淫神の孕み贄

沖田弥子

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王の寵愛 5

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 彼が弟であるセナの行方を捜してくれなければ、セナは今も奴隷として働いていただろう。もしかしたらどこかのアルファに買われて、無理やり犯され、孕まされていたかもしれない。
 当たり前の幸せだと思ってはいけない。
 セナには隠された神の子という、産まれながらに背負った宿命がある。
 ラシードは何も言わないけれど、弟のほうが兄よりも地位の高い神の子だなんて許しがたいという気持ちが、彼の心の片隅にはあるかもしれない。否、あって然るべきだろう。ラシードの器が大きいから、そのような嫉妬心を見せないだけだ。
 セナを大切に扱ってくれるラシードのためにも、彼の役に立たなければならない。
 それは無論、さらに子を孕むことに他ならない。 
 でも……と、堂々巡りの懊悩を抱えて、セナは憂慮に満ちた溜息を吐いた。
 ふとローブを捲り、下腹に刻まれた淫紋を確認する。
 真紅の淫紋は、いつもと同じ紋様なのだが。

「そういえば、動いたのかな……?」

 先程ラシードに抱かれていたときは体が火照り、わけがわからなくなってしまうくらいに雄を求めてしまった。思い返せば、恥ずかしい台詞を吐いて、自らラシードの雄芯に舌を這わせるだなんて大胆なことをした。下腹自体も、とても熱かった気がする。
 けれど湯浴みを済ませて落ち着いた今は、あのときの熱はすっかり冷めていた。
 もしかして発情期が訪れたのかと思ったけれど、体の調子はいつもと変わらない。まだ少々下腹の奥が疼くような感じがするけれど、これは激しい情交のあとに起こるものだろう。
 そのとき、重厚な扉の向こうから召使いの声が届いた。

「王のお越しにございます」

 セナはすぐさま立ち上がり、開かれた扉から姿を現したラシードの胸にまっすぐに飛び込んだ。

「兄さま……! 会いたかった」

 様々なことを考えてしまったせいだろうか。ラシードの胸に抱かれて甘えたい。
 微笑を浮かべたラシードは胸に縋りつくセナの体を優しく抱き留める。

「まるで千夜、王に恋い焦がれた姫のようだな。私の愛する姫は先程の情事では満足できなかったか?」

 茶化すラシードの胸に顔を埋めて、セナは首を振る。

「いいえ……体は満足しています。僕は兄さまに愛されて幸せです。でも、不安なのです……」
「何がだ? 私は王だ。そなたの不安はなんでも取り除こう。太陽を隠す雲が気に入らないと言うのなら、すべての雲を消し去ってみせよう」

 軽々と華奢な体を抱き上げたラシードは、円形のソファに向かい、そこにセナを下ろした。自身もセナに寄り添うように腰かけて、ぴたりと体を密着させると、優しくセナの肩を抱く。空いたほうの手で、セナの白い手が掬い上げられる。互いの指を絡めて繫がれた手は、ぎゅっと握りしめられた。
 ラシードの漆黒の双眸は瞬きもせずにセナを見つめている。
 セナは、王のすべてを独占していた。
 兄さまは、僕をとても気遣ってくれている……
 それなのに自分は、己の役目も果たさずに、不満ばかりを抱いている。
 精を飲ませてくれないから、愛していないのでは……なんて、とてもそんなことは口にできない。
 セナは目線を下げた。

「あ……なんでもないのです。ただ、少し、寂しくなってしまったのです」
「そうか。不安に思うこともあるだろう。だが、何も心配はいらない。私はそなたを心から愛している。それは私が死しても変わらない。私の墓石には名の他に、そなたへの愛の言葉を刻もう」

 真摯に訴えるラシードに瞠目する。
 彼があまりにも真剣に死後のことを提案するものだから、セナは思わず笑ってしまった。

「何を言うんですか。ラシードさまが死ぬだなんて、まだまだ先の話です。墓石に刻む言葉なんて、今考えなくていいですよ」

 ふっ、とラシードは軽い嘆息を零した。
 咎めるような眼差しで、セナの翡翠色の瞳を覗き込む。

「そなた、気づいているか?」
「え?」
「セナは、私に甘えるときは『兄さま』と呼ぶのに、冷静になると名で呼ぶ。ラシードさまと呼ばれると、なんだか他人行儀で寂しいな」
「あ……それは……」

 言われてみれば、行為のときは舌足らずに『兄さま』と呼んで甘えた声を出していた。普段は人目もあるわけなので、『ラシードさま』と呼び、礼節を弁えている。

「だって、ラシードさまは王です。いつでもどこでも、兄さまと呼ぶわけにはいきません」

 王家においては家族という形式よりも、地位が優先される。王家はひとつの家族のものではなく、トルキア国のものであるという考え方があるからだ。
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