59 / 88
第二章 ムゾウ
虚構
しおりを挟む
うろうろと歩き回るムゾウは戸惑っている。圭史郎さんは、ちらりと横目でククルを見やった。彼女は「ポー……」と鳴いて、右往左往するムゾウを眺めている。
「プリズムホテルといえば、市内にある大きなホテルですね……。デートの場所と考えるなら、とても高級な雰囲気だと思います」
「デデデデート⁉ ぼくと凜子さんが⁉ そんなぁ、どうしよう、心の準備がまだできてないのにどうしよう~……」
ムゾウは困りながらも、とても嬉しそうに飛び跳ねている。
突然のこととはいえ、好意を抱いていた文通相手に直に会えるのだから、嬉しくないわけがない。しかも高級ホテルを指定してきたのは、『イケメン御曹司の綾小路輝彦』に見合う場所として考えた結果といえる。
「そうだ! お土産が必要ですよね。ああ、どうしよう、どんぐりは全部解放しちゃったしなぁ~」
「手作りのお菓子はどうですか? 花湯屋に厨房がありますから、みんなで作りましょう」
「そ、そうですか? ぼくなんかが行ってもいいんですか?」
「もちろんです。花湯屋はあやかしお宿ですから。ぜひククルと一緒に今晩は泊まってください」
「若女将さまがそうおっしゃるなら……ククル、行こう! すごいぞ、今夜は温泉旅館に泊まって、明日はホテルで凜子さんとデートだ!」
「ポー……」
初めての経験が目白押しなので盛り上がるムゾウに対し、ククルはといえば今ひとつ反応が薄い。
ムゾウはたった今、受け取った凜子さんからの手紙を丁寧に重箱に仕舞うと、代わりに何かを探ってから体に取り込んでいる。そうしてムゾウが転げるようにして社から出ると、ククルもあとをついてきた。
ククルとムゾウを私の膝の上にのせて、圭史郎さんは車を発進させる。
途中、凜子さんの家の前を通ったが、私は黙していた。
ムゾウを連れているので、今、凜子さんの正体を確かめるわけにはいかない。それに、明日になれば会えるのだから。
圭史郎さんはククルが偽っているのだと言っていたけれど……
「あっ、そういえば、花湯屋に泊まるには銀鉱山で銀を採掘しないといけないんですよね?」
突然のムゾウの発言に、ベランダを横目で見ていた私は慌てて意識を引き戻す。
「えっ、ええ……そうですね。みなさんから銀粒をお代としていただいてます」
「クルッポ!」
背中を向けたククルが、ムゾウの泥の体をのせるようにして尻尾を揺らす。
「ククル、連れていってくれるのか? ぼくは動きが遅いから、ククルがのせてくれると助かるよ。……でもなぁ、銀鉱山の主は上級クラス以上のあやかしだという噂だし、ぼくなんかが行ったら追い払われちゃうかもしれないし……」
最下級のあやかしであるというコンプレックスゆえに、またもや懊悩を始めたムゾウを、ククルは羽で強引にのせた。
「クルッポッポー」
行ってきますと言ったような気がした私は車の窓を開ける。すると、ムゾウをのせたククルは羽ばたいて、瞬く間に上空へ飛翔した。
「わああ、ククル、もうちょっとゆっくり!」
「気をつけて行ってきてくださいね。私たちは先に花湯屋に戻ってます」
ムゾウの騒ぎ声が次第に遠ざかる。小さな点になったふたりを見守りつつ、私は黙して運転している圭史郎さんに向けて、ぽつりと呟いた。
「ムゾウは凜子さんの家があそこだということを、知らないんですよね……」
「知らないだろうな。地を這う泥のあやかしは、近くしか見えない。近距離ですら自力で移動するのも困難なはずだ。ムゾウは耳年増なだけで、あいつの世界はごく狭い」
狭い世界で地を這ってきたムゾウは、凜子さんとデートすることになって浮かれていた。
そんな彼が、もし傷つけられる結果になったらどうしよう。
「本当に明日、凜子さんは来てくれるのでしょうか……」
「来るわけないだろ。凜子なんて存在しないんだからな」
呆れたように圭史郎さんが吐き捨てるので、私の唇が尖る。
圭史郎さんは、凜子さんの手紙はククルが書いていると確信しているのだ。
「はっきり言いますよね。まだ、わからないじゃないですか」
「答えはわかりきってる。綾小路輝彦が虚構であるように、凜子だって偽の姿なのさ。だがムゾウ自身が偽っているわけだから、相手を責めることはできないだろう。明日、ククルの嘘がバレてあいつが怒り出したらそう言ってやれ」
「完全にククルを疑ってますね。私としては、圭史郎さんの予想には疑問がありますけど」
「どこが」
「明日、凜子さんが現れなかったら、ムゾウはショックを受けてしまいます。ムゾウを傷つけるようなことを、あえてククルがするでしょうか?」
ククルがムゾウのために凜子さんを装っているのなら、会って話そうとは持ちかけないだろうと思う。互いに偽っているふたりが直接会うとなると、文通で築き上げた世界が壊れてしまう。
「傷つくことも必要だろ。ククルは偽り続けるのに疲れたんじゃないのか? それも、どうせ明日になれば明らかになるんだ。……と、帰ってきたようだな」
