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第二章 ムゾウ
花湯屋へ
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軽トラが白銀橋を渡ると、花湯屋の前に降り立ったククルとムゾウの姿が見えた。コロさんがふたりを出迎えている。
「おかえりなさい、若女将さん、圭史郎さん! 今晩はムゾウさんとククルさんが花湯屋に泊まってくれるんだって」
「ただいま帰りました、コロさん。さっきふたりに神社で会ったので、私がお誘いしたんですよ。みんなでお菓子を作る予定なんです」
「わぁい、楽しみだね」
飛び跳ねるコロさんを、ククルの背にのっているムゾウはなぜか恐れるように泥の体を波打たせながら一つ目で見ていた。
「あ、あの、若女将さま、これ……ククルのとふたり分です」
おそるおそるムゾウが差し出した銀粒は、きらきらと光り輝いている。無事に銀鉱山へ寄ってこられたようだ。私は両手でふたつの銀粒を受け取る。
「ありがとうございます。頂戴しますね。それでは花湯屋へどうぞ」
「入っていいんですよね……。ぼ、ぼくなんかがあやかしお宿に……ぼくたち、いじめられないよな、ククル……」
「クルッポ」
怯えるムゾウは、花湯屋の噂は知っていても、宿泊するのは初めてらしい。ククルは昨日手紙を届けてくれて泊まったので、平然としていた。
「大丈夫ですよ。おふたりは銀粒を払ってくれましたから、花湯屋のお客様です。何か困ったことがあったら、いつでも私に申しつけてくださいね」
「宿は暇だからな。今は子鬼ふたりと、この看板犬しかいない。おまえたちを見下すような上級あやかしはいないから安心しろ」
身も蓋もなく述べた圭史郎さんは軽トラを発進させ、駐車場へと移動させた。若女将としてお客様を安心させてあげようとした私の気遣いが、まるで延べ棒で平らにされたようである。
頬を引きつらせつつ、ふたりを臙脂の暖簾へ案内する。こちらは、あやかしのお客様がくぐるほうだ。
「談話室へどうぞ。お茶をご用意しますね」
「お、おかまいなく。……ん? どうした、ククル」
ムゾウを背にのせたまま飛んでいたククルが、どさりと私の肩にのってきた。ぜえぜえと荒い呼吸をしているので、疲れてしまったらしい。この丸々とした体でムゾウをのせて銀鉱山へ寄り、花湯屋まで飛んできたのだから、ククルにとってはかなりの負担だったはずだ。
私は肩にとまったククルを、ムゾウごと腕に抱きかかえた。
「疲れてしまったみたいですね。ククル、談話室で休んでください」
「クルルゥ……」
「なんだ、ククル。ちょっと飛んだだけなのに情けないぞ」
ずっとククルの背中にのっていただけのムゾウが、咎めるように言った。
最下級のあやかしというレッテルにより卑屈なムゾウだが、ククルに対してだけは遠慮がない。それもふたりの間に信頼関係があるゆえとも取れるけれど。
ククルを談話室のソファに寝かせて、私は隣室の神棚がある部屋へ足を向けた。
そこには、お代の銀粒を入れるひょうたんが鎮座している。
「今日もお代をいただきました」
リーン……と流麗な音色を奏でて、銀粒がひょうたんに吸い込まれる。
私の腕にどろどろと巻きついていたムゾウは、驚いたように一つ目を瞠った。
「うん? このひょうたんの口から、銀山さんの気配が漂ってきますね」
「銀山さん……ですか?」
不思議なひょうたんは、あやかしだけが出入りできる秘密の銀鉱につながっているらしく、底がない。お客様から頂戴した銀粒は銀鉱山に戻る仕組みになっているのだ。
「ぼくのような最下級のあやかしにも大変親切にしてくださって……あ、でも若女将さまがご存知ないのでしたら、銀山さんのことは秘密にしておくべきなのかもしれません。どうか忘れてください」
以前、人間だった子鬼たちがいかにして花湯屋を訪れることになったのかという過去を蒼龍から聞いたけれど、彼らが銀山さんというあやかしに会ったことを思い出した。
どうやら秘密の銀鉱には主のような存在がいるらしい。
けれど、そこに入れるのはあやかしたちだけなので、私は銀山さんに直接会ったことはなかった。
銀山さんのことも気になるけれど、今はククルの様子が心配だ。
談話室へ戻ってみると、ソファに座るククルの隣には茜と蒼龍がいた。
「おかえり、ククル。疲れても温泉に入ると元気が出るよ」
「今日も泊まるんだろ? オレたちと一緒にお風呂に入ろう」
「ポ」
ククルを挟んで楽しげに話している。それを見たムゾウが悲鳴じみた声を上げた。
「お、鬼だ! ククル、離れるんだ、羽を毟られるぞ!」
私の腕から飛び降りたムゾウは、慌てて這いずりながらソファへ向かった。
けれど、ソファに上れないようで、うろうろと床をさまよっている。
見かねた茜と蒼龍がソファから飛び降り、よいしょとムゾウの体をふたりで抱え上げてジャンプする。ムゾウは無事にククルの傍に来ることができた。
「あたしは茜。子鬼だね」
「オレは蒼龍。オレたちは悪い鬼じゃないから、羽を毟るなんてしないぞ」
