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寡黙なアサシン 3
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シャンドラの不遜な態度は強さゆえらしいが、彼は剣も槍も手にしていない。手ぶらで試合の場に立ってしまった。一体どうやって戦うつもりなのだろう。
「あの人はそんなに強いんですか? 武器を持っていないようですけど……」
「帯刀してるぞ。腰布の内側に四本仕込んでる」
「えっ?」
目を瞬かせてシャンドラを見ると、彼はいつのまにか細い短剣を手にしていた。
腰のベルトから下りている短い腰布は硬い素材のようだが、黒の衣装に紛れて見にくい。ハリルの指摘どおり、どうやらあの腰布が武器を携帯する装備のようだ。
「ハリルさま、バハラームは負けないよね?」
アルの問いかけに、ハリルは小首を傾げる。
「どうだろうな。あれはかなりの使い手だぞ」
「どうしてわかるの? まだ始まってないよ」
バハラームは槍を構える。長身の彼よりもさらに長い槍は、敵が間合いに踏み込むことを許さない。それを彼は木の棒であるかのように、軽々と扱っている。膂力のない者なら、青銅の槍を持ち上げることすらできないだろう。
「暗殺術など、恐るるに足らん。かかってこい。相手をしてやろう」
悠々と構えているバハラームはすでに数名の対戦相手を倒している。
黙然としたシャンドラはまるで戦う意思がないかのように、短剣を手にした腕をだらりと下げていた。彼が手にしているのは、ナイフよりは少々大きいといった程度の短剣だ。あのサイズで対象まで届かせるには、かなり接近する必要がある。バハラームに近づこうと踏み込んだ途端に、槍で突かれてしまうだろう。
武器のリーチに差がありすぎるので、勝負にはならないと思えた。やる気のなさそうなシャンドラが副団長に勝てるわけがないと見越した騎士団員たちは、余裕の笑みを浮かべて眺めている。
ハリルはひとこと放った。
「歩き方でわかる」
審判が開始の合図を告げた。
瞬間、黒い影が一閃する。
「うっ」
短く声を上げたバハラームは素早い反応を見せた。
咄嗟に槍を掲げ、青銅の柄で防御する。
ギン、と金属音が響いた。
両者が離れて間合いを取ったとき、ようやく見学していた者たちは目を瞬かせた。
シャンドラが瞬足で踏み込み、バハラームに斬りつけたのだ。
先程のやる気のなさそうだった姿勢からは一変して、シャンドラは非常に低い体勢で短剣を構えている。まるで飛びかかる直前の猫のようだ。炯々とした瞳で射殺すかのように、バハラームの挙動を凝視している。
「俺の初撃を完全に防いだのは、貴様が初めてだ」
「むむ……なんという速さ。やはり腕を下げていたのは油断させるためだったか」
俄に闘技場には緊張した空気が満ちた。
ごくりと息を飲んだ騎士団員たちは、試合の成り行きを見守っている。
アルとイスカもお喋りをやめて、食い入るように見つめていた。
じりじりと、闘技場のふたりは摺り足で間合いを計っている。
シャンドラは槍の切っ先から逸れるように横に移動したが、鋭い先端は常にシャンドラを捉えていた。
互いに相手の次の出方を窺っている。
その膠着状態は長く続けられた。
槍の先端は、少し伸ばせばすぐにシャンドラに届くほどの距離だ。
しかし攻撃を仕掛けて躱されれば、隙が生じる。
誰もが言葉を発せず、身じろぎもできない。
破裂しそうな緊迫感の中、ふいにイスカが口を開いた。
「ねえ、ちょっと突けば届く……」
その瞬間、均衡が崩れた。
鋭い槍の一撃が繰り出される。
姿勢の低いシャンドラを槍でひと突きするのは容易に思われた。
だが槍が突いた先には、残像だけ。
高く跳躍したシャンドラは太陽を背にして、短剣を振り上げる。
しかし豪腕により、すぐさまバハラームは槍を引き戻す。
「うぐっ」
ばらりと砂が撒き散らされる。
左手に砂を手にしていたシャンドラが、目潰しを食らわせたのだ。
それでもバハラームは目を閉じない。
短剣の一撃を槍で受け止めた。
だが体勢が崩れかけていたため、後方に吹っ飛んでしまった。
尻餅をついたバハラームに追撃をかけようと、着地したシャンドラは突進する。
