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地下牢の攻防 1
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兵士はシャンドラとセナに視線を往復させた。
もちろん、シャンドラの勅令とやらは嘘である。牢番を変更させるのが勅令だなんて、どう考えても不審だ。
シャンドラは威圧的な態度を軟化させて、気の毒そうに兵士を見やる。
「王のお考えを貴様が知る必要はない。疑うのなら、アポロニオス王に首を差し出しながら訊ねるんだな」
「ええっ……そんなぁ……」
「案ずるな。上級王族の俺が口添えしてやろう。貴様は忠実な部下だということをな」
「うう……ぜひ、お願いします、シャンドラ様」
兵士と連れ立って、シャンドラは石段を上っていった。
おそらく牢番の兵士を追い出し、誰も入ってこないか入り口で見張ってくれるのだろう。
代わりの牢番ということになったセナはとりあえず、それらしいポーズで牢の前に立つ。
アルファたちは今の騒ぎを、うんざりとした顔で眺めていた。
「くそ。裏切り者め。偉そうに言いやがって」
「アサシンなんて所詮はコウモリなんだよ。あの宰相もな。初めから俺たちを陥れるつもりだったのさ」
「俺たち、ここで死ぬのかなぁ……。俺なんて運がいいだけで騎士団に入隊できて、数合わせで儀式に抜擢されたのに……こんなことなら選ばれなきゃよかった……」
最後に弱気な台詞を吐いたのは、九十九人目のアルファであるイフサーンだ。
末席のアルファであるが、気遣いのできる優しい男で、特殊な性癖の持ち主でもある。彼が王都を出立する際に、誇らしげな顔を両親に見せていたことは脳裏に焼きついている。
項垂れたイフサーンを、副団長のバハラームが叱咤した。
「ええい、後悔なんぞ口にするな! まだ死ぬと決まったわけではないのだぞ」
「決まってますよぉ。さっきの兵士が言ってたじゃないですか。おまえたちは明日の朝陽が昇ったときに首を切られるんだぞって、楽しそうにね。そんなこと言ってるから、自分が首切られるんじゃないんですか? なんか知らないけど王の命令違反なんでしょ? 俺は死ぬまで人の不幸を笑ったりしないんだぁ。母さんの幸せを願って笑おうっと……」
イフサーンは乾いた笑いを漏らした。彼は完全に諦めているらしい。
牢屋には沈鬱な空気が流れた。無理もないことだが、中には兵士となったセナをあからさまに睨みつける者もいる。セナの顔はヘルメットで隠れているので、薄暗さもあり、彼らでも判別できないのだろう。
なんだか言い出しにくい雰囲気だ。
もしここでセナが正体を明かしたら大騒ぎになり、階上の兵士に気づかれてしまうかもしれない。どうにか、やんわりと伝えられないだろうか。
バハラームは諦めムードの漂う牢内に、大声を轟かせる。
「おまえたちはまだ死んでおらんではないか! 最後まで諦めてはならん! 我々には、神の贄さまがついているのだ。そうでございましょう、ハリル様」
セナのことを引き合いに出してくれたのはありがたいのだが、声を抑えてほしい。ほかの兵士が駆けつけたりしたら対応に困る。はらはらしながら、セナは階上と牢内に目を配る。
ハリルは胡座を搔いて腕を組み、泰然としていた。
七日ほどの牢暮らしにも憔悴した様子は見られず、騎士団長の威厳は少しも損なわれていない。
彼は重々しく口を開いた。
「俺はな、死んでもいいんだ」
「ハリル様⁉ 騎士団長であり、トルキア国の神の末裔でもあるハリル様が何をおっしゃいますか⁉」
「だからこそだ。俺は、セナのために死ねるんだからな。あいつはアポロニオスの妃に娶られると、兵士が言っていただろう。俺の愛した神の贄が生きてさえいてくれれば、俺が死んでも本望なのさ。それが俺という男の死に方だ」
ハリルの覚悟を知ったアルファたちは、一様に目を伏せた。
死にたくない――けれど、死を迎えるとしたら、儀式に選ばれたアルファとして堂々と死に臨むべきであるという想いが男たちの間に伝播した。
ハリルさま……僕のために……
彼がセナを愛してくれていることはわかっていたけれど、いつも茶目っ気のあるハリルのことだから軽い気持ちかもしれないなんて、心のどこかで侮っていたことを謝罪した。
ハリルは自らの命よりも、セナの幸せを大事に思ってくれるのだ。
セナの瞳に涙が溜まる。今こそ、「僕はここにいます」と明かそうと口を開きかけたとき、ふいにハリルが沈んだ面々を見回して言葉を継いだ。
「そう覚悟しておくって話だ。バハラームの言うとおり、俺たちはまだ死んでいない。諦めなければ、チャンスは必ずあるんだ。たとえばそれは今、俺たちの目の前にある。なあ、そうだろ。随分と小さな巨人族さんよ」
え、と瞬いた皆の視線が兵士に扮したセナに集まる。
どうやらハリルはすでにわかっていたらしい。
セナはおずおずと鉄格子の傍に近づいた。
「あ、あの……僕です。セナです。みなさんを助けにきました」
ヘルメットを外して顔を曝すと、アルファたちから驚喜の声が上がりかける。