「あ……そうでしたか。昔の鬼は大変偉ぶっていたものですから、ぼくは何度も踏みつけられたものでして。でも、あなたがたはそういった鬼とは違うのですね。失礼いたしました。ぼくはムゾウです。ククルとは相棒です」
「クルッポ」
「おかえりなさい、若女将さん、圭史郎さん! 今晩はムゾウさんとククルさんが花湯屋に泊まってくれるんだって」
「ただいま帰りました、コロさん。さっきふたりに神社で会ったので、私がお誘いしたんですよ。みんなでお菓子を作る予定なんです」
「わぁい、楽しみだね」
飛び跳ねるコロさんを、ククルの背にのっているムゾウはなぜか恐れるように泥の体を波打たせながら一つ目で見ていた。
「あ、あの、若女将さま、これ……ククルのとふたり分です」
おそるおそるムゾウが差し出した銀粒は、きらきらと光り輝いている。無事に銀鉱山へ寄ってこられたようだ。私は両手でふたつの銀粒を受け取る。
「ありがとうございます。頂戴しますね。それでは花湯屋へどうぞ」
「入っていいんですよね……。ぼ、ぼくなんかがあやかしお宿に……ぼくたち、いじめられないよな、ククル……」
「クルッポ」
怯えるムゾウは、花湯屋の噂は知っていても、宿泊するのは初めてらしい。ククルは昨日手紙を届けてくれて泊まったので、平然としていた。
「大丈夫ですよ。おふたりは銀粒を払ってくれましたから、花湯屋のお客様です。何か困ったことがあったら、いつでも私に申しつけてくださいね」
「宿は暇だからな。今は子鬼ふたりと、この看板犬しかいない。おまえたちを見下すような上級あやかしはいないから安心しろ」
身も蓋もなく述べた圭史郎さんは軽トラを発進させ、駐車場へと移動させた。若女将としてお客様を安心させてあげようとした私の気遣いが、まるで延べ棒で平らにされたようである。
頬を引きつらせつつ、ふたりを臙脂の暖簾へ案内する。こちらは、あやかしのお客様がくぐるほうだ。
「談話室へどうぞ。お茶をご用意しますね」
「お、おかまいなく。……ん? どうした、ククル」
ムゾウを背にのせたまま飛んでいたククルが、どさりと私の肩にのってきた。ぜえぜえと荒い呼吸をしているので、疲れてしまったらしい。この丸々とした体でムゾウをのせて銀鉱山へ寄り、花湯屋まで飛んできたのだから、ククルにとってはかなりの負担だったはずだ。
私は肩にとまったククルを、ムゾウごと腕に抱きかかえた。
「疲れてしまったみたいですね。ククル、談話室で休んでください」
「クルルゥ……」
「なんだ、ククル。ちょっと飛んだだけなのに情けないぞ」
ずっとククルの背中にのっていただけのムゾウが、咎めるように言った。
最下級のあやかしというレッテルにより卑屈なムゾウだが、ククルに対してだけは遠慮がない。それもふたりの間に信頼関係があるゆえとも取れるけれど。
ククルを談話室のソファに寝かせて、私は隣室の神棚がある部屋へ足を向けた。
そこには、お代の銀粒を入れるひょうたんが鎮座している。
「今日もお代をいただきました」
リーン……と流麗な音色を奏でて、銀粒がひょうたんに吸い込まれる。
私の腕にどろどろと巻きついていたムゾウは、驚いたように一つ目を瞠った。
「うん? このひょうたんの口から、銀山さんの気配が漂ってきますね」
「銀山さん……ですか?」
不思議なひょうたんは、あやかしだけが出入りできる秘密の銀鉱につながっているらしく、底がない。お客様から頂戴した銀粒は銀鉱山に戻る仕組みになっているのだ。
「ぼくのような最下級のあやかしにも大変親切にしてくださって……あ、でも若女将さまがご存知ないのでしたら、銀山さんのことは秘密にしておくべきなのかもしれません。どうか忘れてください」
以前、人間だった子鬼たちがいかにして花湯屋を訪れることになったのかという過去を蒼龍から聞いたけれど、彼らが銀山さんというあやかしに会ったことを思い出した。
どうやら秘密の銀鉱には主のような存在がいるらしい。
けれど、そこに入れるのはあやかしたちだけなので、私は銀山さんに直接会ったことはなかった。
銀山さんのことも気になるけれど、今はククルの様子が心配だ。
談話室へ戻ってみると、ソファに座るククルの隣には茜と蒼龍がいた。
「おかえり、ククル。疲れても温泉に入ると元気が出るよ」
「今日も泊まるんだろ? オレたちと一緒にお風呂に入ろう」
「ポ」
ククルを挟んで楽しげに話している。それを見たムゾウが悲鳴じみた声を上げた。
「お、鬼だ! ククル、離れるんだ、羽を毟られるぞ!」
私の腕から飛び降りたムゾウは、慌てて這いずりながらソファへ向かった。
けれど、ソファに上れないようで、うろうろと床をさまよっている。
見かねた茜と蒼龍がソファから飛び降り、よいしょとムゾウの体をふたりで抱え上げてジャンプする。ムゾウは無事にククルの傍に来ることができた。
「あたしは茜。子鬼だね」
「オレは蒼龍。オレたちは悪い鬼じゃないから、羽を毟るなんてしないぞ」
「あ……そうでしたか。昔の鬼は大変偉ぶっていたものですから、ぼくは何度も踏みつけられたものでして。でも、あなたがたはそういった鬼とは違うのですね。失礼いたしました。ぼくはムゾウです。ククルとは相棒です」
「クルッポ」
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