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第二章 ムゾウ
よもぎクッキー 2
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私はムゾウとククルのための茶碗も伏せる。
「どうぞ、ふたりも一緒に混ぜ合わせてください」
「い、いえ、ぼくは泥ですから汚いので遠慮します」
「クルゥ……」
ムゾウとククルは初めてのお菓子作りに臆している。圭史郎さんは別のボウルにバターを入れると、砂糖を計量しつつ、ぼやいた。
「おまえたちのために作るんだろうが。明日は凜子に渡そうと思っても結局……」
「そ、そういえばクッキーにココアとかで色をつけたりしますよね! ああいうのって、お洒落ですよね!」
結局空振りになる、と言い出しかねない圭史郎さんの呟きを慌てて遮る。
今はみんなが楽しく調理しているので、水を差すのは遠慮してほしい。
ひとまず口を噤んだ圭史郎さんは、緑色の粉が入った袋を手渡してきた。濃い色合いは、お茶のパウダーのようだ。
「何ですか、これ?」
「よもぎ粉だ。あいにくココアはないから、これを少し入れろ」
「よもぎ……確か、草の名前ですよね。ハーブでしたっけ?」
「山や道端に自生する多年草だ。キク科だから葉の形は菊に近いが、花はごく小さい。春に若芽を摘んで餅に入れることから、モチグサとも呼ばれる。食用のほかにも漢方薬や灸にも利用される」
よもぎは、とても役立つ草なのだ。こうして粉にして、手軽に料理に混ぜられるらしい。
私はスプーンで小さじ一杯のよもぎ粉を掬い、子鬼たちが混ぜている小麦粉に加えた。すると全体が鮮やかな萌葱色に変わる。
「このくらいでしょうか」
「それでいい。バターと砂糖のほうは俺が混ぜてやる」
室温で柔らかくしたバターに砂糖を半分ほど加える。圭史郎さんは泡立て器を操り、軽快な音を奏でた。バターと砂糖が絡み合って溶けていき、白っぽい色になる。残りの砂糖を投入し、バニラエッセンスを数滴入れると、甘い香りが辺りに漂った。
「溶き卵をくれ。ムゾウ、割ってくれ」
「えええ、ぼくが割るんですか⁉ 卵を⁉」
「おまえも何かしろ。卵を割っても、ひよこは生まれないから恐れなくていい」
圭史郎さんの冗談に微苦笑を零した私は、冷蔵庫から卵をひとつ取り出した。小さな器とともにムゾウの前に置く。緊張しているのか体を波打たせたムゾウは、おそるおそる卵に手をかけた。
「ぼ、ぼくが卵を割るという大役を担うなんて……これ、器の角にコンコンとぶつけて殻を割るんですよね。こ、こうですかね」
器の角に卵をぴたりとくっつけたムゾウだが、割る勇気がなかなか出ないようで、そのまま動かない。
すると、ククルが嘴で卵を突いた。
ぱかっと真っ二つに割れた卵の殻から、とろりとした黄身と白身が器に零れる。
突然のことに驚いたムゾウは、割れた殻を振り回した。
「わああ、何するんだククル! ああっ、殻が入ってしまったじゃないか」
小粒の殻が白身にぽつんと浮いている。
殻が混入したのはムゾウが振り回したせいだと思うけれど、怒られたククルは、しゅんとして頭を下げた。
「クルゥ……」
「殻が入ったら、お箸で取れば大丈夫ですよ。ククルはムゾウが困っていると思って、手伝ってあげようとしたんじゃないでしょうか」
「そ、そうなのか、ククル?」
「クルッポ! ポッポ、クルルゥ」
そのとおりだけれど失敗してしまったと、ククルは言っているようだ。彼女の懸命な訴えに、ムゾウは怒りを収めた。
「しょうがないな。許してやるから、今度からは気をつけるんだぞ」
「クルッポ」
白身に混ざった殻を箸で取り除きつつ、私はふたりのやり取りに微苦笑を零す。
ククルには偉そうな態度のムゾウだけれど、それもふたりの仲のよさを表していた。
溶いた卵を、圭史郎さんが混ぜているほうのボウルに投入する。
そのとき、子鬼たちが大きく息を吐いて泡立て器を置いた。
「ふう。これくらいでいいよね」
「ふう。緑色がきれいだね」
「よし。小麦粉のほうを、こっちのボウルに混ぜるんだ」
圭史郎さんが混ぜたバターと卵は、まるでホイップクリームのようにとろりとしている。
子鬼たちは小さな腕を上げて、自らが混ぜたボウルを傾けた。
「ぼ、ぼくたちも手伝いましょう。なあ、ククル」
「クルッポ」
みんなでボウルから、そろりそろりと小麦粉を混ぜていく。
圭史郎さんはゴムべらに持ち替えて、さっくりと生地のもとを混ぜ合わせた。やがて、もったりしてきた生地をまな板にのせ、棒状にしてからラップに包む。
「少し冷蔵庫で生地を寝かせるんだ。その間にオーブンを予熱しておく」