さっとハリルが手を挙げて制したので、皆は口を噤んだ。
「まあ、匂いでわかる。だけどな、セナ。鍵はあるのか? この鉄格子は俺たちでも曲げられないんだ」
もちろん、シャンドラの勅令とやらは嘘である。牢番を変更させるのが勅令だなんて、どう考えても不審だ。
シャンドラは威圧的な態度を軟化させて、気の毒そうに兵士を見やる。
「王のお考えを貴様が知る必要はない。疑うのなら、アポロニオス王に首を差し出しながら訊ねるんだな」
「ええっ……そんなぁ……」
「案ずるな。上級王族の俺が口添えしてやろう。貴様は忠実な部下だということをな」
「うう……ぜひ、お願いします、シャンドラ様」
兵士と連れ立って、シャンドラは石段を上っていった。
おそらく牢番の兵士を追い出し、誰も入ってこないか入り口で見張ってくれるのだろう。
代わりの牢番ということになったセナはとりあえず、それらしいポーズで牢の前に立つ。
アルファたちは今の騒ぎを、うんざりとした顔で眺めていた。
「くそ。裏切り者め。偉そうに言いやがって」
「アサシンなんて所詮はコウモリなんだよ。あの宰相もな。初めから俺たちを陥れるつもりだったのさ」
「俺たち、ここで死ぬのかなぁ……。俺なんて運がいいだけで騎士団に入隊できて、数合わせで儀式に抜擢されたのに……こんなことなら選ばれなきゃよかった……」
最後に弱気な台詞を吐いたのは、九十九人目のアルファであるイフサーンだ。
末席のアルファであるが、気遣いのできる優しい男で、特殊な性癖の持ち主でもある。彼が王都を出立する際に、誇らしげな顔を両親に見せていたことは脳裏に焼きついている。
項垂れたイフサーンを、副団長のバハラームが叱咤した。
「ええい、後悔なんぞ口にするな! まだ死ぬと決まったわけではないのだぞ」
「決まってますよぉ。さっきの兵士が言ってたじゃないですか。おまえたちは明日の朝陽が昇ったときに首を切られるんだぞって、楽しそうにね。そんなこと言ってるから、自分が首切られるんじゃないんですか? なんか知らないけど王の命令違反なんでしょ? 俺は死ぬまで人の不幸を笑ったりしないんだぁ。母さんの幸せを願って笑おうっと……」
イフサーンは乾いた笑いを漏らした。彼は完全に諦めているらしい。
牢屋には沈鬱な空気が流れた。無理もないことだが、中には兵士となったセナをあからさまに睨みつける者もいる。セナの顔はヘルメットで隠れているので、薄暗さもあり、彼らでも判別できないのだろう。
なんだか言い出しにくい雰囲気だ。
もしここでセナが正体を明かしたら大騒ぎになり、階上の兵士に気づかれてしまうかもしれない。どうにか、やんわりと伝えられないだろうか。
バハラームは諦めムードの漂う牢内に、大声を轟かせる。
「おまえたちはまだ死んでおらんではないか! 最後まで諦めてはならん! 我々には、神の贄さまがついているのだ。そうでございましょう、ハリル様」
セナのことを引き合いに出してくれたのはありがたいのだが、声を抑えてほしい。ほかの兵士が駆けつけたりしたら対応に困る。はらはらしながら、セナは階上と牢内に目を配る。
ハリルは胡座を搔いて腕を組み、泰然としていた。
七日ほどの牢暮らしにも憔悴した様子は見られず、騎士団長の威厳は少しも損なわれていない。
彼は重々しく口を開いた。
「俺はな、死んでもいいんだ」
「ハリル様⁉ 騎士団長であり、トルキア国の神の末裔でもあるハリル様が何をおっしゃいますか⁉」
「だからこそだ。俺は、セナのために死ねるんだからな。あいつはアポロニオスの妃に娶られると、兵士が言っていただろう。俺の愛した神の贄が生きてさえいてくれれば、俺が死んでも本望なのさ。それが俺という男の死に方だ」
ハリルの覚悟を知ったアルファたちは、一様に目を伏せた。
死にたくない――けれど、死を迎えるとしたら、儀式に選ばれたアルファとして堂々と死に臨むべきであるという想いが男たちの間に伝播した。
ハリルさま……僕のために……
彼がセナを愛してくれていることはわかっていたけれど、いつも茶目っ気のあるハリルのことだから軽い気持ちかもしれないなんて、心のどこかで侮っていたことを謝罪した。
ハリルは自らの命よりも、セナの幸せを大事に思ってくれるのだ。
セナの瞳に涙が溜まる。今こそ、「僕はここにいます」と明かそうと口を開きかけたとき、ふいにハリルが沈んだ面々を見回して言葉を継いだ。
「そう覚悟しておくって話だ。バハラームの言うとおり、俺たちはまだ死んでいない。諦めなければ、チャンスは必ずあるんだ。たとえばそれは今、俺たちの目の前にある。なあ、そうだろ。随分と小さな巨人族さんよ」
え、と瞬いた皆の視線が兵士に扮したセナに集まる。
どうやらハリルはすでにわかっていたらしい。
セナはおずおずと鉄格子の傍に近づいた。
「あ、あの……僕です。セナです。みなさんを助けにきました」
ヘルメットを外して顔を曝すと、アルファたちから驚喜の声が上がりかける。
さっとハリルが手を挙げて制したので、皆は口を噤んだ。
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