、体高の低い泥の体は手紙を取り返すことができない。圭史郎さんは容赦なく封筒から取り出した手紙を広げる。
 私たちは顔を突き出し、凜子さんからの返事を目で追った。
 けれどすぐに、みんなの熱量はすうと引いてしまう。
 そこには短く、こう記してあった。

『親愛なる綾小路輝彦さま
 お加減が悪いのかと心配していましたが、お元気になったようでよかったです。明日の一三時、プリズムホテルにぜひいらしてください。そこでお話ししましょう。お待ちしています。凜子』

 急いで書いたのだとわかる文字で、少々乱れている。
 ムゾウの告白に対する返事も、前回の手紙で示唆されていた『大切なこと』にも触れていない。ムゾウは近況と謝罪しか述べなかったので、それに対する返事としては適切かもしれないけれど。
『大切なこと』のヒントが得られるかもと期待していた私は、がっかりして腰を落ち着けた。
 手紙を熟読した圭史郎さんは眉をひそめる。

「明日会って話そうとは、突然だな。凜子は前にもこんな提案をしてきたことがあったのか?」
「いいえ、初めてです。いつか会いたいですね、なんてやり取りをしたことはありましたが、ぼくが凜子さんに会えるわけありませんので、そのときは話が流れました。でもまさか、具体的に時間と場所を指定するなんて……しかも、明日だなんて……どどどどうしましょう⁉」
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