淫神の孕み贄

沖田弥子

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囚われの贄 2

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「腹の子を引きずり出してやろう。我々同志の前でな」

息をすることも忘れたかのように、セナは硬直した。やがて激しい動悸と共に瞬きを幾度も繰り返す。喉元から絞り出すように掠れた声を発した。

「……どういうことなんです? マルドゥクさまは、神の贄を処刑することに、反対だったのではないのですか……?」

腹を裂かれれば、子はもちろんセナも大量に出血して死んでしまうだろう。次期国王である子を殺すことは、マルドゥクにとってトルキア国への裏切り行為になる。
マルドゥクは頬に優越を刻み、歪な笑みを浮かべた。

「処刑の話は私の創作だ。歴代の贄は処刑されたなどという事実はない。まったく馬鹿な贄で騙しやすい」
「そうだったのですか!? なぜ、そんな嘘を……?」
「簒奪王の血を絶つためだ。神の子セナ。貴様がトルキア国最後の神の子になる」
「……いま、なんと」

セナは、神の贄のはずだ。
それなのに、神の子とはどういうことなのだろう。
マルドゥクは虫けらを見下ろすようにセナを冷酷な眸で見据えた。そこには憎悪の欠片が垣間見える。

「貴様は先代の贄から産まれた子なのだ。その淫紋が何よりの証。死んだと思っていた神の子がまさか生き延びていたとは……だが今度こそ終わりだ」

衝撃的な告白に息を呑む。
初代国王は淫紋の刻まれた一族であり、儀式により産まれた子の中から王と贄が代々選ばれてきたという。
けれど先代の儀式で子は孕まなかったはず。だからこそ先代の王は妃を娶り、ラシードが生まれたのだ。
マルドゥクの告白と事実は異なっているように思える。だが今、論ずべきなのはセナの出生よりも、王の側近であるマルドゥクがトルキア国そのものを裏切るような真似を行おうとしていることだった。

「なぜです。マルドゥクさまはなぜ僕や子を殺そうとするのですか。ラシードさまの側近なのに、国へ対する裏切りではありませんか」

もし孕んでいれば、お腹の子は次期国王となる。マルドゥクがセナの母体ごと殺してしまえば死罪は免れない。儀式に懐疑的とはいえ、マルドゥクがそこまでするには明確な理由があるはずだった。
双眸を細めたマルドゥクは平淡に告げた。

「我らの一族は、古くはこの地方を支配していた領主だった。ところが神の子を騙る簒奪王が我らの領土を奪ったのだ。淫紋の一族を滅ぼして国を取り戻すことは我らの悲願。トルキア王家を皆殺しにするため、今まで臣下の屈辱に耐え忍んできたのだ」

著書に書かれた内容が蘇る。
初代国王は争いをやめさせるため、人々に水を与えてトルキアを建国した。そして儀式を行い、弟との子を次期国王に据えたのだ。それらは一族が富を独占するためというマルドゥクの見解も間違いではないのだろうが、争いを繰り広げていた領主たちの力を抑える目的があったのではないか。水を巡っての争いがなくなり、民は安心して暮らせるようになった。
だが領土や地位を奪われた領主たちは何代にも渡り恨みを募らせて、トルキア王家を転覆させる機会を窺っていた。
その意志を継いだ子孫が、マルドゥクだったのだ。
忠実な側近の正体を知ったセナは彼の良心に訴える。

「お願いです。皆殺しにするなんて、やめてください。初代国王は領主たちを殺すなんてしなかったはずです。僕が神の子と仰るなら、殺すのは僕だけにしてください」
「私に指図するな!」

激昂したマルドゥクにダガーの柄で腹を突かれ、よろけて尻餅をついてしまう。
マルドゥクはダガーの刃を向けたが、思い直して柄に収めた。

「決起の集会で貴様の腹の子を殺してやる。長年の苦渋に耐えてきた我らの一族は歓喜の雄叫びを上げるだろう」

高く靴音を響かせて、マルドゥクは地下牢を出て行った。
彼は謀反を起こして、トルキア国を滅ぼすつもりだ。
怖ろしい計画を知ったセナは背筋を震わせる。
自分が愚かだった。マルドゥクに騙されて、反乱を起こす切欠を与えてしまったのだ。どうにかしてこの状況をラシードとハリルに伝えられないだろうか。
見回してみたが牢には窓がなく、脱出できるような道具も持ち合わせていない。
セナはそっと下腹に手を遣る。
孕んでいるかは未だ分からない。淫紋は沈黙している。

「イルハームさま……。僕たちをお守りください」

今は、祈ることしかできない。
セナは固く手を合わせて、イルハーム神に祈りを捧げた。
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