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第三章 地獄の道具師
青菜漬け 1
「ええ、そうですね。銀山さんともお話ししました。ひょうたんが壊れたので、製作者のアカザが修復してくださるそうです」
「そういうことだ。では早速、ひょうたんを見てみようか」
アカザは勝手知ったる様子で臙脂の暖簾をくぐる。それまで私の頭の上にのっていた小豆が飛び降り、あとを追いかけた。小豆は暖簾の下で一旦立ち止まると、くるりとこちらを振り向く。
「ぺろぺろぺ~」
小さな舌を出しておどけている。顔を見合わせた茜と蒼龍は、俊敏な動作で走り出し、逃げる小豆を追いかけた。こまもふたちの鬼ごっこが廊下で繰り広げられる。
嘆息を零した圭史郎さんとともに、私はひょうたんの置いてある小部屋へ向かった。
小部屋ではすでにアカザが行李を下ろし、ひょうたんを検分していた。
「ふむ……」
「どうでしょう。直りそうですか?」
「素人は過程など考えずに結果のみを求めようとする。逐一、進捗を訊ねるな。若女将は自分ができることをやるのだ」
話しかけられると邪魔になると言いたいようだ。
部屋の中央にひょうたんを据えたアカザは自らの装束をほどくと、行李の中から次々に道具を取り出していた。ドライバーやカンナに似たものがたくさんあるが、奇妙なことに、道具は煙を吐き出していたり、目玉がついていたりする。そういえば『地獄の道具師』だそうなので、プロの職人なのだろう。これら地獄の道具を使い、ひょうたんを修復するのだ。
後ろでうかがっていた圭史郎さんが、そっと呟いた。
「アカザは作業に入ったら喋らない。今のうちに青菜漬けを用意しておこう」
「せいさい……漬け物ですか?」
「青菜漬けは山形の内陸で親しまれている漬け物だ。単に『青菜』と呼んだりもする。これがないと冬を越せないと言われているくらい、うまいぞ」
山形の冬に欠かせない、おいしい漬け物らしい。白菜の漬け物は食べたことがあるけれど、青菜漬けはどんなものなのだろう。
「でも漬け物ということは、作るのに時間がかかりますよね?」
「倉庫に下漬けの状態になっている青菜がある。それを本漬けにしよう」
圭史郎さんとともに厨房の隣にある倉庫に足を踏み入れる。ここには保存しておく食品や調味料などが保管されている。
棚の横に、重石をのせた大きなクリーム色の桶が置いてあった。これで青菜を漬けているのだ。
重石を外した圭史郎さんは桶の蓋を開けた。
「大分漬け汁が出ているな。これが塩を振ってから漬けて、一週間くらい経った下漬けの状態だ」
「ひたひたになってますね」
しんなりとした深緑の青菜が、桶にたくさん並べられている。青菜は茎と葉がしっかりした葉物野菜だ。
「これをひと株ずつ、手で漬け汁を絞るんだ。それから本漬けにする」
私と圭史郎さんは薄い手袋を嵌めて、ひとつずつ青菜を取り出す。汁が染み込んだ青菜を手で絞ると、大量の漬汁が桶に流れ落ちていく。
汁を搾ると、たくさんあると思っていた青菜はこぢんまりとした。それからボウルに醤油とみりん、黒砂糖、焼酎を投入して混ぜ合わせる。調味液だけでおいしそうな組み合わせだとわかり、胸が弾む。
「醤油漬けにすると青菜が鼈甲色になる。醤油を入れずに白だしを使うと、鮮やかな緑色にできるから、どちらがいいかは好みだな」
中くらいの鍋を器にして、先程絞った青菜を並べた。そこに圭史郎さんが作った調味液を流し込む。ひたひたに浸された青菜の上に角切りの昆布を少々、そして鷹の爪をのせる。このひと手間が、おいしい味つけになるのだ。
それからラップをかけ、重石で蓋をする。その本漬けを冷暗所である棚に保管して、ひと段落した。
「これで二日後には完成だ。その頃には、ひょうたんの修理が終わるだろう」
「どんな味になるのか楽しみです。おいしくできあがるといいですね」
初めはアカザの訪れに嫌がるそぶりを見せていた圭史郎さんだったけれど、彼をもてなすために青菜漬けを作ったのだ。ふたりは犬猿の仲かもしれないが、お互いをよくわかっているのだろうと思える。
調理場を片付けてから、私たちは談話室へ向かった。
「青菜漬けはアカザの好きな食べ物なんですか?」
何気ない質問だったのだが、圭史郎さんは嫌そうに眉をひそめる。
「まあな。あいつが来るときは必ず青菜漬けを要求するから、用意しただけだ」
「ひょうたんを修理してもらってますしね。アカザは初代当主のおゆうさんをよく知っているようですけど、とても古い常連客なんですね」
「……まあな。アカザが昔のことをあれこれ掘り返しても気にするな。もうすべて過ぎたことだ」
「わかりました……」
圭史郎さんは昔のことを話題にしたくないようだった。
私が生まれるずっと前のできごとを、私が知る必要がないといえばそうかもしれないけれど、圭史郎さんが何も教えてくれないのでほんの少しの疎外感を覚えた。
