淫神の孕み贄

沖田弥子

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淫紋の血族 3

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神の贄の末路は、まさしく己の身を捧げることなのだ。神のため、国のために。
蒼白になって震えるセナは手にしていた本を取り落としてしまう。拾い上げたマルドゥクは憐れみの目をむけた。

「あのような処刑を二度と繰り返してはならないと、私は思います。ですから淫神の儀式について疑問を感じているのです。側近という立場上、表立っては申し上げられませんが」
「……教えてくださって、ありがとうございます。僕は、神の贄のその後について、知りたかったので……」

知らない方が良かったのかもしれない。
いずれ近いうちに処刑されると分かっていて、その日を待つのは怖ろしい。今も体の震えが止まらない。
マルドゥクは辺りに人がいないことを確認すると、セナを促した。

「贄さま。このような掟はもう終わりにしなければなりません。私が安全な場所に逃がして差し上げます。さあ、どうぞこちらへ」
「でも……」
「先代のような処刑を胸を張って受け入れられますか? あなたにはとても耐えられないでしょう」

語られた処刑方法を思い出し、また足が竦んでしまう。セナはマルドゥクに抱えられるようにして図書館を出ると、近くの執務室に入った。

「ここは私が使用している執務室です。この行李にお入りください。手配を済ませてから部下を迎えにやります」

人がひとり入るほどの大きな行李の蓋が開かれる。蔓で編まれているので空気は入る。普段は衣装を入れて運ぶ物らしい。セナは素直に従い、行李に入った。
隙間から見られるのを防ぐために布を渡される。すっかり包まると、贄の衣装も見えなくなる。

「それでは、お静かに。ほんの少しの辛抱ですから」
「分かりました。お願いします」

蓋が閉められる音がする。辺りは薄暗がりに包まれた。途端に不安が胸に渦巻いた。
促されるままマルドゥクに従ってしまったが、本当にこれで良いのだろうか。
今セナがいなくなれば、次期国王も一緒に失踪することになるのだ。それは無責任ではないだろうか。神の贄として、せめて子を産んでから逃げるべきではないか。
けれどマルドゥクの話では、先代の贄は懐妊していないと判断されてすぐに処刑されたという。セナ自身はまだ懐妊したか不明だが、同じ運命を辿れば明日にも処刑されかねないのだ。
殺されるのは怖い。でも、ラシードに務めを果たすと約束したのに、途中で投げ出すなんて良いわけがない。けれど最後に殺されると始めに知っていたら、儀式を遂行できただろうか……。
迷っていると、執務室に人が入ってくる気配がした。マルドゥクの静かな足音とは異なる。どうやら複数名のようだ。
知らない男の声が、そっと窺うように行李にかけられる。

「贄さま。マルドゥク様より命を受けました。運びますので、決して音を立てないでください」

小さく、「はい」と返す。マルドゥクの部下のようだ。
行李が持ち上げられて、運ばれていく振動を感じる。やがて陽の光が隙間から漏れてきた。外へ出たようだ。
俄に騒々しい靴音や話し声が耳に届く。突然、動いていた行李が止まった。

「待て。行李を開けて中を見せろ」

検問の衛士らしい声に、ぎくりと体を強張らせる。王宮の外へ荷を運び出すには検閲があるのだ。

「この品はマルドゥク様の母君への贈り物です。こちらが書類です。主のサインもあります」

部下は書類を渡したらしい。ややあって衛士は了承した。

「失礼した。通ってよい」
「ありがとうございます」

マルドゥクの権限で検閲は逃れられた。この後に及んで迷いはあったが、彼らに迷惑はかけられない。見つかればマルドゥクも部下も罰せられてしまう。セナは息を殺して身を固くしていた。
馬の嘶きが聞こえる。行李は荷台のようなところに乗せられて、それきり動かなくなった。馬車で運ぶようだ。
車輪の振動を感じながら、セナの胸は次第に重くなる。
もう、ラシードとハリルに会えないのだろうか。途端に彼らの面影が懐かしく胸を占める。
自分から逃げてきたくせに会いたいと願うなんて、どうかしている。
けれど、胸を張って処刑台に立つ勇気は持てなくて。
どうしたら良いのか分からない。
迷うセナを置いて、時は確実に刻まれていた。
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