煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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皇子の機転

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 大公の盛大な咳払いが響く。「それでは私はこれにて」と逃げるように去って行った。
 残されたユーリイは紗綾に話があるとは言ったが、居心地悪そうに手を後ろに組んで俯いている。煌は柔らかく話しかけた。

「ユーリイさまは、私と志音を庇ってくれたんですね。ありがとう」

 ちらりと上目で見たユーリイは、すぐにまた目線を落とす。普段の態度からは考えられない所作だ。

「父上はお仕事があるから、あとから来るって言ってた」

 消え入りそうな声で、ぼそりと零す。けれど、ふと煌の足元にある物に気がついた。

「あれ? その毛糸は?」
「あ。これは、ユーリイさまへプレゼントする靴下を……」

 椅子の下には毛糸玉と編みかけの靴下を入れた籠があった。
咄嗟に立ち上がり、隠すべきか迷う。毛糸はすべてユーリイやアレクと共に毛糸屋で購入した品物なのだ。完成品では分からなくても、全く同じ毛糸玉を見れば不可思議に思うかもしれない。
 一瞬の迷いが体に表れ、大きく振り返ればベールがひらりと翻る。丁度籠を覗こうと近づいてきたユーリイの踏み出した足が、ベールに絡まってしまった。

「あっ」

 体勢を崩して転びそうになったユーリイの小さな体を咄嗟に支える。難なく抱き留めて、煌は安堵の息を吐いた。

「大丈夫ですか、ユーリイさま」

 ユーリイは、ぽかんと口を開けて煌の顔を見つめていた。正面から視線が合い、違和感を覚える。

「キラ……何をしている?」
「え……。ああっ」

 ベールが剥がれてしまった。不可抗力により引っ張られてしまったベールは鬘ごと床に落とされている。慌てた志音がベールと鬘を拾うが、もう遅い。晒された素顔は化粧も施していない。

「あ、あの、ユーリイさま。これはですね……」

 慌てる煌と毛糸の籠を交互に見遣ったユーリイの顔に、小悪魔めいた嗤いが浮かぶ。

「はあーん。キラは紗綾姫の身代わりをしていたんだな?」

 煌と志音の無駄な動きがぴたりと止まる。六歳のユーリイに、瞬時にすべてを見抜かれてしまった。ふたりは得意気に胸を反らすユーリイの前に沈黙するしかない。

「姫と特別侍従のどっちもやろうとしてるんだ。顔を見せないなんて変だと思ったんだ。ボクの目はごまかせないんだぞ」

 子ども特有の察しの良さで、素直に受け止められてしまったようだ。紗綾姫の正体はキラだと分かった途端、つい先ほどまでの気後れは微塵に散っている。覚悟を決めた煌はユーリイの両肩に手を置いて目線を合わせ、真摯に訴えた。

「ユーリイさま。このことは僕とユーリイさま、そして志音しか知りません。三人だけの秘密です」

 ユーリイは不思議そうに眸を瞬かせた。なぜ秘密にしておくのか疑問らしい。身代わりが露見すれば、国家を揺るがす大事になりかねない。

「父上にもひみつなのか?」
「そうです。誰にも言ってはいけません。この秘密は僕たちだけが共有する、友情の証なのです」

 友情という言葉に喚起されたらしく、大きな眸の中に星の欠片が煌めく。ユーリイは興奮したように頬を紅潮させた。

「分かった。ボクは友情を大切にする男だ。ひみつをぜったい守るぞ。志音も分かったな?」
「もちろんでございます、ユーリイさま。わたくしも友情の証を必ずや守ることを誓います」

 さすがに緊張した面持ちの志音は何度も頷いた。
 見つかったのがユーリイで幸いだったと言うべきだろう。この場にカザロフ大公がいれば大変なことになっていた。できるだけ事を荒立てず、穏便に済ませたい。
 一息吐いたのも束の間、新たな嵐の到来を告げる呼び鈴の音が鳴る。
 跳び上がった志音はエントランスへ駆け込んだ。

「だれか来たぞキラ! ちがった、紗綾! はやくベールをかぶれ」

 ユーリイの手により鬘とベールが被せられ、慌てて身支度を整える。何と頼もしい友情だ。来客が応接室に姿を現わすときには、お行儀良く並んで長椅子に腰掛けていた。

「ツァーリがおいででございます……」

 出遅れたらしき志音はアレクの後ろに控えながら、息を呑んで見守っている。
 アレクは紗綾姫と、満面の笑顔を浮かべるユーリイを無言で眼に収めていた。
 紗綾姫の隣に、ユーリイは寄り添うように座っている。あれほど苦手意識を持っていたのに、わずかな時間でユーリイの態度が一変しているのだ。不自然さは否めない。

「少しの間に、随分と打ち解けられたようだな。ユーリイ?」
「はい、父上! ボクたちは友情の証を誓いました」
「ほう。何かあったのか?」
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