そう言って圭史郎さんは冷蔵庫に生地を入れてから、厨房にあるオーブンを操作した。私が道具を片付けて洗っていると、ふいに蒼龍がムゾウに訊ねる。
「どうぞ、ふたりも一緒に混ぜ合わせてください」
「い、いえ、ぼくは泥ですから汚いので遠慮します」
「クルゥ……」
ムゾウとククルは初めてのお菓子作りに臆している。圭史郎さんは別のボウルにバターを入れると、砂糖を計量しつつ、ぼやいた。
「おまえたちのために作るんだろうが。明日は凜子に渡そうと思っても結局……」
「そ、そういえばクッキーにココアとかで色をつけたりしますよね! ああいうのって、お洒落ですよね!」
結局空振りになる、と言い出しかねない圭史郎さんの呟きを慌てて遮る。
今はみんなが楽しく調理しているので、水を差すのは遠慮してほしい。
ひとまず口を噤んだ圭史郎さんは、緑色の粉が入った袋を手渡してきた。濃い色合いは、お茶のパウダーのようだ。
「何ですか、これ?」
「よもぎ粉だ。あいにくココアはないから、これを少し入れろ」
「よもぎ……確か、草の名前ですよね。ハーブでしたっけ?」
「山や道端に自生する多年草だ。キク科だから葉の形は菊に近いが、花はごく小さい。春に若芽を摘んで餅に入れることから、モチグサとも呼ばれる。食用のほかにも漢方薬や灸にも利用される」
よもぎは、とても役立つ草なのだ。こうして粉にして、手軽に料理に混ぜられるらしい。
私はスプーンで小さじ一杯のよもぎ粉を掬い、子鬼たちが混ぜている小麦粉に加えた。すると全体が鮮やかな萌葱色に変わる。
「このくらいでしょうか」
「それでいい。バターと砂糖のほうは俺が混ぜてやる」
室温で柔らかくしたバターに砂糖を半分ほど加える。圭史郎さんは泡立て器を操り、軽快な音を奏でた。バターと砂糖が絡み合って溶けていき、白っぽい色になる。残りの砂糖を投入し、バニラエッセンスを数滴入れると、甘い香りが辺りに漂った。
「溶き卵をくれ。ムゾウ、割ってくれ」
「えええ、ぼくが割るんですか⁉ 卵を⁉」
「おまえも何かしろ。卵を割っても、ひよこは生まれないから恐れなくていい」
圭史郎さんの冗談に微苦笑を零した私は、冷蔵庫から卵をひとつ取り出した。小さな器とともにムゾウの前に置く。緊張しているのか体を波打たせたムゾウは、おそるおそる卵に手をかけた。
「ぼ、ぼくが卵を割るという大役を担うなんて……これ、器の角にコンコンとぶつけて殻を割るんですよね。こ、こうですかね」
器の角に卵をぴたりとくっつけたムゾウだが、割る勇気がなかなか出ないようで、そのまま動かない。
すると、ククルが嘴で卵を突いた。
ぱかっと真っ二つに割れた卵の殻から、とろりとした黄身と白身が器に零れる。
突然のことに驚いたムゾウは、割れた殻を振り回した。
「わああ、何するんだククル! ああっ、殻が入ってしまったじゃないか」
小粒の殻が白身にぽつんと浮いている。
殻が混入したのはムゾウが振り回したせいだと思うけれど、怒られたククルは、しゅんとして頭を下げた。
「クルゥ……」
「殻が入ったら、お箸で取れば大丈夫ですよ。ククルはムゾウが困っていると思って、手伝ってあげようとしたんじゃないでしょうか」
「そ、そうなのか、ククル?」
「クルッポ! ポッポ、クルルゥ」
そのとおりだけれど失敗してしまったと、ククルは言っているようだ。彼女の懸命な訴えに、ムゾウは怒りを収めた。
「しょうがないな。許してやるから、今度からは気をつけるんだぞ」
「クルッポ」
白身に混ざった殻を箸で取り除きつつ、私はふたりのやり取りに微苦笑を零す。
ククルには偉そうな態度のムゾウだけれど、それもふたりの仲のよさを表していた。
溶いた卵を、圭史郎さんが混ぜているほうのボウルに投入する。
そのとき、子鬼たちが大きく息を吐いて泡立て器を置いた。
「ふう。これくらいでいいよね」
「ふう。緑色がきれいだね」
「よし。小麦粉のほうを、こっちのボウルに混ぜるんだ」
圭史郎さんが混ぜたバターと卵は、まるでホイップクリームのようにとろりとしている。
子鬼たちは小さな腕を上げて、自らが混ぜたボウルを傾けた。
「ぼ、ぼくたちも手伝いましょう。なあ、ククル」
「クルッポ」
みんなでボウルから、そろりそろりと小麦粉を混ぜていく。
圭史郎さんはゴムべらに持ち替えて、さっくりと生地のもとを混ぜ合わせた。やがて、もったりしてきた生地をまな板にのせ、棒状にしてからラップに包む。
「少し冷蔵庫で生地を寝かせるんだ。その間にオーブンを予熱しておく」
そう言って圭史郎さんは冷蔵庫に生地を入れてから、厨房にあるオーブンを操作した。私が道具を片付けて洗っていると、ふいに蒼龍がムゾウに訊ねる。
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