「そこまで! 反則により、シャンドラを失格とする」
審判が旗を掲げた。
それを横目で確認したシャンドラは素早く飛び退くと、腰に短剣を収める。
「あの人はそんなに強いんですか? 武器を持っていないようですけど……」
「帯刀してるぞ。腰布の内側に四本仕込んでる」
「えっ?」
目を瞬かせてシャンドラを見ると、彼はいつのまにか細い短剣を手にしていた。
腰のベルトから下りている短い腰布は硬い素材のようだが、黒の衣装に紛れて見にくい。ハリルの指摘どおり、どうやらあの腰布が武器を携帯する装備のようだ。
「ハリルさま、バハラームは負けないよね?」
アルの問いかけに、ハリルは小首を傾げる。
「どうだろうな。あれはかなりの使い手だぞ」
「どうしてわかるの? まだ始まってないよ」
バハラームは槍を構える。長身の彼よりもさらに長い槍は、敵が間合いに踏み込むことを許さない。それを彼は木の棒であるかのように、軽々と扱っている。膂力のない者なら、青銅の槍を持ち上げることすらできないだろう。
「暗殺術など、恐るるに足らん。かかってこい。相手をしてやろう」
悠々と構えているバハラームはすでに数名の対戦相手を倒している。
黙然としたシャンドラはまるで戦う意思がないかのように、短剣を手にした腕をだらりと下げていた。彼が手にしているのは、ナイフよりは少々大きいといった程度の短剣だ。あのサイズで対象まで届かせるには、かなり接近する必要がある。バハラームに近づこうと踏み込んだ途端に、槍で突かれてしまうだろう。
武器のリーチに差がありすぎるので、勝負にはならないと思えた。やる気のなさそうなシャンドラが副団長に勝てるわけがないと見越した騎士団員たちは、余裕の笑みを浮かべて眺めている。
ハリルはひとこと放った。
「歩き方でわかる」
審判が開始の合図を告げた。
瞬間、黒い影が一閃する。
「うっ」
短く声を上げたバハラームは素早い反応を見せた。
咄嗟に槍を掲げ、青銅の柄で防御する。
ギン、と金属音が響いた。
両者が離れて間合いを取ったとき、ようやく見学していた者たちは目を瞬かせた。
シャンドラが瞬足で踏み込み、バハラームに斬りつけたのだ。
先程のやる気のなさそうだった姿勢からは一変して、シャンドラは非常に低い体勢で短剣を構えている。まるで飛びかかる直前の猫のようだ。炯々とした瞳で射殺すかのように、バハラームの挙動を凝視している。
「俺の初撃を完全に防いだのは、貴様が初めてだ」
「むむ……なんという速さ。やはり腕を下げていたのは油断させるためだったか」
俄に闘技場には緊張した空気が満ちた。
ごくりと息を飲んだ騎士団員たちは、試合の成り行きを見守っている。
アルとイスカもお喋りをやめて、食い入るように見つめていた。
じりじりと、闘技場のふたりは摺り足で間合いを計っている。
シャンドラは槍の切っ先から逸れるように横に移動したが、鋭い先端は常にシャンドラを捉えていた。
互いに相手の次の出方を窺っている。
その膠着状態は長く続けられた。
槍の先端は、少し伸ばせばすぐにシャンドラに届くほどの距離だ。
しかし攻撃を仕掛けて躱されれば、隙が生じる。
誰もが言葉を発せず、身じろぎもできない。
破裂しそうな緊迫感の中、ふいにイスカが口を開いた。
「ねえ、ちょっと突けば届く……」
その瞬間、均衡が崩れた。
鋭い槍の一撃が繰り出される。
姿勢の低いシャンドラを槍でひと突きするのは容易に思われた。
だが槍が突いた先には、残像だけ。
高く跳躍したシャンドラは太陽を背にして、短剣を振り上げる。
しかし豪腕により、すぐさまバハラームは槍を引き戻す。
「うぐっ」
ばらりと砂が撒き散らされる。
左手に砂を手にしていたシャンドラが、目潰しを食らわせたのだ。
それでもバハラームは目を閉じない。
短剣の一撃を槍で受け止めた。
だが体勢が崩れかけていたため、後方に吹っ飛んでしまった。
尻餅をついたバハラームに追撃をかけようと、着地したシャンドラは突進する。
「そこまで! 反則により、シャンドラを失格とする」
審判が旗を掲げた。
それを横目で確認したシャンドラは素早く飛び退くと、腰に短剣を収める。
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