談話室の隣室をそっと覗き見ると、アカザは黙々と作業に勤しんでいた。それを確認した圭史郎さんは、音を立てないよう戸を閉める。
「そういうことだ。では早速、ひょうたんを見てみようか」
アカザは勝手知ったる様子で臙脂の暖簾をくぐる。それまで私の頭の上にのっていた小豆が飛び降り、あとを追いかけた。小豆は暖簾の下で一旦立ち止まると、くるりとこちらを振り向く。
「ぺろぺろぺ~」
小さな舌を出しておどけている。顔を見合わせた茜と蒼龍は、俊敏な動作で走り出し、逃げる小豆を追いかけた。こまもふたちの鬼ごっこが廊下で繰り広げられる。
嘆息を零した圭史郎さんとともに、私はひょうたんの置いてある小部屋へ向かった。
小部屋ではすでにアカザが行李を下ろし、ひょうたんを検分していた。
「ふむ……」
「どうでしょう。直りそうですか?」
「素人は過程など考えずに結果のみを求めようとする。逐一、進捗を訊ねるな。若女将は自分ができることをやるのだ」
話しかけられると邪魔になると言いたいようだ。
部屋の中央にひょうたんを据えたアカザは自らの装束をほどくと、行李の中から次々に道具を取り出していた。ドライバーやカンナに似たものがたくさんあるが、奇妙なことに、道具は煙を吐き出していたり、目玉がついていたりする。そういえば『地獄の道具師』だそうなので、プロの職人なのだろう。これら地獄の道具を使い、ひょうたんを修復するのだ。
後ろでうかがっていた圭史郎さんが、そっと呟いた。
「アカザは作業に入ったら喋らない。今のうちに青菜漬けを用意しておこう」
「せいさい……漬け物ですか?」
「青菜漬けは山形の内陸で親しまれている漬け物だ。単に『青菜』と呼んだりもする。これがないと冬を越せないと言われているくらい、うまいぞ」
山形の冬に欠かせない、おいしい漬け物らしい。白菜の漬け物は食べたことがあるけれど、青菜漬けはどんなものなのだろう。
「でも漬け物ということは、作るのに時間がかかりますよね?」
「倉庫に下漬けの状態になっている青菜がある。それを本漬けにしよう」
圭史郎さんとともに厨房の隣にある倉庫に足を踏み入れる。ここには保存しておく食品や調味料などが保管されている。
棚の横に、重石をのせた大きなクリーム色の桶が置いてあった。これで青菜を漬けているのだ。
重石を外した圭史郎さんは桶の蓋を開けた。
「大分漬け汁が出ているな。これが塩を振ってから漬けて、一週間くらい経った下漬けの状態だ」
「ひたひたになってますね」
しんなりとした深緑の青菜が、桶にたくさん並べられている。青菜は茎と葉がしっかりした葉物野菜だ。
「これをひと株ずつ、手で漬け汁を絞るんだ。それから本漬けにする」
私と圭史郎さんは薄い手袋を嵌めて、ひとつずつ青菜を取り出す。汁が染み込んだ青菜を手で絞ると、大量の漬汁が桶に流れ落ちていく。
汁を搾ると、たくさんあると思っていた青菜はこぢんまりとした。それからボウルに醤油とみりん、黒砂糖、焼酎を投入して混ぜ合わせる。調味液だけでおいしそうな組み合わせだとわかり、胸が弾む。
「醤油漬けにすると青菜が鼈甲色になる。醤油を入れずに白だしを使うと、鮮やかな緑色にできるから、どちらがいいかは好みだな」
中くらいの鍋を器にして、先程絞った青菜を並べた。そこに圭史郎さんが作った調味液を流し込む。ひたひたに浸された青菜の上に角切りの昆布を少々、そして鷹の爪をのせる。このひと手間が、おいしい味つけになるのだ。
それからラップをかけ、重石で蓋をする。その本漬けを冷暗所である棚に保管して、ひと段落した。
「これで二日後には完成だ。その頃には、ひょうたんの修理が終わるだろう」
「どんな味になるのか楽しみです。おいしくできあがるといいですね」
初めはアカザの訪れに嫌がるそぶりを見せていた圭史郎さんだったけれど、彼をもてなすために青菜漬けを作ったのだ。ふたりは犬猿の仲かもしれないが、お互いをよくわかっているのだろうと思える。
調理場を片付けてから、私たちは談話室へ向かった。
「青菜漬けはアカザの好きな食べ物なんですか?」
何気ない質問だったのだが、圭史郎さんは嫌そうに眉をひそめる。
「まあな。あいつが来るときは必ず青菜漬けを要求するから、用意しただけだ」
「ひょうたんを修理してもらってますしね。アカザは初代当主のおゆうさんをよく知っているようですけど、とても古い常連客なんですね」
「……まあな。アカザが昔のことをあれこれ掘り返しても気にするな。もうすべて過ぎたことだ」
「わかりました……」
圭史郎さんは昔のことを話題にしたくないようだった。
私が生まれるずっと前のできごとを、私が知る必要がないといえばそうかもしれないけれど、圭史郎さんが何も教えてくれないのでほんの少しの疎外感を覚えた。
談話室の隣室をそっと覗き見ると、アカザは黙々と作業に勤しんでいた。それを確認した圭史郎さんは、音を立てないよう戸を閉める。
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