「プリズムホテルといえば、市内にある大きなホテルですね……。デートの場所と考えるなら、とても高級な雰囲気だと思います」
「デデデデート⁉ ぼくと凜子さんが⁉ そんなぁ、どうしよう、心の準備がまだできてないのにどうしよう~……」
ムゾウは困りながらも、とても嬉しそうに飛び跳ねている。
突然のこととはいえ、好意を抱いていた文通相手に直に会えるのだから、嬉しくないわけがない。しかも高級ホテルを指定してきたのは、『イケメン御曹司の綾小路輝彦』に見合う場所として考えた結果といえる。
「そうだ! お土産が必要ですよね。ああ、どうしよう、どんぐりは全部解放しちゃったしなぁ~」
「手作りのお菓子はどうですか? 花湯屋に厨房がありますから、みんなで作りましょう」
「そ、そうですか? ぼくなんかが行ってもいいんですか?」
「もちろんです。花湯屋はあやかしお宿ですから。ぜひククルと一緒に今晩は泊まってください」
「若女将さまがそうおっしゃるなら……ククル、行こう! すごいぞ、今夜は温泉旅館に泊まって、明日はホテルで凜子さんとデートだ!」
「ポー……」
初めての経験が目白押しなので盛り上がるムゾウに対し、ククルはといえば今ひとつ反応が薄い。
ムゾウはたった今、受け取った凜子さんからの手紙を丁寧に重箱に仕舞うと、代わりに何かを探ってから体に取り込んでいる。そうしてムゾウが転げるようにして社から出ると、ククルもあとをついてきた。
ククルとムゾウを私の膝の上にのせて、圭史郎さんは車を発進させる。
途中、凜子さんの家の前を通ったが、私は黙していた。
ムゾウを連れているので、今、凜子さんの正体を確かめるわけにはいかない。それに、明日になれば会えるのだから。
圭史郎さんはククルが偽っているのだと言っていたけれど……
「あっ、そういえば、花湯屋に泊まるには銀鉱山で銀を採掘しないといけないんですよね?」
突然のムゾウの発言に、ベランダを横目で見ていた私は慌てて意識を引き戻す。
「えっ、ええ……そうですね。みなさんから銀粒をお代としていただいてます」
「クルッポ!」
背中を向けたククルが、ムゾウの泥の体をのせるようにして尻尾を揺らす。
「ククル、連れていってくれるのか? ぼくは動きが遅いから、ククルがのせてくれると助かるよ。……でもなぁ、銀鉱山の主は上級クラス以上のあやかしだという噂だし、ぼくなんかが行ったら追い払われちゃうかもしれないし……」
最下級のあやかしであるというコンプレックスゆえに、またもや懊悩を始めたムゾウを、ククルは羽で強引にのせた。
「クルッポッポー」
行ってきますと言ったような気がした私は車の窓を開ける。すると、ムゾウをのせたククルは羽ばたいて、瞬く間に上空へ飛翔した。
「わああ、ククル、もうちょっとゆっくり!」
「気をつけて行ってきてくださいね。私たちは先に花湯屋に戻ってます」
ムゾウの騒ぎ声が次第に遠ざかる。小さな点になったふたりを見守りつつ、私は黙して運転している圭史郎さんに向けて、ぽつりと呟いた。
「ムゾウは凜子さんの家があそこだということを、知らないんですよね……」
「知らないだろうな。地を這う泥のあやかしは、近くしか見えない。近距離ですら自力で移動するのも困難なはずだ。ムゾウは耳年増なだけで、あいつの世界はごく狭い」
狭い世界で地を這ってきたムゾウは、凜子さんとデートすることになって浮かれていた。
そんな彼が、もし傷つけられる結果になったらどうしよう。
「本当に明日、凜子さんは来てくれるのでしょうか……」
「来るわけないだろ。凜子なんて存在しないんだからな」
呆れたように圭史郎さんが吐き捨てるので、私の唇が尖る。
圭史郎さんは、凜子さんの手紙はククルが書いていると確信しているのだ。
「はっきり言いますよね。まだ、わからないじゃないですか」
「答えはわかりきってる。綾小路輝彦が虚構であるように、凜子だって偽の姿なのさ。だがムゾウ自身が偽っているわけだから、相手を責めることはできないだろう。明日、ククルの嘘がバレてあいつが怒り出したらそう言ってやれ」
「完全にククルを疑ってますね。私としては、圭史郎さんの予想には疑問がありますけど」
「どこが」
「明日、凜子さんが現れなかったら、ムゾウはショックを受けてしまいます。ムゾウを傷つけるようなことを、あえてククルがするでしょうか?」
ククルがムゾウのために凜子さんを装っているのなら、会って話そうとは持ちかけないだろうと思う。互いに偽っているふたりが直接会うとなると、文通で築き上げた世界が壊れてしまう。
「傷つくことも必要だろ。ククルは偽り続けるのに疲れたんじゃないのか? それも、どうせ明日になれば明らかになるんだ。……と、帰ってきたようだな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつもりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。